第13話 助ける理由

 一切の光がない黒い闇の中。

 自分がどこにいるのか、生きているのかも死んでいるのかも見失いそうになる。


「いっ……。死んでるわけじゃないのか」


 左肩に感じる痛みが、シオンの死を否定していた。

 だったら、自分は今どこにいるのだろうか。

 彼女の最後の記憶は、倒れたイリスを受け止めた直後、巨大な瓦礫が頭上に落ちてきたところまでだった。


「やっぱり、冷静に考えたら死んでるんだよなぁ」


 自分の記憶が正しいのであれば、生きている方がありえない状況だった。


「そんなに死にたいなら殺そうか?」


「え!? こ、この声……」


 暗闇の中で一人呟いていたシオンの背後から、先ほどの暗赤色の髪の少女の声が聞こえてきた。


「それより、衝撃に備えたほうがいいよ」


「? どういうこと?」


「いいから! もう、影潜りも限界なの」


「は、はい! うぉおおお!?」


 あまりにも切羽詰まった声に、シオンは喋ることを止め、頭を抱え、小さく丸まった。

 次の瞬間、シオンは大砲の弾のように暗闇から弾き出された。


「いっってぇぇ!!」


 そのまま地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がったシオンは、想像以上の衝撃と痛みに絶叫する。


「大袈裟だなぁ。さっきも壁に叩きつけられてたじゃん」


「それとこれとは別だろ……」


「まあ、それもそうだね。──で、あれはどうする?」


「は?」


 緩やかに着地した暗赤色の髪の少女は、シオンの目を見ながら空中を指さした。

 その動きに釣られて、空を見た彼女の視界に移ったのは、宙を舞うイリスの姿と彼女の葬具だった。


「はぁあ!? ちょ、あ、えぇ!?!?」


シオンは驚愕し、どうすればいいのか分からず、慌てふためく。

しかし、考えている間にも、彼女はどんどんと地面に向かって落下していく。


「くっそぉぉぉ! イリスー!!」


 彼女を助けなければという一心だけで、シオンはイリスの落下地点に滑り込み、彼女の身体を受け止める。


「ぐほっ!」


 骨が軋む音と共に、衝撃に耐えきれなかったシオンの身体は後方にふっ飛ばされる。

 イリスの身体を抱きかかえたまま、再び地面を転がるシオンを、少女は黙って見つめていた。

 何度か転がった末に、ようやく停止したシオンは、地面に彼女の葬具が突き刺さる音を耳にした。


「い、生きてる……。よかったぁ……」


 シオンは、夜空を見上げながら、どちらの鼓動もちゃんと聞こえることに安堵する。


 そんな彼女を、少女は不思議そうに見つめていた。


「……変な人間種。殺されかけた相手を救うなんて」


「殺されかけた相手って君のこと? それともイリスのこと?」


 シオンは、苦笑いしながら口を開く。

 彼女にとって、目の前の少女も、自分たちのことを殺そうとした相手だし、助けたいと思った相手だった。


「……そこで寝てる女のことだったけど、確かに私もそうだね。何で、助けたの?」


「んー……理由はいくらでもあるけど、一番大きな理由は助けたいと思ったからだよ」


 二人を助けたいと思った理由は何個もあるが、それは全て個人的で勝手な理由だ。

 その身勝手な心の奥底にある「二人を助けたい」という純粋な思いは、何度考えても変わらない。


「そんなの理由になってない」


 当然、そんな答えに少女は納得できるわけがなかった。


「なってるよ。……だって、君もオレたちのこと、助けてくれたでしょ?」


 シオンは、自分たちを助けてくれたのが少女だということに気が付いていた。

 彼女以外に、影に潜るという芸当が出来る人間などいないのだから。


「っ! ち、違う。私が逃げるときに、お前たちが傍にいただけだ」


「それでも、君が助けてくれなかったらオレたちは死んでた。だから、助けてくれてありがとう」


 理由はどうであれ、その事実だけは変わらない。

 シオンの感謝に、少女は何も言わなかった。


「……近くに街がある。さっさと行って、傷の手当でもしなよ」


 短くそれだけ言い残して、少女は闇の中に溶けていった。

 素直じゃない少女の態度に、少しだけ微笑み、シオンはイリスを抱えながら立ち上がる。

 少女の教えてくれた街に急ごうと、歩き出した彼女の視線の中に、イリスの葬具があった。


「……一応、持っていくか」


 この武器が、イリスをおかしくしている原因なのかもしれない。

 しかし、彼女の物を勝手な推測だけでここに置いていくわけにもいかなかった。

 イリスと白銀の槍を抱えて、シオンは近くの街に向かって歩き出した。



「はぁ……疲れた……」


 シオンは、倒れるように宿のベッドに突っ伏した。

 幸い、少女の言う通り、すぐ近くに街があった。

 もしかしたら、彼女が街の近くまで移動してくれたのかもしれない。

 いつかまた会うことがあれば、もう一度感謝を伝えたい。

 そう思いながら、隣のベッドで眠るイリスに視線を移す。

 言語こそ分からなかったが、二人の傷を見た宿の店員が、部屋の案内と応急手当てをしてくれた。


「お金……持ってないけど、どうしよう」


 異世界の住人への感謝と共に、自分が無一文であることを思い出した。


「っていうか、イリスの荷物も洞窟に置いたままなんじゃ……」


 そして、彼女の荷物がどこにもないことにようやく気が付き、シオンは頭を抱えた。


「あー……どう、しよう……」


 これから先、自分はどうしたらいいのか。

 考えようとした頭の中に、靄がかかる。

 思考が停止し、意識が遠退いていく。

 シオンは、その微睡みに抗うことが出来ず、そのまま泥のように眠りにつくのだった。

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