こてつ

 教室の片付けをしているうちに、すっかり遅くなってしまった。明日は学祭2日目。各クラスごとステージの出し物がある。

 

 家に帰宅すると、なぜか家の中はシーンとしていて…

「おかえりーにいちゃん。」

「あ、あぁ…ただいま。母さんは?」

「うん、こてつの具合が悪いから病院行った。『ご飯は適当に食べて』って母さんが。」

「わかった。こてつ、大丈夫かな。」

「わかんない。最近、あまりご飯食べてなかったみたい。」

「そっか。」

 風邪でもひいたのかな…

 こてつの事は気になったけど、昨夜からの寝不足と今日の疲れですぐに寝てしまった。


 翌朝、リビングに行くと母さんがいた。

「おはよう。」

「おはよう〜。そうだ、こてつは?」

「検査でそのまま入院。」

「そんなに悪いの⁉︎」

「まだ、なにもわからないわ。今日はこれから学祭でしょう?朝ごはん出来てるわよ。」

「うん…こてつが家に帰って来たら、しばらく一緒にいてあげよう。」

「そうね。」


 こてつの事が気になるけど、今はどうしようもない。学校に着くと、皆、着替え始めてた。

「おはよう。」

「あ、翔吾。おはよう!どうした?なんだか元気ないな。」

「いや、なんでもないよ。」

「そっか?じゃあ、今日はステージで弾け跳ぼうぜ!」

 裕太は相変わらず元気だ。

 

 今日のステージで、僕達のクラスは余興よきょうしながらダンスをする。裕太を含む数人が余興を行い、他は全員盛り上げる為のバックダンサーだ。僕はダンスはあまり得意ではないけれど、後ろの隅っこで皆と一緒に踊る。

 他のクラスは演劇、ライブ、合唱、コント、その他色々と工夫をしてるようだ。人数も規定はなく、数人から全員と幅広い。

 それぞれのクラスが『クラスTシャツ』を作り、その色やデザインも審査の対象となる。

 僕の着たクラスTシャツは赤色で、皆が考えたデザインや文字を元に、僕が描いたものだ。


「今年も藤川のデザイン、カッコいいよね。」誰かが言った。

 今年で最後だから、と僕もデザインに工夫に工夫を重ねた。普段、あまり目立たない存在だけど、人の役に立てるのは気持ちが良い。

「よっしゃー!皆の衆‼︎ステージに向かうぞ。この学祭で最高の思い出になるよう楽しもう‼︎」

「おーーー‼︎」クラス全員、歓喜が上がる。

「いざ、出陣じゃ!」

 僕はこんな時、皆を先導して盛り上がる裕太が凄いと思う。


 学祭2日目は、ステージ部門だけなので早めに終わる。僕は、ある程度の片付けを済ませ、急いで家に帰る事にした。

「翔吾、なにか用事でもあるのか?この後、打ち上げ行こうぜ。」裕太が声をかけて来た。

「ごめん、裕太。実はこてつの具合が悪くて、今、入院してるんだ。もしかしたら、帰って来てるかも知れないから今日は…」

「そうだったのか。わかった、気をつけて帰れよ。無理すんなよ!」


「ただいま!母さん、こてつは?」

「おかえり。」

「おかえり、兄ちゃん。」

「こてつは?」

「ここにいるわ。」

 母さんは、白い箱に目をやった。

「朝、病院から電話が来てね。3時くらいに息を引きとったって。午前中に迎えに行って来たわ。」

「嘘だろ?」

 僕は震える手で、白い箱のふたをそっと開けた。もしかしたら僕をびっくりさせる為のわなで、蓋を開けたらこてつが元気に飛び出してくるんじゃないかと思った。

 でも…こてつは静かに眠っていた。お腹をでるように触ると冷たかった。

 静かに蓋をして、僕は部屋に戻った。目の奥が熱くなり、涙があふれた。

 この間まで、部屋の前で鳴いていたのに。あの時、部屋に入れてあげれば良かった。忙しくても、もっと沢山遊んであげれば良かった。こてつは、もっと生きられたかも知れないのに。病気にならなかったかも知れないのに。


 しばらくしてからリビングに行くと、母さんは夕食の準備をしながら「こてつ、病院に行った時は手遅れだったんですって。それ、わかってたら家に連れて帰ってきたのに。」と、呟くように言った。

 僕は、れた目を冷却剤で冷やしながら黙って聞いていた。言葉にすると、また泣いてしまうから…

 

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