第20話 新たな仲間




「今回もお疲れだったね、マリアージュ。君のおかげでデニスの名誉は回復し、ドレッセル伯爵家も没落の憂き目に遭わず済んだ。大変なお手柄だよ」


 穏やかな快晴の昼下がり。

 ルークは楽しげに声を弾ませて、シュワシュワと気泡が上る炭酸水にアプリコットジャムを一匙落とした。

 向かいに座るマリアージュは、今にも怒鳴りだしたい気持ちを必死に抑えながら、アッサムティーを飲んでいる。


「それはようございました。デニスの濡れ衣が晴れて私も嬉しゅうございます。……で? なぜ私は殿下の宮殿で、こうして暢気にお茶など飲んでいるのでしょう?」

「やだなぁ。茶会を開いて親睦を図るのは、婚約者同士としての当然の義務だろう?」

「は? 今日のお招きは殿下の”お願い”ではなかったんですの!?」


 マリアージュはきつくルークを睨み、無言の圧力をかける。が、ルークはいつも通り余裕綽々だ。


「そうそう、マリアージュは僕の願い事を何でも一つ聞いてくれるって言ってたよねぇ。何してもらおうかなぁ。これからじっくりと考えるとするよ♪」

「――」


 それこそニッコニッコと擬音が付くかのように。

 無邪気に微笑むルークを見て、マリアージュは怒るどころか脱力した。

 結局いつもこうなのだ。こっちが本気で噛みつけば噛みつくほど、ルークのしたたかさに翻弄されてしまう。本気で相手をするだけ無駄なのだ。

 半ば諦めの気持ちで、彼の護衛についているオスカーに視線を移した。


「あなたも苦労なさいますわね……」

「すでに色々覚悟しておりますれば」


 オスカーはマリアージュの労りに感謝し、軽く会釈した。

 ここに来て、なぜか二人の間に奇妙な連帯感が生まれているのは気のせいか。


「なんだよ、二人して~。でもお世辞じゃなく、ドレッセル伯爵は君に感謝していたよ。おかげで立派な葬儀も上げられたし、伯爵家の墓地にも埋葬できた」

「それについては本当に良かったですわ」


 マリアージュは先日行われた、デニスの大々的な葬儀を思い出す。

 汚名が雪がれたため、彼の葬儀には多くの者が駆けつけた。学園関係者、ファムファロスの友人達。もちろんユージィンやコーリーも彼の遺体に花を手向けていた。


「葬儀と言えばあれ! 治癒士のあの復元力! あれは何なんですの? あのテレシアとか言う治癒士、本物の化け物ですわね!?」

「同じ言葉をテレシアも君に対して言ってたよ。死体の声を聞けるなんて、君は本物の化け物だと」

「きーーーっ!」


 マリアージュは力任せに目の前のテーブルをバンバンと両手で叩いた。

 デニスの葬式に参列した際、棺に納められた彼の姿を見て、本気で度肝を抜かれたのだ。

 メメーリヤ分院での解剖が終わった後、デニスの遺体は王立治癒院へと送られた。そしてデニスの遺体はまるで重症の火傷などなかったように、生きている時の姿そのままに復元されていた。


「テレシアに言わせれば、あれは到底完璧な復元とは言えないらしいよ? 何せ治癒院に遺体が到着するまでかなり時間がかかってしまったからね。目に見える部分だけ――つまり顔だけは元通りに出来たけど、服や手袋に隠れた部分はさすがに治せなかったって」

「それでも末恐ろしいですわ。あんな超絶スキルを使われたら、完全犯罪が達成されてしまいますもの!」


 マリアージュは本気で頭が痛くなってきた。

 あの回復魔法で死体を完全復元されたら、法医術士はお手上げだ。実際目にするまで、あそこまですごい技術だとは思っていなかった。


「まぁまぁ、最上級の回復魔法を使える者は、我が国広しと言えど五指で足りるほどだし、今は気にしなくていいんじゃないかな」

「それは…そうですけど……」

「それよりせっかくのお茶会なんだから、怒った顔よりも笑顔が見たいな。これで機嫌を直してくれるかい?」

「………え?」


 ルークのウィンクを合図に、オスカーが一つの箱を持ってきてマリアージュの前に差し出した。中にはマリアージュ好みの、赤のドレスが入っている。


「君の好みの色を知らないなんて、確かに婚約者として失格だよね? でも言われてみれば僕は君のことよく知らない。だからこれからは君が思ったこと、君が好きなこと、嫌いなこと……何でも教えてほしい」

「あ……」


 こんな手に絆されてはいけないと頭ではわかっているのに、マリアージュの頬に熱が上る。

 こう言うところが、本当にずるい……と思う。

 自分好みのプレゼントをされて、喜ばない女性などいない。

 それにルークは浮気性という大欠点を除けば、それなりにいい所もあるのだ。


 今回だってデニスの魔法が暴走した時、彼は身を挺してマリアージュを守ってくれた。

 学園内でデニスの処罰が話し合われてる時も、なんだかんだと自分の到着を待っていてくれた。

 解剖を手伝ってくれた時の憎まれ口だって、本当はマリアージュに気を遣わせないための方便だとわかっている……。


(――ハッ! 何を考えてるの、ダメダメ! ルークに惚れこんだが最後、傷つくのは私自身なのよ!?)


