第28話 无(後編)

「何だァ? この黒い霧は……」


「無……そう、无だ!! キンヌンガガプだ!!」


 ローエングリンの声に反応したのか、その黒い霧は体 (?)を揺らした。


「キンヌンガガプは黒魔術では究極の召喚呪文でしか呼び出せないはず……スルトはすでに召喚して……逆に支配されていたのですよ!


キンヌンガガプは実体を持たない……精霊などとも違う……。支配するのには相当な精神力が要求される代わりに、支配した者の力は最強……もちろんこのままでも同じ……いや、実体を持たないだけ、この方が……」


「最強の上に実体がないだとォ!? 実体が……実体がない……?」


 はっとして、ジェロムがスルトの死体をかき回した。


 やがて服の中に見つけたノートは……ニーベルンゲンでイミルに取られたヘイムダルのノートだった。

 ジェロムはそれを取り出すと、ジナイダへ投げて渡した。


「ジナイダ……! ピアノ弾けるよな!?」


「弾けますケド……こんな時になんで…………きゃあっ!!」


 キンヌンガガプの攻撃が……正体不明の攻撃が、ジナイダの後ろに並んでいた木々を伐り倒した。

 幸い当たらなかったものの、ジナイダは恐くてまた泣き出してしまう。


「あの……泣いてないで、その……崩れてるけど寺院の中のオルガンで……28ページ!」


「えっ……28ページは……楽譜!?」


「それを弾いて……姫様は歌を……早く……!!」


 さらにブリーシンガメンも見付け、フレイアに渡すジェロム。


 よく理解できぬまま、崩された寺院の跡へ向かうジナイダ。中のオルガンは無事だった。


「え……と……C……Gシャープ……」


 チャーチオルガンの音が辺りに響く。その伴奏に合わせてフレイアが歌う。


 その間にもキンヌンガガプの攻撃がジェロムたちを襲っていたが、スキールニルとギネビア皇が協力して最大レベルのレジストシールドをつくり出し、かろうじて防いでいた。


「……ᛅᛎᛅᚱᛣᚮᚾᛅ ᛋᛆᛣᛋ ᛚᚮᛎᛅ ᛁᛋ ᛒᛅᛚᛁᛅᛎᛁᚾᚷ……ᛒᚢᛏ ᛁ ᛞᚮ ᚾᚮᛏ ᛏᚼᛁᚾᚴ ᛋᚮ……ᛒᛅᚲᛆᚢᛋᛅ ᛁ ᛏᚼᛁᚾᚴ ᛚᚮᛎᛅ ᛁᛋ ᚾᚮᛏ ᛒᛅᛚᛁᛅᛎᛁᚾᚷ, ᛒᚢᛏ ᚱᛆᛏᚼᛅᚱ ᛒᛅᛚᛁᛅᛎᛁᚾᚷ ᛁᛋ ᛚᚮᛎᛅ……ᛁ ᚼᛆᛎᛅ ᚾᛅᛎᛅᚱ ᚴᚾᚮᚹᚾ ᛏᚼᛆᛏ ᛚᚮᛎᛅ ᛁᛋ ᛋᚮ ᛈᚢᚱᛅ ᛆᚾᛞ ᛋᛏᚱᚮᚾᚷ ᛏᚼᛁᚾᚷ……ᛁᛏ ᛁᛋ ᚾᚮᛏ ᛆ ᛈᚮᚹᛅᚱ……ᛣᛅᛋ, ᛚᚮᛎᛅ ᛁᛋ ᛉᛅ……ᛚᚮᛎᛅ ᛁᛋ ᛣᚮᚢ……ᛚᚮᛎᛅ ᛁᛋ ᛆᛚᛚ……」


 ジェロムが、閉じていた目を静かに開く。手には……光……ジェロムの内なる光……


 同時に、フレイアのつけていたブリーシンガメンの真中の宝石ジェムが、割れたグラールの方へゆっくりと降りた。


 その時、ジェロムの光がさらに輝きを増し、形もはっきりとしてくると、その光の剣は透き通った茜色に変わった。


「オマエ ハ……イッタイ ナニモノ ダ……? いんなーらいと ヲ ダシタ……オマエ ハ ぱらでぃん デモナイ……ソノ シソン デモナイ ハズ……」


 キンヌンガガプが初めて口を開く。


「そうだ。俺は……本当にただの人間だ」


 光……インナーライトが……ジェロムの光がキンヌンガガプ……无を斬り裂いた。もちろん手答えなどなかったが。


 やがて光も……无も消える。


「終わったな……フッ……」


 ジェロムの言葉。しかし誰も聞いていない。


「あっ!! グラールが……直っている……」


 ローエングリンの声。聖杯グラールは宝石ジェムの力で復元したらしい。


「ま……まだ戦ってますよ、トールさんが……!」


 フレイの声。よく見れば、浜の方では未だトールとリヴァイアサンの死闘がくり広げられていた。


「あのよ……スキールニルさん、フレイ、ジナイダ……トールさんに加勢してやってくれねーか? なんか、少しずつ押されてるように見えんだよな……一人でずっと戦ってんだから無理もねえが……俺……インナーライト使って疲れてっからよ……頼むわ……」


「承知いたしました、ジェロム様。私どもにお任せ下さい!」


 三人は浜の方へ走って行った。それを見とどけ、ジェロムは横になった。

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