第8話

 咲穂が腕によりをかけると言っただけ、夕飯は非常に豪勢なものだった。山菜をふんだんに使った和食仕立ての料理は、素人目に見ても手の込んだものだということはすぐに分かる。

 ざくろ茶と共に提供された食事に舌鼓を打っていれば、突然大広間の扉が開けられた。

 そこに立っていたのは背の高い黒髪の青年で、手にはカップ麺の容器を持っている。大広間には玄関側へ出る扉とキッチン側へ出る扉が着いている。恐らく構造上、廊下を通るより大広間を突っ切った方が早いのだろう。

 青年は岡崎達へ視線を向けるや否や、あからさまに不愉快そうな顔をして口を開く。

「よくこんな山奥の村なんかにあんた達来たな」

「ええっと、梶野さん? あちらの方は……」

「俺が誰かなんてどうでもいい、さっさとお前たちはこんな村から出ていけ。都会育ちの人間にこんな寂れた村は面白くもなんともないだろうよ」

「詩嶌、お母さんお料理たくさん作ったから一緒に食べましょう? カップ麺ばかりじゃない、体に悪いわ」

「うるさい。お前らもこんな飯食ってないでさっさと都会に帰って美味いもんでも食いな」

 詩嶌と呼ばれた青年は、ろくに会話もせず一方通行に話終わるとすぐに大広間を後にする。彼が現れるまで賑わっていた大広間だが、どうにも会話が切り出しづらい空気になってしまった。

 咲穂は自身の食事には見向きもされなかったことが余程ショックだったのか、口を閉ざして俯いてしまっている。岡崎と西園寺がどうしたものかと視線を交わしていれば、梶野が困惑しきった声を出した。

「お兄ちゃん、前はあんなじゃなかったんですけど……」

「お兄ちゃん。先程の方は梶野さんのお兄さんでいらっしゃるの? 妹の成人祝いに対してあまりにもな態度ではいらっしゃいません?」

「私なにかしちゃったんでしょうか……」

「そんな顔しないでくださいよお、何かきっとすれ違いがあったんですって! 後で聞いてみます? 兄妹間の問題ですし、私と西園寺先輩は介入しづらいですけど……」

「……いえ、大丈夫です。きっと仕事のことでイライラしてたんだって思うことにします、またさっきみたいなこと言われたら一人だとちょっと……」

 後者が本音なのだろう、梶野は縮こまりながら食事を再開した。人の感情の機微に疎い岡崎でも分かる、これはそっとしておいたほうがいいのだろう。

 西園寺も同意見らしく、黙々と食事をしている。岡崎はもどかしさを感じながら、二人に倣って食事を再開するよりほかになかった。


◇◆◇


 食事を終えた頃にはもうとっくに六時は回っていて、外出できる時間ではなかったため三人は咲穂に進められるがまま入浴を済ませた。肌寒い春の風に晒された体に温かい湯は染み渡るようで、非常に心地のいいものだった。

 大広間へ戻ると咲穂が気を利かせたのだろう、既に布団が三組綺麗に敷いてあった。山のようにあった皿は綺麗に片付けられ、机も部屋の隅に寄せられている。

 まだ濡れた髪を雑に拭きながら、岡崎は布団の上へと腰を下ろした。

「とりあえず村には来てみましたが、最初の洗礼以外は特段気になることはなかったですねえ。あ、ざくろ茶は除いて、ですが」

「そうね、今の所はなんの問題もない里帰りに近いわね。綾のカンが外れてくれればわたくしも助かるのだけれど」

「でもそれだと何も起きずにただのお祝いでおしまいじゃないですか! 私は奇祭だって言うからここまで来たんですよ!?」

「あまり私の肩を持って揺さぶらないで頂戴。目が回りそうになるわ。それにまだそうと決まったわけじゃないでしょう」

「確かにそうですけど……。そうです、明日教会へ行ってみましょう。何も無ければ我々の思い違いということにはなりますが、まあそうだったらそれはそれで春の長期旅行だと割り切ります」

「人生そういう割り切りも大切よ、学べてよかったわね綾」

「西園寺先輩に言われると、どうしてだかこう、腹の底から何かが湧き上がってきそうになるんですが……!」

「あら何故かしらね? わたくしが全てを持ち合わせているからではなくって? 庶民にわたくしと同じ感性を求めるのは酷というものね、ごめんあそばせ」

 西園寺はころころと転がるような声で笑って、岡崎を手のひらで転がすかのようにして言葉を返した。そんな西園寺に岡崎は返す言葉もなく、ぐぬぬと唸ることしか出来ず。舌戦では岡崎も西園寺には勝てないらしい。悔しそうな顔をする岡崎をよそに、西園寺は梶野の方へ視線を向けた。

「それで、お兄様……詩嶌さんでしたかしら。彼のことですけれど、ああいった態度を取られる覚えはないのね?」

「はい、ありません。村に行くって言うまでは、普段通りだったんです。大学のレポートの相談とかしても、アドバイスくれたりとかしてたので……」

「なら彼はこの村に貴女が来たことを好ましく思ってないのね、さっきの言葉通りに。最初はわたくし達都会育ちの人間が来たことに対する当て付けかと思いましたけど、その前提があるなら可能性は絞られるわ」

「問題はですよ、どうして村に来ることが好ましくないかです。やっぱり奇祭に関係があるんじゃないですか? 一番はそうだと思うんですよね」

「ええ、それには同意見だわ。貴女を奇祭から、もっと言うならこの村から遠ざけたいのではなくって?」

「そうならそうと、言ってくれれば……」

「でも梶野さんのことですから、咲穂さんに帰ってきてほしいって言われたら帰ってきていたでしょう?」

「そこを突かれると何とも言えないのですが……」

 梶野はおろおろとして黙り込んでしまった。梶野とは短い付き合いだが、岡崎は彼女の性格が何となく分かってきていた。押しに弱く、主体性がない。コミュニケーション能力は難ありというほどでは無いが、少々問題ありといったところだろうか。

 典型的な引っ込み思案の彼女は、きっと身内の押しには特別弱いだろうことは想像に難くない。兄から止められていても、お祝いの席だからと言われれば恐らく岡崎達と同伴でなくともこの村へは戻ってきていただろう。

 まあそれが問題なのだが、と岡崎は呆れそうになりながらも明日以降で奇祭について調べていく算段を立てつつ、梶野へ言葉をかける。

「とりあえず、私達に出来るのは奇祭をオカルト的及び民俗学的に見ることだけですから。何か気付いたこと、変わったことがあれば私か先輩のどちらかには必ず伝えてくださいね」

「は、はい、分かりました」

「違和感というのは大切なピースになり得るものですからね、言うのを躊躇ったら承知しないわよ」

「は、はい」

 半ば脅しのような西園寺の言葉に、梶野はぶんぶんと頷いた。この様子であれば何かあれば岡崎か西園寺、どちらかには情報伝達するだろう。

 それならば一先ずは安心だ。岡崎はうん、と大きく頷いて濡れた髪のまま布団へと倒れ込んだ。

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