綾小路家の閻魔様は…

 ーその後、綾小路あやのこうじ家ー


 鈴華は祖父・綾小路繁晴あやのこうじしげはるの部屋の障子しょうじの前で膝を付いた。

「お祖父様、お話があります。入ってもよろしいでしょうか?」

「はいりなさい。」

 鈴華はスッと障子を開けた。

「どうした。」

わたくしの卒業後についてのお話を。」

「それなら、もう大学は最初から決まっておる。その為の高校だ。」

「はい。わかっておりますわ。けど私は、…私はブラジルに留学したく思います。」

 綾小路繁晴の目は、何もかも見据えていた。

「それは、あの少年。藤川翔吾がブラジルに行くと知ったからか。」

「お祖父様は、ご存知でしたの?」

「大企業の話となれば、此方にも自然と耳に入ってくる。お前はあの少年が気になるようだが…、やめておきなさい。あの少年はだ。今はワシも隠居してるとはいえ、いつ危険な目にうかわからぬ。それはお前も同じこと。その為にまさそばに付けている。そんなお前がに近づけば、巻き込まれる可能性もある。それに、あの少年は自分の道を切り開き、仕事や勉強の為に留学をする。それを邪魔してはいけないね。」

「確かに、お祖父様のおっしゃる通りですわ。」

「ああ、鈴華。ブラジルへ発つ前に、いつものコーヒーを頼めるかね?しばらく飲めなくなるのは残念だが、また彼が成長して帰って来るのも楽しみで仕方ない。」

 綾小路繁晴は笑い出したが、鈴華はムッとした。

「お祖父様、さっきと仰っていた事と違いますわ。もう近づくなと仰ったばかりではありませんか?」

「ワシのは、お前の気持ちの話だ。」

「お祖父様は意地悪ですわ。いつか閻魔様えんまさまに舌を抜かれてしまいますわね!失礼しますわ。」

 鈴華が怒りながら部屋を出て行った。

 ひとりになって、綾小路繁晴は呟いた。

「鈴華、閻魔様はじゃなかったか?」と。



 翔吾は毎日、カッピングに集中していた。時々裕太や、美術部の仲間が店へ遊びに来た。それぞれ進学や就職が決まり、あとは卒業式を待つばかりとなった。

「なぁ、卒業しても翔吾は留学まで店にいるのか?」

「僕は、入社式までかな。多分、休みの日はここにいる予定だけど。」

「そっか!じゃあ、俺もそれまで毎日ここに来れるな。」

「毎日、だと?そんなに暇なのか。」

「おぉ、余裕だぜ。」


 そんな裕太も、実は余裕ではなかったはずだ。社交辞令と言うよりは、そうでありたいという願いなのだろう。学生でいられるのも、あとわずかなのだから。

 

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