第41話

 駐車場に車を停め、三人は昼間の市役所へと足を踏み入れた。中は空調が効いていて、過ごしやすい温度に整えられている。人はそう多くなく、ちらほらと窓口で手続きをしている人が見られるくらいで、そう混みあっているようには見えない。

 岡崎は近くにあった窓口案内で、この近隣のことについて話を聞きたい旨を伝え、窓口の案内を受けその窓口へと足を進める。比較的他の窓口よりも人の少ないそこでは、市役所の職員が書類を分別しているくらいで特段忙しそうな様子は見られない。

 これならば気兼ねなく話が聞ける。そう判断し岡崎が窓口前の椅子に座ると、職員は書類を分別していた手を止めて彼女の方へと視線を向けた。

「何かご用かな?」

「はい。少々お伺いしたいことがありまして」

「学生さんかな、レポート課題なんかで必要なことだと見た」

「まあそんなところです。民俗学というか、少しばかりこの辺りの歴史について調べているものでして」

「なるほど。それで市役所に来たわけか。なんでもどうぞ」

「ではまず一つ目なんですが、四茂野村についてお伺いしたいです。四茂野村は爆撃によって燃えてしまったそうですが、今はどのような扱いになってますか?」

「四茂野村か、懐かしいね。戦中までは居住区として扱っていたけれど、生存者がいなかったから今は居住区としての扱いはしてないね。現に誰も住んでないし」

「なるほど。今誰も住んでいないというのでしたら、四茂野村を訪れることも難しいでしょうか?」

「うん、難しいだろうね。道も老朽化して、崩れてもおかしくない場所も沢山あってね。それもあって、通行止めのバーが降りてるはずだよ」

 通行止めのバー。市役所職員の口から出た言葉に、岡崎をはじめとしたその場にいた三人の目が細められる。そんなものは昨日、四茂野村へ続く道には存在していなかった。

 単なる見落としの可能性も考えたが、それは限りなくゼロに近いだろう。道の老朽化を理由にして通行止めがされているのであれば、道全部を塞ぐようにして目立つバーが降りているはずだ。でなければ、バーを設置する意味がない。

 だがそれが昨日四茂野村へ向かった時にはなかった。その時点で、岡崎達は既におかしなことに巻き込まれていたことになる。

 そもそも、オカルト掲示板の報告でバーが下がっており、これ以上先へ行けないというものがあった以上それが普通なのだろう。普通でない状況に置かれていることが分かった岡崎は、更に職員へ質問を投げる。

「通行止めならフィールドワークは厳しそうですねえ。あと、昔四茂野村とこことの間で連絡線みたいなものは出してましたか? 定期船のような感じで……」

「ああ、よく知ってるね。昔は出てたよ、四茂野村の主な産業が木材だったからね。運輸の関係で川を経由しての船が出てたんだよ」

「なるほど。勿論今は村に人が住んでないので船は出てないかと思うんですが、船が停るのってもしかしてこの辺りだったりしますか?」

「うん? ……うん、そうだね、君よく知ってるね」

「いやあ、祖父から少し聞きかじっていたもので」

 へらへらと笑って、岡崎はその場を誤魔化した。岡崎が指さしたのは、今朝三人が目覚めた場所でそこは現在は船が停るような場所ではない。

 そんな場所で目覚めたことを岡崎は不審に思っていたが、これで大体何が起きたかは分かった。岡崎は窓口の職員に礼を言い、少し離れた休憩スペースに腰を下ろして話始めた。

「先輩方、私どうしてあの場所に車があったのか不思議だったんですけど、理由が何となく分かりました」

「そう、なら言ってみなさい」

「説明が少し難しいんですが、まず私達は実際に四茂野村には向かってません」

「……何を言ってるのかしら?」

「難しいって言ったじゃないですか! 私達は無意識下で今朝目覚めたところに車を停めて、そこで眠っていたんですよ」

「ならあれは夢だったって言いたいのか?」

「はい、ニコシマ先輩の言う通りです。あれはよく出来た夢なんです」

「夢なら貴女が買ったものはないはずじゃなくって?」

「鋭いですね先輩。そうなんですよ、目覚めた時は手元にあったはずなんですけど、今はもうないです。何故だか分かりますか?」

「夢現だったから、とかかしら?」

「ご名答です! 夢と現実が入り交じっている状態だったので、あの世のものに触れられた上にそこにあったんですよ。今はすっかり意識が現実に戻ってるので見えないということですね」

「そういや、眠りは仮死状態みたいなもんだってキリスト教では言ってたな。夢を見てるうちに起こすとその相手が死ぬだとか。そういうことか?」

「はい、ニコシマ先輩の言う通りです。シンボル学的に見れば、私達は半ば死者の世界に足を突っ込んでいたので四茂野村が見えたんですね」

「なら、なんでわたくし達は四茂野村へ行けたのかしら」

 西園寺の疑問に、岡崎は少しだけ答えるのを迷ったような素振りを見せた。今までは意気揚々と話していただけ、その様子は不審だった。

 西園寺が話すように促すと、岡崎は迷いに迷った後口を開いた。

「あの村はですね、恐らく招かれないと訪れることが出来ない村なんじゃないかなと思うんです」

「……その理屈で行くなら、まさか」

「はい、恐らく平坂さんはこの世の存在ではないかと。本人にその自覚がないんだと思います。それが悪い方向に転んでるのが今回なんですが……」

 岡崎はそう言うだけ言って、視線を逸らした。視線を逸らした先、そこにはなにかの催しがしているようで、複数枚パネルが張り出されている。

 西園寺が説明を求める声を無視し、岡崎はそのパネルの方へとふらふらと近寄っていった。

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零気オカルト忌憚 鮎川キナノ @ayukawa1006

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