第五話 下僕に最後の挨拶は済みまして?

「なんとも、見すぼらしい格好ですわ。これが貴女の下僕なのでしょうか」

「エミさんは下僕ではございませんわ! 貴女こそ、何なんですの!? どうして私の格好をしていますの!?」

「おかしな話をしますわね。私はリーチヒルト・マグネシア。マグネシア侯爵が娘」

「わけのわからないことを…! リーチヒルト・マグネシアは私ですわ!」


 全く同じ姿の、全く同じ顔の、全く同じ声音の、リーチヒルトが二人存在している。

 何か危険な魔導書を不意に開いてしまい、二人に増えたのか?

 それとも、これが彼女の特別な才能なのか?

 エミカーシュは驚きのあまり口を開き、固まってしまう。


「エミさん! すぐに先生を呼んできてください! 私の姿に化けた魔物が入り込んでますわ!」

「魔物は貴女ではなくて? 大方、今まで私のフリをして、この学院でのさばっていたのでしょう? それも、もう終わりですわ」

「ムキ―! 何なんですの!」

「はぁ、全く度し難い存在ですわ」


 二人は睨み合ったまま、膠着状態となっていた。


「えーと…その、リト―――じゃない、リーチヒルトさ―――様?」

「下民が気安く私の名を呼ぶとは。しかし、今は許しましょう。何か御用かしら?」

「エミさん! 私のことはリトとお呼びくださいと申し上げたはずですわ!」


 偽物の方は分かった。

 

