6話
放課後を迎えた僕は、いつものように部室へ赴こうとすると、みなもに呼び止められた。
「ごめん、今日はお祓いがあるから、先に帰ってて」
彼女は申し訳なさそうに言って、小走りで去っていった。
「おお、気をつけてな」
僕はみなもに手を振った。
いつもは部室でみなもと一緒にゲームをしたりするのだが、彼女は先に帰ってしまった。
さて、予定が空いてしまった放課後をどう過ごそうか。
暇つぶしで、ひとりで部室でゲームを進めようかと思ったが、みなもと一緒にプレイしているので、勝手に攻略を進めると、彼女が怒ってしまう。
なら、買い物でもしてみようかと思うが、特に欲しいものなどない。つまり、答えはひとつ。真っ直ぐに帰宅しよう。
昇降口で靴に履き替えて、校門まで歩いていると、
「ちょっと、漱石」
聴き覚えのある声に呼びかけられる。声の方を見ると、木陰からアテナが顔をこちらに向けていた。
僕は無視して歩き続けた。
「ちょっと、漱石ってば」
アテナは近くにみなもがいないか確認しながら、僕の後ろを着いてくる。
「ちょっと、どうして無視するのよ」
(だって、アテナと話してたら、周りから変な目で見られるからな)
「煉精化気……煉気化神……」
「ああっ! ちょっと待って! 無視したこと謝るから、殺さないでくれ!」
「わかればいいのよ。っていうかどうして私を無視するのよ」
「だって、おまえと会話したら。周りから変な目で見られるんだぜ? 勘弁してくれよ……」
僕が言うとアテナは周りを見て納得した。近くを歩く生徒が僕と目があった瞬間、気まずそうに逸らす。またイタい奴だと思われてしまってる。この野郎……。
アテナは、なるほどねと呟いた。
僕は諦めて、アテナと話すことにした。
「今までどこにいたんだよ?」
「普通に学校の中をウロウロしてたわ。やっぱり懐かしくなるわね」
アテナは満足そうに言った。
「だけど、あの女がいるせいで、いちいち警戒しなくちゃならないのが、鬱陶しいわ。今度あったら、リベンジしてやりたいわね」
アテナは適当なことを言っていた。僕はひとりで帰るよりは、誰かがいた方が退屈はしないだろうと思い、
「帰ろうか」と言うと、アテナは頷いた。
夕方差し迫るなか、オレンジ色に染まった道に、僕の影だけが伸びている。最初は適当な話をしていたが、だんだん無口になってゆく。その無言をどう感じるかは、シチュエーションに左右されると思う。どうでもいい相手だったり、気心の知れた相手だったり、家族の間の無言を気まずいと思う人間はいないだろう。しかし、相手に想いを告げる前とかの無言は気まずくて気恥ずかしいものだと思う。いわゆる告白とか、プロポーズとか、男女関係に関わるものだ。
僕はこの無言を気まずいものだと捉えていなかったが、アテナは違ったようだ。なんとなく彼女の方を見ると、俯きがちで口が横一文字になっている。頬は夕焼けオレンジ色に染まっていた。まるで告白前のような、無言。
アテナの緊張感が伝染し、僕まで緊張してしまう。
僕は歩みを少し速めて、彼女を見ないようにした。
どうしよう? 適当な話をして気まずさを流してしまおうか? しかし、沈黙がここまで長引いているから、かえってわざとらしくならないだろうか?
悶々と考えているうちに、
「ちょっと、漱石」
アテナは僕を後ろから呼び止めた。
振り返ると、彼女は覚悟を決めた表情をしていた。僕はその表情を見て、彼女の想いに応えるため、腹を括る。
「付き合ってほしいのよ」
「はへぇ?」
予想通りなようで予想外の言葉に動揺して声が裏返ってしまった。
「僕と?」
僕は冷静になろうとして、確認すると、アテナは頷いた。
「まあ、落ち着けよ。僕はただの人間で、アテナはただの幽霊なんだ。付き合うだなんて……」
「別に難しいことじゃないわ」
アテナの瞳は真剣そのものだった。
「私と一緒に行ってほしいところがあるのよ」
…………ああ。なるほどね。そういうことね。
風船からゆっくり空気が抜けるように、気持ちがしぼんでゆく。
「一緒に行くってどこに行くんだ?」
「私の友だちにあけみって娘がいるの。その娘の家に行ってほしいのよ」
「ええっ?」
アテナの言っていることがちょっと理解できなかった。
「そのあけみって娘はアテナの友だち?」
「そうよ」
「だけど、どうして僕が行かなくちゃいけないんだ? いきなり僕が行っても、その娘が困るだろうし、僕もその娘のことを知らないよ」
アテナの知り合いが僕の知り合いなわけではない。それに、僕があけみの立場なら、いきなり家にやってきた見ず知らずの僕を見てビックリするはずだ。
僕が言うと、彼女は黙り込んだ。
「……うん。やっぱりいいわ。変なこと言ってごめん」
アテナは取り繕うように笑みを浮かべた。その笑顔に少しの寂しさが混ざっていた。
「帰ろっか」
アテナは何事も無かったように、僕の先を進んで行った。僕は彼女の後ろを追ってゆく。彼女はしばらくしてから、あけみの話を始めた。
「あけみって娘はね。私の幼馴染」
「そうなんだ」
「優しくて、ちょっとだけバカで、天然なところがある、笑顔が素敵な女の子。小っちゃいころはふたりでよく公園で遊んでて、あけみは運動神経があるから、かけっこはいつも私が負けてた」
……そういえば、僕も運動ではみなもとやっすんには勝てなかったけ。
「だけど、ゲームはいつも私が勝ってたの。あけみは要領が悪くて不器用だったから、私がお姉ちゃんみたいな役割だった。あけみは妹みたいに私に甘えていたわ。昔の話だけどね。今はどうなってるかわからない」
昔の話か……みなもとやっすんと僕の3人でよく遊んでたな。やっすんは今……もし今があればの話だけど、何してるんだろうな?
「……あけみは親友なんだ」
「アホか。どうしてそれを先に言わないんだよ」
僕が言うと、アテナは驚いて振り返った。
「家はどこだ? 今すぐ行くぞ」
僕はアテナに言った。親友に会えるなら、会っておくことに越したことはない。僕みたいにやっすんに会えなくなっては何もかも手遅れなんだ。
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