第7話

 神凪家に到着して少しの間は咲穂と話をして過ごしていたが、咲穂が祭りの準備があるからと席を外すと岡崎は梶野ににじり寄った。

「梶野さん!」

「は、はいっ!?」

「どこか体の具合が悪いんですか!?」

「……へ?」

「先程お母様とお話していたのが聞こえたのよ。お腹の調子がどうだとか、そんな話をされていたでしょう。わたくし達、体が弱いなんて聞いていないものだったから気になったのよ」

「あ、ああ、その件ですか……。いきなりだったので驚きました」

「すいません! でも気になって! で、どうなんですか!?」

 岡崎の問いに、梶野は少したじろいだものの恐る恐るといった様子で次のように答えた。

 昔、祖母が起きていた頃に水込村へ来た際、突然激しい腹痛が起きて病院へ運び込まれたことがあって。そのことで母に心配をかけたのでその事を心配してるんだと思います。

 梶野の答えに、岡崎はにじり寄るのをやめて体を元に戻す。そして腹痛ですか、と考え込むような様子でそのまま黙り込んでしまった。

 岡崎が黙り込んでしまったことに違和感を感じつつも、西園寺は続けて問う。

「そんなにお母様が心配されるということは、余程のことだったんじゃなくて? 庶民、どうなの」

「その時はええと、確か緊急手術をしました。腫瘍の摘出をするのにこのあたりを切りまして……」

 梶野はそう言って、服の上から側腹部を指でなぞる。迷うことなく指でなぞれるということは、まだそこに手術痕が残っているのだろう。西園寺はそんな想像をして、どう返していいやら分からなくなった。

 いつもは喋りっぱなしの岡崎が喋らないことで、しんと大広間に静寂が降りる。重苦しいほどの沈黙にしばし支配されたそこだったが、岡崎が梶野へ新たに問いを投げかけたことで静寂は破られた。

「気になっていたんですが、咲穂さんは普段からざくろ茶をお飲みになる方ですか?」

「え? いえ、最近はどうか分かりませんが、昔は麦茶やハトムギ茶だったような……」

「綾、唐突になんですの? 体調のことを聞こうって言ったのは貴女ですのに違うことを聞いて!」

「体調が気になっていたのも事実なんですけど、それは過去の手術のことを指しているってことで納得はいきました。ただですね、大変美味しく頂いたんですが、桜餅にざくろ茶って普通は合わせないよなあとふと思いまして」

「確かに珍しい組み合わせではあるけれど、特段気にすることかしら? ちょうど緑茶を切らしていたとか、理由は色々あるでしょう」

「あ、いえ、緑茶はありました。ざくろ茶は真新しい感じで、開けたてって感じでしたよ」

「開けたて……。妙ですねえ」

 岡崎は更に考え込む。何が妙だと言うのか、西園寺は一瞬理解が及ばなかったが自身の脳の中をひっくり返してみて岡崎が気になっていることに目星がついた。

 ざくろの持つシンボル学的な意味合いが岡崎は気になっているのではないだろうか。ざくろはキリスト教においては豊穣のシンボルとされるが、ギリシア神話では生と死の象徴として扱われる。

 豊穣と、生と死。二つの顔を持つざくろの茶が振る舞われたことに対して、岡崎はどうやらよく思ってはいないらしい。

 そこまで気にしていてはきりがないのでなかろうか。西園寺は声に出しかけて止めた。岡崎は超絶幸運体質なのだ、彼女が気になるということは何かしら重要な意味合いを持つのかもしれない。

 西園寺の思考に構わず、岡崎は梶野へ更に質問を投げかける。

「この村で何かざくろに関する風習、慣習などはありますか?」

「いえ、私はここで育ったわけではないので、その辺のことは全く分からなくて……」

「今までここに来た時に、こうしてざくろ茶が振る舞われたことはありますか?」

「記憶が正しければないかと……」

「最後にここを訪れたのはいつでしょう?」

「手術をした時なので、かれこれ五年は前になるかと思いますが……それが何か?」

「いえ、一応今までのことも聞いておこうと思いまして。……少し電話をかけますね」

 岡崎はそう断りを入れて、スマートフォンのメッセージアプリを開いた。無料通話の出来るアプリの友達欄から島部の名前を見つけ出し、迷わず通話ボタンを押す。

 山に囲まれた中であるため電波が悪いのか、少し繋がるのに時間がかかった上音質が非常に悪いもののスピーカーの奥から島部の気だるそうな声が返ってきた。

『岡崎、どうした。今もう村か? 音質がやけに悪いな』

「はい、今は水込村にいます。ニコシマ先輩、急で悪いんですが少々調べ物をお願いできますか?」

『そう来ると思ったよ、古書店でスタンばってた。で? 今回は何を調べろって?』

「出来ればでいいんですが、水込村一帯の風習や慣習について分かるものがあれば。場所は後ほどメッセージで画像を送ります」

『へえ、慣習ね。りょーかい、お前が早々に言ってくるってことは割と当たりを引いたな?』

「私にとっては当たりですが、梶野さんと西園寺先輩にとって当たりかどうかは別のお話ですので。わかる範囲で構いません、出来る限り早くお願いできますか?」

『はいよ、今から調べてりゃ明日の夕方には連絡できるだろうよ』

「ありがとうございます、ではお任せします」

『おう、まあなんだ、あんま無理してドジ踏むなよ?』

「分かってます! 今回は私一人ではないので無茶も何もしませんから! ではよろしくお願いしますね」

 岡崎は通話を切ったあと、地図アプリを立ち上げこの近辺が画面におさまるようにしてからスクリーンショットを撮り、それを島部へと送った。無事既読が付いたことを確認してから、岡崎は落ち着いた声で話す。

 ーーいいですか、今回の奇祭、現時点で断言出来るほど証拠は揃っていませんが限りなくオカルト的なものが関わる件だと思います。

 岡崎の言葉に梶野は目を見開き、西園寺ははあと溜め息をついた。驚愕している梶野とは対照的に、西園寺の顔には諦観が浮かんでいる。岡崎に振り回されること数度。最早オカルト的な事が絡んでいること自体には慣れているようだ。

 岡崎はグラスに入ったざくろ茶を数瞬考えた後に飲み干してから、今度は清々しいほどの笑みを浮かべて言う。

「私に宣戦布告をして下さったので、私も本気を出して奇祭とやらに挑むとします!」

 ですので、梶野さん、西園寺先輩、ご協力お願いしますね!

 最早それは拒否の仕様のない笑顔だった。西園寺は着いてくるんじゃなかったと後悔しながら、またもう一度溜め息をついてそれに応えた。

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