第8話 スライムの神さまになる

 俺たちは、スライムに着いて行った。

 本当にどこまでも草原が続いている。地平線の向こうは何も見えない。どれだけの広さがあるのか、まるでわからなかった。


「いったいどこまで行くんだろうね……」


 俺たちはもう30分以上歩いていた。

 ひまりは少し疲れた顔を見せた。


「さあな……スライムに聞いてみよう」

《2人とも早く! まだまだ先は長いよ!》 


 スライムは元気よく飛び跳ねた。


「ええ! まだ歩くの?」

「マジか……」


 文句を言いながらしばらく歩いていくと、大きな湖が見えてきた。


「うわあ……大きいね!」

「すげえでかいな」


 昔、ひまりと一緒に行った芦ノ湖ほどはあるだろうか。水の匂いがする。澄んだ水面は鏡のように、俺たちの顔を映していた。


《みんな! 出てきて!》 


 スライムが叫ぶと、草の影から他のスライムがぞくぞくと出てきた。

 その数、約100匹。


《この人たちは、ぼくを助けてくれたんだ。優しい人たちだよ。恩返しをしたいんだ》 


 他のスライムたちは、じっと俺たちを見つめた。

 スライムは最弱モンスターとはいえ、100匹に一斉に襲われたら、探索者でもない俺たちは死ぬしかない。


「ケイお兄ちゃん……」


 ひまりが俺の手を、ぎゅっと強く握った。


「大丈夫。俺が守るから」


 いざとなれば、俺が囮になって、ひまりを逃がそう。

 俺はひまりの手を、握り返した。


「あたし、ケイお兄ちゃんのこと――」

《神さま! 神さま! 神さま!》

「え……?」


 スライムたちは、一斉に俺たちにひれ伏した。


《ぼくたちスライムは、ずっと人間たちに狙われてきた。低層に出てくる最弱モンスターで、初心者探索者の経験値になるだけの生き物だった……。でもキミたちは、ダンジョンから出たぼくを助けてくれた。キミたちは、ぼくたちの神さまだあ!》


 ……よくわからないが、スライムたちは俺たちに感謝しているようだ。

 とりあえず、襲われなくてよかった。助かった。


「やったあ! あたしたち、スライムの神さま、スライム神だよ!」


 ひまりが大喜びする。

 おいおい、適応早すぎないか?

 最近の子は成長が早いから……と、オッサン目線で俺はひまりを見ていた。


「スライムちゃん!」

《ひまり神!》


 ひまりとスライムは抱き合った。


《ひまり神のおっぱいは、まさに天使の羽のように柔らかくて気持ちいいよ》


 なんだよ、天使の羽って……?

 スライムはひまりの胸にすりつく。

 何はともあれ、スライムとわかり合えてよかった。


《ねえ、ぼくに名前をつけてよ》


 ひまりの胸の中から、スライムが俺に声をかける。


「名前?」

《人間は、気に入った動物に名前をつけるんでしょ?》

「そーだな……」


 いきなりの無茶ぶりだ。

 スライムの名前、何がいいかな?

 うーん、思いつかない。


「シャオ! ケイお兄ちゃん、シャオにしようよ!」

「シャオか……」


 俺はシャオとの悲しい別れを思い出す。

 俺が一番、つけたくなかった名前だ。


「シャオのこと、大好きだったんでしょ? きっとスライムちゃんは、シャオの生まれ変りなんだよ。えーと、あれ、助けた蜘蛛が糸で救ってくれるお話、みたいな!」


 それって芥川龍之介の『蜘蛛の糸』か?

 カンダタという地獄に堕ちた盗賊が、生前に命を助けた蜘蛛に、糸で地獄から救ってもらう話だ。

 たしか最後は、カンダタは糸が切れて地獄に逆戻りして、結局は助からなかったっけ。


「全然関係ない話だと思うが……」

「えー! そうかな?」


 ひまりは首をかしげた。

 俺はカンダタみたいな極悪人じゃないし、ダンジョンは過酷な環境とはいえ、地獄とまでは言えないだろう。

 そう言えばひまりは、国語は苦手科目だったな。


「でも、名前はシャオがいいよ! ね、スライムちゃんも気に入っているみたいだし」

「ぼくはシャオ! ぼくはシャオ!」


 ま、ひまりもスライムも気に入っているなら「シャオ」でいいか。


「うん。名前はシャオにしよう」

「ぼくも! ぼくも!」


 他のスライムたちが、俺の周りに集まって来た。

 100匹も名前をつけるのは大変だ……


「わかった、わかった……まず並んでくれ。みんなの名前をつけるから」

「神さまバンザイ! 神さまバンザイ!」


 スライムたちは俺を讃えた。

 スライム神も、なんか悪くないかも――

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