 そこまで考えて、マリアージュは慌ててかぶりを振った。

 マリアージュの最終目的は、とにかくゲームで迎えた破滅エンドを回避することだ。

 そのためにはやはり、ルークとの馴れ合いは不要!

 今後のためにも、もう一度しっかり頭に叩き込まなければ……!


「何を考えているのか知らないけど、さっきから怒ったり焦ったり、かと思えば情けない顔になったり。コロコロ表情が変わって、見てて飽きないね♪」

「淑女の顔をじろじろ見るもんじゃありません!」


 マリアージュは腕を組んで、ツンッとルークから顔を逸らした。

 けれどルークは相変わらずニコニコ笑っていて、興奮すればするほどこちらの調子が狂ってしまう。

 えらい男の婚約者になってしまったもんだ……と、再び己の運命を呪うマリアージュ。

 そんな二人の様子を、オスカーが苦笑しつつ見守っていた。

 




             ×   ×   ×




 西の空が淡いピンク色に染まる夕暮れ。

 とりあえずもらえるものはもらっておこうと、マリアージュはルークからのプレゼントを頂いてからメメーリヤ分院に戻った。

 疲れた顔で執務室のドアノブを回せば、中から明るい声が返ってくる。


「お、戻ったようじゃな」

「ご、ごきげんよう、マリアージュ様! お邪魔していますっ」

「あなたは……コーリー?」


 王宮から帰ったばかりのマリアージュを出迎えたのは、知己の三人――エフィムとコーリー、そして相変わらず表情に乏しいユージィンだった。

 意外な人物の登場に、マリアージュは目を瞠る。


「どうしたの、あなた達。今日はファムファロスの制服じゃないのね」

「は、はい! 昨日無事に学園を卒業しました!」


 今日の二人は魔道士独特の黒いローブではなく、地味めの格好をしている。

 コーリーは若草色のワンピース。

 ユージィンは紺のブレザー姿である。


「あら、そうなのおめでとう。じゃ何かお祝いを……」

「聞いて喜べ、マリアージュ。なんと待望の魔道士職員二人を確保じゃ!」

「えっ!?」


 マリアージュの言葉を遮って、エフィムが満面の笑みで万歳した。

 驚いて再び視線を向ければ、コーリーがうんうんと頷いている。


「あの、私、デニスの事件を解決するマリアージュ様を見てて、すごいなって心から感動しました! でろでろに腐ったチーズの臭いは苦手ですけど、それでもあなたのお手伝いができればって……」


 コーリーはもじもじしながら「それに黒ネクタイの私が就職出来る所って限られてるし……」と、小さな声で本音も漏らした。


「そ、そうなの。ありがとう。でもコーリーはともかく、ユージィンは第一魔道士団への入団が決まってるって言ってなかった?」

「……まぁ、そうだけど」


 ユージィンはそっぽを向いて、ぼそぼそと呟く。


「俺にしてみれば相応の給料がもらえれば、別にどこでもいい。それに第一魔道士団なんてプライドの塊のような奴らの集まりだし、俺はできるだけ気楽に仕事したいんだよ。それにコーリーのヘマも俺ならフォローできるから」

「ちょっと! 私がヘマする前提で話をしないでよー!!」

「いたっ! 痛いって! だからお前、本気で叩くなよっ!」


 幼馴染コンビがポカポカと仲良くじゃれ合う様を、マリアージュは呆気にとられて見ていた。

 まさかデニスの事件がきっかけになって、待望の魔道士を手に入れられるとは何たる皮肉。

 しかもそのうちの一人は、ゲームの攻略対象のユージィンである。


(困ったわねぇ。でもユージィンの実力は確かだし、魔法解析係がコーリーだけじゃ心許ないのも確か……。破滅エンドを避けたいなら、殿下だけ無視してれば大丈夫……かな?)


 悩みに悩んだ末、マリアージュは背に腹は代えられぬと、二人の就職希望を受け入れることにした。

 パンと両手を鳴らし、新人職員を歓迎する。


「わかりましたわ! コーリー、ユージィン。ようこそメメーリヤ分院へ! 色々きつい仕事もあるだろうけど、泣き言は許しませんからそのつもりでいて下さいな!」

「ひぇぇぇ~、頑張りますぅ!」

「………………、――よろしく」



 こうしてエフィムを筆頭に、魔道士――改め魔道解析士としてコーリーとユージィンの二人が新しい仲間として加わることになった。

 

 

 『チーム・メメーリヤ』――



 この4人チームが国家を揺るがす大事件を解決するのは――もうしばらく先のことである。





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