第2話

 レストランにて牛肉の煮込みを二つ、パンを二つ頼み、少女が話し出すのを待つ。


「助けていただきたいのです。街中で偶然あなたをお見掛けし、今しかないと無礼ながらお願いに参りました」


「まずは事情を聴く。俺は弱者しか助けない。助けるかどうかはあんた次第だ」


 促すと、少女は俯きながらもぽつぽつと身の上を話し始める。耳心地良く、内容の入ってきやすい声だ。読み聞かせなんかに向いていそうな感じ。


「実は父が大変な道楽家でございまして、事業の成功で蓄えは多くあったようなのですが、先日街の賭場で大きな賭けをして全財産を失ってしまったのです」


「それを助けてほしいって? お嬢さん、あんた俺のこと、聞いてないのか? 俺は――」


「弱者しか助けない。壊し屋イチロウ、弱者の味方。存じております。父が無一文となったのは自業自得です。母と死別してから、博打と酒に逃げたあの方を助けてほしいなどと、虫のいいことは申しません。助けてほしいのは、わたくしなのです」


 はて、どういうことか。父が貧乏になり生活が苦しいから援助してほしいということだろうか。さすがにそれは無理だ、壊し屋の領分ではないだろう。


「無一文と言いましたが、実際はそれより悪いのです。父は賭けの最後、どうしても勝算のあった勝負らしく、わたくしを勝手に質に入れ、賭け金を借りていたのです。その後父は勝負に破れ、借金を返す当てもありません」


「つまり、このままではあんたが借金取りに売られると?」


 少女が黙ってうなずく。どこの誰とも知らない輩に売り飛ばされる。それはとてつもない絶望だろう。


「あんた、名前は?」


「し、失礼しました! まだ名乗っておりませんでした。わたくしはローズ・ケミカと申します」


 ローズ。宝石のように赤い目と相まってまるで精巧なドールのように見える。


 異世界に来てからもうすぐ半年になるが、これほど顔立ちの整った少女は初めてだ。その美しさに若干気圧されていると、少女が不思議そうに首をかしげる。


「あ、あの……」


「ああ、すまん。俺はイチロウ、イチロウ・サトウだ。知ってると思うが、色々あって壊し屋をやってる」


 色々、とぼかしたのは女神がどう、転生がどうなどと言って話が通じたためしがないからだ。考えてみれば当然で、日本でもそんな奴は電波扱いだろう。


 雑な自己紹介だったが、ローズは大きく頷いて相槌を打っている。根が真面目な子なんだろう。


「とりあえず、ローズ、アンタのことは助けようと思う。親父の借金のカタで売られるなんて、時代劇ではお決まりかもしれんが、やっぱりかわいそうだからな」


 俺の返答にローズは表情をパアッと弾けさせる。善人のような理由でなく、日本へ帰るために弱者を助ける俺だが、依頼人の絶望が希望に変わる瞬間はこちらまで嬉しくなるので好きだった。


「ありがとうございます! 本当に、感謝のしようもございません」


 ひとしきり礼を言うと、彼女はテーブルに突っ伏しそうなほど、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます……!」


 声には涙がにじんでいる。俺は気を遣い、手洗いと称してしばらく席を外した。



 そろそろいいかと思い席へ戻ると、オーダーも到着していた。いくらか時間が経っていたようで、煮込みのルーの部分が若干固まり始めている。


 ローズは律儀に俺の帰りを待っていたようだ。しばらく泣いたのか、目の周りが赤く縁どられている。二人でいただきますをして柔らかな肉へフォークを入れた。


「ところで、その店はどのあたりに? この格好で怪しまれるようなら変装していくが」


 煮込みの肉をナイフで優雅に切り分けながら、ローズが答える。


「ここから歩いて30分ほどの貴族街に、表向きは魔法道具店を名乗る店があります。その地下が大商人や貴族、噂では王族すらも通う賭場になっているとのことです。姿はそのままでも問題ないと思います。様々な方が出入りするようですから」


 王族まで賭場に通うとは、この国はよほど娯楽に飢えているらしい。まあ文明レベルの低さを見れば日々の刺激が不足するのは容易に想像がつく。

 わざわざ偽造するということはこの国では賭博自体は違法なのだろう。だが、酒・煙草・賭博。現代でも国が規制してうまくいったためしがない。


「賭場の利益は莫大のようで、第二王子が経営と繋がっているとの話もあります。本当、くだらないことを考える輩が多いですよね」


 ローズの怒りに応じてか、食器がカチャリと音を立てる。相変わらずろくでもない世界だ。身売り、殺人、生贄。裏路地を一歩入れば待ち受ける、絶望と悪徳。


「そうだな。破壊は早速、今日やるとしよう」


 返事をすると、ローズはまた礼を言い頭を下げた。そして、ふと何かに気づいたように不安げな表情となる。


「あの……報酬の方は、どの程度を想定すればよろしいでしょうか……?」


「そうだな、金貨で言えば20枚。もし難しいようなら分割でも良いぞ」


 金貨1枚は日本円で1万円くらい。20枚は命の代価としては破格だろう。いつもの依頼ならもう少し頂くところだが、父に売られるという境遇が、あまりに哀れだった。

 

「お恥ずかしいのですが……何度まで分割可能でしょうか。賭けの際父がわたくしの貯金まで持ち出したようで、手元には金貨2枚しか用意ができないのです」


 ローズが白い頬を赤く染めてもじもじと俯きながら言葉を発する。


「もちろん、必ず、生涯をかけてでもお支払いいたします!!」


 ぐっとこぶしを握り熱弁するローズ。だが、その威勢もすぐにしぼんだ。


「ですが、今は職がありません。家の手伝い程度の経験があるだけです。これでは料金をお支払いするのに何年お待たせするか……」


 彼女は肩を落としてうんうんと唸っていたが、しばらくしてパッと顔を上げた。頭上に電球マークが灯りそうなひらめき顔だ。


「もしよろしければ、わたくしをあなたの下働きとして使ってくださいませんか! その、厚かましい話ですが、そこで頂いたお給金から返済を行うという形はいかがでしょうか。何でもやります! 雑用から……あの、よ、夜のお相手まで、えへへ」


「ちょ、ちょっと話が飛躍しすぎだ! ローズ、アンタならもっとましな職が選べるだろう。何も俺の下で働くことなんかない。別に支払いは急がないし、ゆっくり見つけたらいい」


「いえ! わたくしはイチロウ様の下でしか働きたくありません!」


 やけに断言するローズ。いい所のお嬢さんなら俺の雑用なんか投げ出したくなりそうなものだけど。


 俺が渋っていると、彼女はおもむろに席を立ち、膝と手と頭を地面へと付けた。つまり土下座である。また土下座か。もはや持ちネタと化してきた。

 

「どうか、どうかお願いいたします。この通りです! わたくしにはあなたしか、あなたしかいないのです! どうか!」


 大音量の懇願に、周囲がざわつき始める。依頼の時より必死なのではないだろうかという必死さ。

 というか、先ほどから少女を泣かせたり頭を下げさせたり、挙句の果てに土下座させたり、相当の悪人に写っている気がする。


「はあ、わかったよ。その代わり文句言うなよ、楽じゃないぞ」


 そんなわけで、ローズが仲間に加わった。



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