EX:後編





 彼女が行方不明になったことを知って、町中を駆けずり回っていた時、八ヵ月ぶりに彼女からの電話がきた。


 闇神臨十という男の存在と、今まで彼女がタイムリープで地獄の迷宮を彷徨っていたこと、そして『まだ助けに来ないでほしい』という連絡だ。彼がいない時間を狙って、わざわざ公衆電話を使って伝えてくれたらしい。

 それを聞いて俺は不安に駆られたが、しかし同時に少なからず嬉しくもあった。


 別の世界線の話とはいえ、俺は彼女を助けるために行動することができた。

 不可視の呪縛から解き放たれ、唯一無二の大切な人を守ることができた。


 なによりその時の記憶が少しだけ戻ってきたこともあり、彼女を支えたという記録は実感となって今の俺に宿っている。


「……零矢。どうかした?」


 河瀬雪の豪邸が立地されているこの敷地内にある広い庭園で、今もこうして俺の前を歩いている彼女を、ほんの少しでも支えることができたのだ。その事実がとても嬉しい。

 あと、こうして二人で散歩に出かける一時間前、河瀬の部屋で『ありがとう』と感謝を告げられたことも、たまらなく嬉しかった。


「いや、ちょっとボーっとしてただけだよ」

「むぅ……なんか怪しいな」


 大した理由はなくただ立ち止まって彼女の──夜奈美の後ろ姿を見ていたかっただけなのだが、彼女からすれば不審な行動だったらしい。

 いや、夜奈美じゃなくても不審に思う行動だな? 

 止まって後ろ姿を見たかったって、字面にすると変態っぽいし……。


「なに考えてたの」

「別になにも……」


 夜奈美が歩み寄ってきた。とても顔が近い。俺より身長低いからちょっと背伸びをしている。えぇいかわいい近い非常に困る。


「正直に話せば楽になるぞー」

「マジで何もないって」


 ちょ、マジで近い。

 近い近い近い。

 顔がかわいいし何か良い匂いするしヤバイから離れてほしい。


「……なに、緊張してんの。私の正体……知ってるでしょ」

「えっ」


 呆れた顔でそう言われた。

 まさかその事を掘り返されるとは思わなかった。


 しかしタイムリープの代償を未だに気にしている彼女からすれば、俺が夜奈美を『純粋な女の子ヒロインとして見ないこと』が大切らしく、いつもそれが気がかりになっていることは知っている。

 もしその認識がズレてしまったら──と、そう考えるだけで夜奈美は不安になってしまうのだ。


「そりゃ転生のこともループの話も聞いたけど、夜奈美は夜奈美だろ? 違うのか」

「ち、違わないけど……違うっていうか……ほら、私は今まで零矢が女の子だって信じてた存在じゃなくて、前世の男の子の記憶を持っているわけだから、なんていうか、ただの女の子じゃないっていうか……!」

「はは。改めて聞くとなんかヤバいな。ただの女の子じゃないって」

「そういうんじゃないってば! あぁもう……言語化しづらい……!」


 要するに本当は男なんだ──と彼女が言い張っているだけなのだが、事実はそうではない。

 本当も何も夜奈美は女の子だ。

 彼女が女の子として生きてきて、それを当たり前の認識として持っているなら前世がなんだろうが今は少女である。


 結局、前世なぞ所詮は前世でしかないのだ。

 俺も彼女もその記憶の一端を持っているだけであり、この世界では間違いなく『凛条零矢』として、『加愛夜奈美』として生まれ、生きてきた。

 それは時空間移動の代償だろうが何だろうが否定できないたった一つの事実であり真実だ。


「夜奈美はどっちがいいんだ?」

「えっ? ……そ、それは」


 だがこういったことは本人の気持ち次第でいくらでも逆転し、それが真実となる。

 体の性別が何であろうと、本人が男だと思えば男だし、女だと思えば女だ。

 夜奈美はどうありたいのかが気になる。


「どうなんだ」

「……えぇっと…………うぅ」


 可愛らしく両手で頭を抱えて唸る夜奈美。かわいい。ていうかさっきから俺、キモすぎないか? ちょっと俺が恋煩いしすぎてる可能性が高いな。

 そのまま彼女を待っていると、意外にも早い段階で答えが出たのか、夜奈美は顔を上げた。


「女の子として生まれて……女の子として生きてきたから、そのぅ……」

「うん」

「…………こ、これからも女が、いい……?」

「じゃあ夜奈美は女の子だな」

「で、でも!」

「いいんだよそれで」


 一拍置いて、続ける。


「夜奈美は俺に過去を話して、純粋な加愛夜奈美としてのキャラを失った。それはもう代償として世界に観測されているはずだ。今は超えられなかったあの12月8日じゃなくてクリスマスイヴだろ? それが何よりの証拠じゃないか」


