37話
僕は電車と新幹線を乗り継いで、東京駅に降りた。
さっき、みなものお母さんと話して、なんとなく気分は楽になっていたが、正直なところ、僕は全く気持ちの整理ができていなかった。悲しみとか喜びとか、そういう気持ちの名前は理解できるけど、それを深追いすると、都会の中を歩くのと同じように、無限の中へ迷い込んでしまう。
僕は、案内板を元に在来線に急ごうとするが、途中で
僕はやっとの思いで、なんとか在来線へ辿り着き、それを乗り継いで、メモに書かれていた住所に行くことができた。
そこはウィークリーマンションだった。メモに書かれた部屋番のインターホンを鳴らすと、やがて、みなもが現れた。彼女は僕の姿を見て、びっくりしていた。
「……そうちゃん」
「忘れ物、届けにきたよ」
僕はみなものスマホを渡した。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「……いいよ」
僕はみなもの部屋に上がった。
「……それで、話って何かな?」
みなもは緑茶を机の上に置いた。
僕は自分の今の気持ちをみなもに話すかどうか、迷った。打ち明けると、みなももアテナのように離れていくんじゃないかという不安が頭から離れない……だけど、僕は、ここで話さなきゃ……アテナがくれた思い出から目を背けることになる。彼女が残してくれた教訓は、僕の中で生かし続けなきゃいけない。
「僕さ、あの取り憑いていた幽霊のことが好きだったんだ」
僕が切り出すと、みなもは肩を強張らせた。
「だけど、アテナが成仏して、傷心してたんだ。それで、みなもにあんな酷い態度を取ったんだよ。ごめん」
僕は頭を下げた。
「そのことはもういいよ。顔を上げてよ」
みなもは優しく言った。
「……それで、みなもと1週間ぐらい会えなかったんだけどさ、その時に気づいたんだよ。都合のいいことはわかってるけど、言っていいかな?」
「うん」
「僕はアテナのことが好きだったんだ……だけど、アイツが成仏して、僕はあの時ああすればよかったとか、こうしてやりたかったなとか、後悔ばかりして……ずっと苦しいんだ。だけど、その時に初めて、みなもは僕が辛い時はそばにいてくれるって気づいたんだ……だけど、先週からみなもがいなくなったから……今も、辛くて……淋しくて……死にそうで……辛くてさ。もう何がなんだかわからないんだ……だけど、僕にはみなもしか頼れる相手がいなくて……」
僕は話しているうちに、涙が溢れ出して止まらなかった。ただ、いろんな感情がぐるぐる回っていた。
「みなも……お願いだから……僕のそばにいてくれ……君は僕を導いてくれる標なんだ……どこにも行かないでくれ……」
みなもは僕の後ろに回って、僕の頭をポンと叩いた。
「ほんと、バカなそうちゃん。何言ってるのかわからないよ……」
彼女はそう言って、僕のことをそっと抱きしめてくれた。
「でも、大丈夫。私がいるから。ずっとそばにいるからね」
「うん、ありがとう」
ちゃんとみなもに言えたかどうかわからない。だけど、涙が溢れて止まらないから、わからなかった。
「そうちゃん。私が幸せにしてあげるから、私が全部忘れさせてあげるから、大丈夫だよ」
みなもは優しく頭を撫でた。
§
僕は駅のホームで帰りの新幹線を待っていた。
……アイツ、要領はいいくせに、肝心なところは抜けてるよなぁ。スマホを忘れるなんてその典型だ。みなもは他人の前では、いつも、完璧な振る舞いをしているのに、一度緊張したりすると、ぜんぜんダメダメになって、たまに訳がわからんこと言い出したりする時もあったよな。僕の前で、たまにそういう姿を見せていたよな。
(さっきは自分がダメな姿を見せて、泣きついていたくせに、よくそんなこと言えるよな)
別にいいだろ。たまには自分のことを棚に上げたってバチは当たらないよ……。
到着ベルが鳴り、新幹線がやってきた。
新幹線の窓から流れる景色を眺めて、自分の抱えている悩みを考え始めた。
……子どもの頃から答えがあると思っていた。だけどここ1ヶ月の出来事で、そうじゃないって気づいた。
(……そう。何でもかんでも答えがあるわけじゃない)
正確に言うと子どもの頃の僕は、答えがあるって勘違いしていたんだと思う。それでいて、答えのないものは曖昧なもので、そんなのが許せなかっただけだった。だから、アテナが好きで、みなもも好きで、そんな曖昧な状態が許せなかったんだ。ハッキリさせたかったんだ。
(だから、おまえは順番を振ったんだ。アテナが1番、みなもが2番ってな)
だけど、僕は好意に順番をつけるなんてあり得ないと思ったんだ。それは違う気がしたんだよ。
(けどさ、順番をつけるなんて、誰でもやっていることなんだ。当たり前のことなんだよ。学校でも、バイト先でも、人間関係でも……それは悪い事じゃない。もっと悪いのは順番をつけずに、何もしないことだ)
順番を付けなかったことで、僕の中でいろんなことが手をつけられずにいた。何より自分の考えが何一つ結論づけることができなかったんだ。何を優先させたらいいかわからずに、グダグダと悩まなくていいことを悩んだりしていたんだ……結局、僕が言いたいことは、アテナが好きで、2番目にみなもが好きなんだよ。それを認めたくないけど、認めるしかないよ……僕って最低だよな。だけど、今はそうとしか考えられないんだよ。
(でも、誰だって、自分にとって都合のいいことを望んでいるんだよ)
罪悪感でいっぱいだよ。だって、アテナがいなくなって、みなもにそのまま白羽の矢が当たったようなもんだろ?
(でも、みなもはそこを含めて自分を受け入れてくれただろ? だから、罪悪感なんて感じる必要はないんだ。むしろ罪悪感を持ったままだったら、みなもが怒るぜ?)
まあ、言うとおりだけどさ……
(でも、そのうちアテナのことも忘れるさ。そうだろ? やっすんの時だってそうだ。毎日悩んでいたわけじゃない)
でも、アテナは僕にとって、特別だったんだよ。
(なら、特別な思い出は、特別な場所に仕舞っておけばいい話だ。そして、思い出したい時に、取り出せるようにしておけばいいんだよ)
それも、そうだな、だけどうまく仕舞うことができるだろうか?
(それは、これからの行動次第だよ)
そうだな……。
僕は再び過去の清算をするために行かなくちゃならない場所がある。
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