第8話 エピローグ

シンは今、一人の少女と手をつないで歩いていた。素体は今日初めて手にした相手で、薄茶色のソバージュがかかった髪を背中の半ばまで伸ばした目が大きな美少女風の容姿の素体だった。服装も薄い花柄のピンクのワンピース。シンの中の六人の自我パーソナルの中の何人かは確実に眉を顰めそうないでたちだ。だが、いま召喚されているカノンは満足そうだった。


あの後、皆と合流したシンはすべてを打ち明けた。不用意に戦闘をしたら幻覚ハルシネーションの嵐が襲い、自我パーソナルたちを、そして、シンたち男子を破滅に陥れるだろうと。だが、驚いたことに、シンたちがどうやって危機を乗り越えたかを知ったメンバーたちは全員がほぼ同じ選択をした。自我パーソナルたちの想いをすべて無駄にしないと。誰一人不幸にはしないと。そしてそう誓ったすべてのメンバーが自我パーソナルの全員同時召喚に成功した。

自我パーソナルたちが機能不全に陥っているという前提で遅いかかってきたインシデントの大群は見事なまでの返り討ちにあった。おそらく全体の99%が消滅させられただろう。災い転じて福となす。人類はインシデントとの戦いに大きな勝利を収めたのだ。


『シン』

デザイアの声が皆の脳に語り掛けた。

『そして、その同志たちよ。我々は君たちのシステムに弱点を見つけたと思った。だから、このワタシ、デザイアを作り出し、君たちの大脳に送り込み、自我パーソナルたちが自覚してさえいなかった好意を自覚させ、システムを破壊に追い込んだはずだった。だが、キミたちはみごとにそれを跳ね返した。見事というしかない。ここは素直に我々の敗北だと認めよう。さらば、人類。だが、我々はまた戻ってくるいつの日か、きっとまた』

誰かがさけぶのが聞こえた

「一昨日来やがれ!」

そして大きな歓声が上がった。シンたちはついに人類をインシデントの脅威から救ったのだ。たとえ、それが一時的な勝利にすぎないとしても。


「ねえ、シン」

カノンが甘えたような声で言った。

「それでどうやってみんなを不幸にしないで済ませるつもり?」

小首をかしげて聞いてくるカノンにシンは苦笑いするしかない。

「あ、ハハハ、そうだな」

あの時は夢中だったから何も考えていなかった。勿論、いい加減な気持ちではない。全員の想いを裏切らない、という決意に揺らぎはない。でも、どうやって、かは考えていなかった。正直。

「それで、さ、カノン」

「何、シン?」

「キミはその、僕を好きな方の自我パーソナルなのかな?」

カノンはつないでいた手をぎゅっと握り返してきた。顔がみるみる真っ赤になる。それから頷いた。

「そ、そうか」

まあ、そうかな、とは思っていた。あと明確に否定しなかったフレイアもそうかもしれない。

「で、さ、カノン。あと何人、僕のことが好きな自我パーソナルがいるんだ?僕の中に」

カノンはつないでいない方の手を、顔を真っ赤にしてうつむいたままゆるゆると上げた。その手は五本の指を思いっきり開いたパーの形だった。

「え?」

一瞬、シンは意味が解らなかったが、次の瞬間、血の気が引いていくのがわかった。

「まさか、六人とも全員?」

カノンがまたうつむいたままうなずいた。

「えー、六人とも!」

シンは叫んだ。恐ろしいことにシンは六つ股をかけると宣言したことになったことに遅まきながら気づいたのだ。しかも、こっそりじゃなく堂々と。

カノンがぎゅっと手を握りながらやっと顔をあげて念を押すようにいうのが見えた。

「約束だからね、シン。誰も不幸にしないって」



                    完 

 

本編はフィクションであり実在の人物や物事と直接の関係はあろません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七番目の彼女がアレな件について 田口善弘 @tag_tag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