 加えて時を遡る能力も代償として失ったのならば、この世界にタイムリープしてきた彼女にもうこれ以上の代償を求められる謂れはない。

 もう、理不尽に奪われることに怯える必要はないのだ。


「納得したか?」

「…………うん」


 こくりと頷きながら、再び俺の隣に立って歩きだす夜奈美。

 彼女と歩幅を合わせつつ暖かな陽気の下で、穏やかな気持ちのまま散歩を再開する。


「ねぇ、零矢」


 歩き出して数分後。唐突に夜奈美が口を開いた。


「どした?」

「えっと……質問してもいい?」

「なんなりと」


 藪から棒になんだろうか。

 答えられる範囲ならいいのだが。


「私たちって……まだ、親友?」


 隣を歩きながら、小さい声音でそう聞いてきた。

 何だそんなことか。

 まぁ、タイムリープが始まる前までのこの半年以上は会話すらしていなかったのだし、不安になるのも無理はないか。

 スパッと答えて安心させてやることにしよう。


「そりゃ、当然俺はお前の────っ?」


 不意に、夜奈美が俺のシャツの袖を掴んできた。

 そして立ち止まり、上目遣いで俺を見る。


「よ、夜奈美?」

「ねぇ……私と零矢は……親友?」

「いやだから、それは──」


 ふと、言いかけて止まった。

 一旦冷静に考えなければ。

 何故だか知らんけどかわいい上目遣いで見てくる夜奈美に対して、何も考えず即答するべきではない。


 私と零矢は親友?

 うん、夜奈美は小学校からの付き合いで、俺の大切な人だ。

 ……うん?

 えぇと、辞書によると──親友(しんゆう)とは、心から理解しあえる、とても仲の良い──とのこと。

 これは確実に俺と夜奈美に合致する言葉だろう。


 いや、待て、落ち着け。

 確かに俺と夜奈美は高校に上がる前まで、互いに親友と言う認識で一緒にいた。

 それは紛れもない事実だ。


 しかし。しかし、だ。

 いったいいつから気持ちが変わったのは覚えていないが、俺は夜奈美のことが好きになっていた。

 その好きはもちろん友人としてのものではなくて、恋慕的なアレのそれで。

 英語にするとライクじゃないほうだということは自明の理。


 そして困ったことに、彼女の前世を知ってもなお、この気持ちは変わっていない。

 えぇ、困った。

 とても困った。

 好意を抱いた女の子に対して親友と呼ぶのは間違いだと分かるが、その相手が前世では同性の親友だったとか流石に前例がなさすぎる。


 俺は夜奈美が好きだ。

 それはもう変わらず好きだ。

 でもあっちは前世のように親友のままでいたい、という可能性も大いに存在する。

 むしろそっちの方が確率高いまである。

 どうすればいいというのだ。

 俺はこの子に『もちろん親友だぜ』とカッコつけて言うべきなのか『いや親友じゃない……俺はお前が好きなんだ』という恥ずかしくなるようなクサい言葉をかけるべきなのか……ちくしょうわっかんねぇ!?


 うぅ──わからない。

 わからなすぎる……ッ!


「……ぐ、ぐぬぬ」

「零矢?」

「えぇっと、その、だな……! 俺はまず、あの、何といいますか……!」


 そこまで、言いかけて。


「………プッ」


 あーだこーだ意味のない言葉を羅列していると、不意に夜奈美が吹き出した。え、なに……?


「ふふふ……アハハッ! 零矢ってば焦りすぎ! くっふふ……! あひゃひゃ!」


 笑い方が悪魔っぽいんだよな。


「な、なんだよ馬鹿にして……俺は真剣にだな!」

「はい、チーズ」


 パシャリ。


「──いや何してんの!?」

「零矢とのツーショット~♪ これ怪奇研究部のみんなに送信して誤解させよっと」

「まっ、消せって!」

「消したかったら私を捕まえて無理やり奪ってね! はいよーいスタート」

「ふざけん──お、おい待てっ!」


 美麗な花々に彩られた広い庭園で、自ら面倒くさい現場を作ろうとする小悪魔との鬼ごっこを開始する。

 よく考えれば俺は夜奈美と結ばれたいわけだからむしろ皆に誤解された方が都合がよいのだが、あいつに負けたままなのは癪なので全力で追いかけることにした。



 まだ俺の想いは告げていないし、彼女の想いも聞いていない。

 親友なのかそうでないのかも定かではない関係で。


 きっと元々あった『物語』という線路からも大きく脱線していて、これから先のストーリーもまったく予想できなくて。

 それでも。


「あははっ! ほら零矢ってば遅いぞぉー!」

「ちょっ、庭園で走るなって! 俺も怒られるからッ!」


 こうして君が笑顔になれる世界へたどり着けたのなら。


 

 これ以上の幸せな未来はないと──心の底からそう思えるのだ。



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親友がハーレム主人公らしいですけど バリ茶 @kamenraida

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