開店

 自転車に山ほど画材を積んで、僕は坂道を登った。もちろん乗るスペースもなく、自転車を押して歩いていた。側から見ると、ばぁちゃんがよく使う言葉『夜逃げ』に見えるかもしれない。

(もうすぐだ)

 お洒落で立派な建物が並んでいるその間に「いつの時代に建てられたの?」と思う古めかしい小さな店がある。

 自転車を停めるタイミングで緩んでいた紐が解け、画材がバラバラと落ちる。

「あちゃ〜…。」

 苦笑いしか出来ない。


 ドアには【しばらく休業します】の貼り紙。

 とりあえず、店を開けよう。と、ドアの鍵穴に古びた鍵をさす。

 ガチャリ


 ドアを開けた瞬間、笑ってるじぃちゃんや子供の頃の僕、お客さんたちが見えた。

 ハッと我にかえると、薄暗く主を失った店内に戻った。


「まずは、画材を運ばなくちゃな〜。」

 独り言を言いながら、バラバラになった画材を運ぶ。本当は家に持って帰っても良かった。

けど、量がハンパなく多くて寝る場所さえも占領してしまうから、じぃちゃんに許可を得て置かせてもらう事にした。


 振り返る一ヶ月前。

じぃちゃんが突然倒れて入院した。

お店は一時休業という事にしたけど、退院の目処も立たず。じぃちゃんはずっとお店の事を気にしていて、ついには「もう閉業するか」と肩を落としていた。

「じぃちゃん、僕をバイトに雇ってくれる?コーヒーだけなら淹れられる。」

 じぃちゃんは目を丸くして「お前に出来るか!」と、苦虫を噛み潰したような顔したけど、ちょっとしてから「メニューを変えてやってみなさい。」と言ってくれた。

 じぃちゃんの役に立てる事、大好きなコーヒーが淹れられる事。僕はとても嬉しかった!


 当然、学校の部活が出来なくなる。

 僕は美術部に休部届けを出し、置いておかない画材を片付け始めた。

翔吾しょうご君、元気でね。」

「いや、いなくなる訳じゃないし…。」

「翔吾、生きて還ってこいよ。」

「いや、戦いに行く訳じゃないし!」

「うわぁ〜ん…もう翔吾君のコーヒーが飲めなくなるのね。」

「先生、嘘泣きはやめて。お店にコーヒー飲みに来てください。」

「チッ…」

「先生が『チッ…』て。僕はしばらく休むだけでまた戻りますので!」


(とりあえず完成してる絵は、適当な所に飾って置こう。他は奥の物置かなー)

 片付けと店の掃除を終わらせ、やっと…

「お待たせ、君の出番だよ。」

 鞄からコーヒー豆を取り出す。

 そして表のドアに貼られた【しばらく休業します】の貼り紙を剥がした。



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