「”リト”は! こっちに走って!」

「はっ!? わ、わかりましたわ!」

「マーレ! 大変だ!」


 駆け寄る”リト”の手を取り、エミカーシュは叫びながら、出口へ走った。

 体当たりするように、魔導書館の扉から出る。

 扉の先には、エミカーシュの声を聞きつけ、マーレが来ていた。


「一体何よ?」

「目眩ましができる―――何か、魔法を使って!」

「はぁ?」

「早く!」


 エミカーシュが必死の形相でいう背後には、”二人目”のリーチヒルトが立っていた。

 だが、リーチヒルトは、エミカーシュのすぐ傍にいる。

 リーチヒルトが二人いる。

 その異常性に、マーレはすぐに気づいた。


「ミラージュ・ミスト!」

「アース・プリズン」


 ”二人目”のリーチヒルトは容赦なく、リーチヒルト、エミカーシュ、マーレの3人を巻き込むように、上級の土魔法を放つ。

 三人を取り囲むように、巨大な石の壁がそびえ立ち、彼らを押しつぶさんと傾いてきた。


「ちぃっ! ディメンジョン・デミシフト!」


 間一髪のところで、マーレの放った紫の光に包まれた。

 瞬時に、肉体が別の場所に転移する。

 どこかの部屋のようだが、どこはよく分からない。何やらごちゃごちゃとしている、物置のような場所だった。


「―――危なかった…」

「どういうことか説明してくれる!?」

「そ、そんなこと言われましても! 私にもわかりませんわ!? 何なんですの、あれ! 何か凄く本物っぽかったですわ!」

「自分であっちが本物っぽいとか言っちゃうわけ!?」

「だ、だって、あっちのほうが、すごい魔法を、使うんですもの……」


 初歩の土属性魔法しか使えない”リト”と、上級の土属性魔法を操るリーチヒルト、どちらが天才令嬢かと言われれば、間違いなく後者だろう。


「彼女、あのままボクらを殺す気だったと思う。あの場でボクらを殺せば目撃者は誰も居なくなる。リトに入れ替わるのは容易かったはずだよ」

「なるほど。あいつ、リーチヒルトが一人になるのを待ってたってわけか」

「で、でも、私と入れ替わったって―――」

「アンタは馬鹿なの? アンタ、侯爵令嬢でしょ。入れ替わりを目論む奴が出てきたって不思議じゃないわよ!」

「あ、確かにそうですわね…?」

「自分で令嬢だってこと忘れてるの!?」

「し、失礼な! 忘れてませんわ! でも、ほら、本物より本物っぽいものをお出しされると、こう、なんというか、アイデンティティが…」


 気持ちは分からなくもないが、それを言ったらおしまいである。


「ねぇ、やっぱりこっちが偽物だったってことにしない?」

「いや、無理だよ。ボクらは本物を知ってる。にしたとしても、あっちはボクらを見逃さないでしょ」

「チッ、面倒ね――! もっと早く出てきてくれたらよかったのに!」

「何か酷いことを言われてませんこと!?」


 半ば涙目となりながら、リーチヒルトは吠えた。


「ともかく、危機は脱したけど、このままじゃまずい。ボクらが居ないなら、あっちは地盤固めをするはずだよ」

「地盤固め…ですの?」

「本人が認めてしまうほどに本物っぽいというのなら、自分こそ本物で君が偽物だって、他の生徒達に吹聴するはずさ。少なくとも、ボクだったらそうする」


 そして、数の力で本物を決めようとするだろう。

 本物のリーチヒルトがいくら自分が本物だと叫んだところで、飲み込まれてしまうだけの人数を味方につけようとするだろう。

 そうすれば、事実などいくらでもひっくり返せる。


「じゃあ、どうするの?」

「わからない―――…どうしたらいいんだ…」


 何せ、相手の方が本物っぽいのだ。

 

「そうですわ!」

「リーチヒルト、何を思いついたの? また下らないことじゃないでしょうね」

「違いますわ! 学院長先生ですわ! ここに私をお招きになられた学院長先生ならば、私のことをよく存じているはず! 学院長先生をまずは味方につけるんですの!」

「なるほど…!」


 エミカーシュは手を打った。


「よし、それで行こう。すぐに学院長先生のところへ向かおう――――…ところで、ここはどこ?」

「………当然、私の部屋、だけど」

「え?」

「転移の魔法は、術者の知ってる場所にしか飛べないからね」


 状況を確認し、次の方針が決まり、落ち着いてきたところでエミカーシュは周囲を見渡す。

 そこは、悪い言い方をすれば、ゴミ山の中だった。

 何だかわからない壊れた置物や、沢山の割れたビン、汚れた衣類、食べかけで放置され腐った食料の類、打ち捨てられた旅行鞄―――などなどで、床は覆われ、棚から物がはみ出し、洗い場には食器が山積みになっていた。


「………」

「…あの、私、てっきり、ゴミ箱かどこかに、転移したのかと思いましたわ…」

「なんか文句ある!? 文句あるなら、次にピンチになっても転移させてあげないわよ!?」

「ご無体ですわ!」

「今度、部屋を掃除しにくるね…」

「うるさいうるさいうるさい!」


 マーレに追い出されながら、一行は学院長の居る学院本校舎に向け駆け出した。



■ □ ■ □ ■ □



 女子寮を疾走するリーチヒルト、マーレはともかく、エミカーシュへの視線は痛かった。

 一体何事かと驚く女子生徒ならまだいい。


「きゃあ―! なんで男子がここにいるのー!!!」


 そうヒステリックな叫び声を上げて、魔法を撃ってくる者もいた。


「これには事情があって―――…」

「問答無用! アイス・キャノン!!」


 巨大な氷の塊が、容赦なくエミカーシュに撃ち込まれる。


「―――ったく! マジック・シールド!」


 マーレがとっさに放った盾の魔法によって氷の塊は弾かれ、エミカーシュはどうにか難を逃れる。


「部屋を掃除しに来る時はもっと上手くやんなさいよ!」

「ありがとう! その時は新居同様にするよ!」

「軽口を叩いてる場合ではありませんわよ!」


 どうにか女子寮を出たものの、そこに幾人かの学生が立ち塞がった。


「居たぞ! 偽物だ!」

「なっ―――」


 既に、偽物は勢力を作り始めているというのか?

