第14話 葬具という罪

 地面に押さえつけられるような倦怠感を感じながら、イリスはようやく目を覚ました。


「ん……。こ、こは……?」


 まだ靄のかかった意識の中で、ここに至るまでの記憶を辿っていく。


「確か、洞窟でシオンと話してたら、霊魔種に襲われて、それで……」


 薄暗い洞窟の中に灯る炎。

 風に揺らめくオレンジ色の光と黒い影。

 踊り狂う影に圧倒され、全身を貫かれたことで遠く命。


「それで……」


 その先の記憶を思い出そうと、頭の中の靄をかき分けていく。

 すると、徐々に鮮明になっていくイリスの頭の中に、霊魔種とシオンの悲鳴、自分の狂った笑い声が響き渡る。


「っ!?」


 その声が、イリスの空白の記憶を呼び覚ました。

 悲鳴を上げ、地面を這う霊魔種の少女を弾丸で追い詰め、嬲っていく自分。

 自分の凶行を止めようとしたシオンも撃ち抜き、挙句の果てには殺そうとした。

 最後は、シオンの声で一線を越えずに済んだ。

 だが、彼女の行動が一つでも違っていたら、自分は彼女を殺していたのではないか。


「いっ……」

 恐怖に震え、身体を動かした瞬間、全身に鋭い痛みが走り、呻き声をあげてしまう。


「イリス……?」


 その声に、少しうたた寝をしていたシオンが目を覚ます。

 ゆっくりと自分の顔を覗き込む彼女に、何を言えばいいのか分からなかった。


「シオン……。えっと、その……おはよう?」


 言葉に詰まりながら、どうにか頭に浮かんだ単語を口にする。

 我ながら、何を言っているのか分からず、頭を抱えるイリス。


「──おはよう、イリス」


 そんな彼女の言葉に、シオンは涙を流しながら、静かに微笑んだ。



 目を覚ましたイリスと共に、食事を取った後、飲み物を飲み、ゆっくりとした時間を過ごしていた。


「ねえ、イリス」


 その静寂を破ったのは、シオンだった。


「聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


「……いいよ。シオンには知っておいてほしいから」


 彼女が何を聞きたいのかは、もう分っていた。


「イリスの持ってる葬具が、霊魔種ってどういうこと?」


「……人間種は精霊術も魔法も使えないって話は覚えてる?」


 彼女の言葉にシオンは頷く。

 その話は、旅の道中でイリスが話していたことだった。


「人間種には何の力もない。それでも、他の種族に殺されないように戦闘技術、経験を重ね続けてきた。それだけじゃない、話術も科学も、ありとあらゆることを用いて戦ってきた。その努力が実ったのか、ある日、人間種は霊魔種の一体を討ち取ったの」


「あんなでたらめなやつらを……?」


 イリスと霊魔種の戦いを見ていたシオンは、その言葉が信じられなかった。

 戦闘の終盤はイリスが圧倒していたが、それまでは霊魔種が完全に格上だった。

 世界に存在する法則を嘲笑うような出鱈目な存在。

 そんな霊魔種を、何の力もなく倒すなど不可能ではないだろうか。


「うん。具体的にどうやって勝ったのか知らないし、ただの偶然で、奇跡だったのかもしれない。事実として、人間種は霊魔種に勝利しているの」


 イリスも、その歴史が事実なのかは疑わしく思っていた。


 だが、それを確かめる術はないし、そんなことを考える時間が無駄だと彼女は考えていた。


「その時代の人間種も、その勝利が何度も起きるものではないことは分かっていたんだと思う。……だから、彼らは討ち取った霊魔種を有効活用する方法を考えた。細胞の一つすら余さず有効に活用する方法を」


「……まさか、それが葬具なの?」


 部屋の片隅に置かれた葬具に視線を向けて呟くシオン。

 彼女の言葉に、イリスは静かに頷いた。


『人間種が、知らないとは言わせないぞ……!』


 葬具から視線を動かすことが出来ない彼女の頭の中には、黒い影の怒りがリフレインしていた。


『貴様らの持つ武器が、何で創られているのか。その悍ましい罪を知らないなどと、ふざけるのも大概にしろ……!!』


 人間種が戦うためには、必要なことだったのかもしれない。

 しかし、霊魔種の肉体を使って、自分たちが戦うための武器を創ってしまったことは、悍ましい罪に他ならない。

 今更になって、シオンは少女の怒りを理解できた。


「でも、私達は結局のところ、霊魔種には勝ててないの」


「どういうこと?」


 たった一度の勝利とはいえ、武器化にまで成功しているのだから勝ったも同然ではないのか。


「霊魔種は、かつては神と呼ばれた強大な存在。そんな彼らを、殺して、武器にしたぐらいでどうにか出来てるわけがない。葬具は、武器自体が使用者を選んでる。適合できないものが持った時点で、葬具に殺されるの」


「え……? 持った時点で……?」


 イリスの言葉を静かに聞いていたシオンの顔は、血の気が引き、青ざめていく。


「そ、そうだけど、どうしたの……?」


「い、いや……。イリスの葬具、オレがここまで持ってきたんだけど、よく殺されなかったなって……」


 もしかしたら、あの瞬間、死んでいたかもしれないと考えると、恐怖に震えが止まらなかった。


「葬具がシオンのことを認めたのか、それともシオンがこの世界の出身じゃないから……? んー……分かんない!」


「だよねー……」


 どうしてシオンが葬具を持っても何も起きなかったのか。

 推測する材料はあるが、確固たる結論には至らなかった。

 これ以上は考えても時間の無駄だと、イリスは話を元に戻した。


「とにかく、葬具はそれ自身が適合者を選んでるの。そして、葬具に選ばれたところで、素材となった霊魔種の存在が強大であればあるほど、彼らの怨嗟の声は強く深く響く」


「もしかして、イリスが葬具を二つ持ってる理由って……」


「……うん。反理銀翼は強大な葬具だけど、使ってる方が精神を壊されかねない危険なものなの。だから、私にとって危険性の少ない聖錬風牙を使用してたの。……まあ、木っ端みじんに壊されちゃったけど……」


「私にとって……? 他の人が使うと、危険なの?」


「まあ、そうなるかな。私、葬具への適合率が異常に高かったの。だから、基本的にどんな葬具でも、問題なく使いこなせた。反理銀翼以外は、ね」


 彼女の説明を聞き、シオンは色々と納得がいった。

 イリスが葬具を使うときの躊躇いと震え。

 葬具を使う際、リスクの低い葬具を使用すること。

 そして、白銀の槍を使用した際の豹変。


「……あれ?」


 そこで、シオンの頭の中には一つの疑問が浮かび上がった。


「だったら、どうしてあの森では槍の方の葬具を使ってたの?」


 それは二人が最初に出会った日。

 イリスは弓ではなく、槍を使用していた。

 シオンと会ってからは、弓しか使わないようにしていた彼女が、どうしてあの場所では槍を使っていたのか。


「……やっぱり、その話になっちゃうよね」


 彼女は痛いところを突かれたような、苦笑いを浮かべた。

 そして、諦めたように息を吐き、イリスは口を開く。


「私がただのイリスになる前の名前は、イリス・ラスティア。人間種の国、ラスティア王国王家の長女にして、ラスティア王国騎士団長。その立場から逃げ出したのが私なの」

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