5話


 昇降口で教室に向かうために上履きに履き替えようとすると、

「あっ」

 アテナが忘れ物を思い出したかのように言った。なにかあったのだろうか。

 履き替えて、アテナの方を見ると、彼女は居なくなっていた。その代わりに、みなもが姿を現した。

「そうちゃん、おはよう」

 ……なるほど。アテナはみなもを見つけて、慌てて逃げ出したわけだ。

 あらためて、みなもの顔を見ると、髪の毛に葉っぱがついていた。

「おはよう。髪に葉っぱがついてるぞ」

 僕が言うと、みなもはスマホのインカメで、自分の顔を覗き込んだ。

「あっ、本当だ」

 彼女はそのまま僕の方へ向いて、

「私、今まで黙ったたんだけど、実は狐なんだ……」

 なぜかダンスを踊り始めた。無駄にキレキレだった。

「なんでダンス?」

「そうちゃん、きつねダンス知らないの? 今流行ってるんだよ」

「へえ。……なんでキツネ?」

 別にたぬきでもいいと思うけど。

 流行に疎い僕は、適当に受け流しつつ、頭の葉っぱを取った。

「ああ、変身が解けちゃうよ」

「もともとキツネじゃないだろ」

 僕が言うと、みなもはムッと膨れっ面になりつつ上履きに履き替えた。

「それで、昨日は大丈夫だった?」

 みなもは心配そうに僕の顔を覗き込む。

「昨日?」

「幽霊見て、大騒ぎしてたじゃん」

「ああ……」

 その幽霊に現在進行形で付き纏われているが、美人だし、若干鬱陶しいけど、そんなに悪いヤツでもなさそうなので、たぶん大丈夫……なはず。

「うん。大丈夫……」

 僕が言いかけたところで、

「あっ!」

 みなもは僕の後ろを指差した。振り返ると、物陰からアテナが顔を覗かせていた。

「昨日の幽霊じゃん!」

 危機を察知したアテナは逃げ出したが、みなもはすぐに追いかけた。

「よくも私のそうちゃんを怖がらせやがって。天誅てんちゅうを下してやる!」

 みなもはスクールバッグからお祓い棒を取り出して、呪文を唱え始めた。

 周りの生徒たちはみなもの姿を見て、

「おおっ。鷹取が除霊を始めるぞ!」

「なに? また、みなもちゃんが私たちのために戦ってくれるの?」

 みなもはたびたび学校で除霊をしていて、それを霊感のある生徒たちが、彼女の戦いぶりを面白がり、それをみた霊感のない生徒もお祭り騒ぎに乗じて盛り上がるので、みなもの除霊はひとつのエンタメになっていた。しかし、よくそこまで盛り上がれるよな……。

三花聚頂さんかじゅちょう……天下乱墜てんからんつい……ハッ!」

 お祓い棒を振ると、呪文は目にも止まらぬ速さで、アテナのもとへ飛んでゆく。

「ぎえぇぇぇ!!」

 みなもの除霊をくらったアテナは雷に打たれたように、全身を痙攣させるが、かろうじて致命傷は避けたらしく、

「煉精化気……煉気化神……!」

 アテナも負けじとカウンターを放つが、みなもはこの反撃に反応し、フロイド・メイウェザーJr.の如く、L字ガードで呪文を防ぐが、威力が強く、後ずさった。

「めずらしく鷹取が押されているぞ。こりゃ相当な悪霊だぜ」

「負けないでみなもちゃん。諦めないで!」

 みなもは反撃しようとするが、アテナは隙をついて逃げ出した。

「あっ、待てぇ!」

 みなもはアテナの後を追いかけようとしたところで、予鈴が鳴った。

 みなもは地面に血の混じった唾を吐きそうな雰囲気で、

「ちっ。あと少しだったのに」と吐き捨てた。

 戦い終えたみなもの周りに人だかりができていた。

「鷹取、今回もいい戦いだったよ」

「みなもちゃん。ケガはない?」

「私は大丈夫だよ。ありがとう」

 みなもは生徒に囲まれながら、教室へと向かった。彼女は持ち前の愛されキャラと性格で、クラスの中では人気者で、陽キャの1軍に属している。昔はそうでもなかったんだけど、彼女はあらゆる努力をして高校デビューを最高の形で果たしていた。……いつの間に、こんなに差がついたのだろう。だけど、そんなこと考えても、仕方がない。僕はどこまで突き詰めても僕なのだから。

 僕はため息をついて、上履きに履き替えた。


§

 

 僕はアテナが居なくなったことに、ホッとしながら、1時間目、2時間目と過ごす間に、彼女がいなくて張り合いがないことに気づいた。教室が懐かしいとか、先生のクセが強いとか、ウダウダ言っている彼女の姿をどこかで期待していた僕は、少しだけガッカリした気分になる。どれくらいのガッカリかというと、少し興味があったアニメの放送が、スポーツ中継の延長で、放送時間が遅れるぐらいのガッカリ度合いだ。そういう時は、放送時間通りにいかないことを嘆くのだが、仕方なくゲームに夢中になっていると、アニメの存在すら忘れて、3日後あたりに思い出して、「まあいいや」と、どうでもよくなってしまうものだ。つまるところ、所詮しょせんアテナとはそれぐらいの関係性なのだ。それに、アテナは僕の高校生活を見て、少なくとも、青春とは程遠く退屈なものだと思うだろう。そういう意味では、アテナに付き纏われなくて、良かったと思った。

 そんなことを考えているうちに、僕はひとつの疑問に行き着いた。


 アテナに友達はいたのだろうか?


 彼女は高校入学から半年も立たないうちに亡くなってしまったのだ。だけど、あの性格ならクラスの人気者になっているに違いない。だけど、その中で本当の意味で彼女の死を嘆き悲しんでくれる存在はいたのだろうか?

 答えはノーに限りなく近いだろう。4月から7月までの4ヶ月の間で、そこまで深い関係性のある友人を作るというのは難しいことだと思う。それに彼女は資産家のお嬢様だから、平民ばかりのこの高校の生徒たちとは根本的に価値観が違うだろう。

 ちなみに僕はアテナよりは長く学校に通っているが、みなもを除いて、会話をする同級生はいても、一緒に弁当を食べたり、休日に遊んだりするような、そんな人はいないから、本当の意味で友達と呼べる存在は居ない


 いや、正確には一人いたが、そいつにはもう会うことが出来ない。

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