 動きが早すぎる。


「私が本物ですわ!」

「どう見ても偽物だろ!」

「お前なんか、天才令嬢じゃない!」

「侯爵の家の名を堕とすな!」

「わ、私―――私が本物―――…」


 揺らぐリーチヒルトを庇うように、エミカーシュが前に立つ。


「マーレ! お願い!」

「部屋に来る時には、お土産も持ってきなさいよ!」


 エミカーシュの声に応じ、立ち塞がった学生たちに向けて、マーレが飛び掛かった。


「私は本物よ。全員、ぶっとばされたいみたいね?」

「お前――――”青の災厄”…ッ!?」

「グラビティ・フォース!」


 巨大な重力波が、飛び上がったマーレから放たれる。

 立ちふさがる生徒たちは、それぞれが持てる最大の防御魔法を重ねて対抗する。

 相殺する形で、魔法は消え去った。


「私はこいつらを抑えておくわ。エミ、アンタは急ぎなさい」


 エミカーシュは生徒たちと相対するマーレに頷いてみせ、リーチヒルトの手を引いて駆け出した。


「待て!」

「偽物を逃がすなー!」


 残る生徒たちがリーチヒルトを追おうとするが、その前にマーレが立ち塞がる。


「私を無視する気? いい度胸じゃない」

「お前と戦う気はない! 俺達はリーチヒルト様に命じられて偽物を捕まえようとしているだけだ!」

「そうだ! 邪魔をするな!」

「あ、そう」


 マーレは笑った。


「でも知ってた? 私、リーチヒルトのこと、あんまり好きじゃないのよね。隙あらば邪魔してやりたくて、仕方ないのよ」

「”災厄”! お前…!!」

「パラライズ・ミスト!」


 マーレから放たれた麻痺性の黄色い霧が、女子寮入り口と、その前にある広場を覆い尽くした。追手の生徒も、無関係の生徒も容赦なく全てを飲み込んだ。


「これだけ派手にやっちゃったら、しばらく謹慎かな…。ま、部屋を掃除する時間ができていいけど」


 自身の放った毒の霧雲に呑まれながら、マーレは自嘲した。



■ □ ■ □ ■ □



 リーチヒルトと、彼女の手を引くエミカーシュは、本校舎にたどり着いた、

 校舎の扉を開けて中に飛び込むと、エントランスに待ち受けていたのは魔器を手にした生徒達だった。


「ここにも!?」

「余計な手間をかけさせないで下さるかしら?」


 さらに、生徒たちの後ろから、もう一人のリーチヒルトが現れた。


「私の偽物!? 貴女、他の生徒の方々に何をしたのですか!?」

「私が本物であるという保証人になってくださったのですわ」

「嘘ですわ! 魅了の魔法ですわね! こんなに早く説得できるはずがないですわ! 己の口で言葉を紡いで味方を作る、その手間を惜しみましたのね!」

「――――へぇ、偽物にしては魔法への造詣が深いのですね。驚きましたわ」


 魅了の魔法―――確かに、、これだけ短時間に生徒たちの一部を味方に引き込むことは難しくないだろう。


「なんと卑劣! マグネシア家の者として決して許しておけませんわ! ここで決着を付けて差し上げます!」

「え?」


 エミカーシュの血の毛が引く。

 

「リト、待って! マーレがいなきゃこの数に勝つなんて無理だよ!」

「エミさん、大丈夫、私は負けませんわ!」

「いや、いやいやいや…」


 どう考えたって無理だ。

 相手に数の利があるどころか、本物と偽物では魔法の実力も違う。

 勝機がない。勝利へのビジョンが、まるで思い浮かばない。


「エミさん、手を尽くしてくださり、ありがとうございました。さぁ、今の内に、エミさんは遠くにお逃げ下さい」


 何を勝手なことを!

 最初に決めたプラン通りに学院長を味方につけよう!

 そう、エミカーシュは叫びたかった。

 だが、こうなってしまったリーチヒルトは止められない。それはエミカーシュがここ2ヶ月で思い知ったことだ。


「下僕に最後の挨拶は済みまして?」


 偽リーチヒルトが不敵に笑う。

 魅了された生徒たちが、一斉に魔法を唱え始めた。

 

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