Part Ⅲ

NEW!Part.Ⅲ 1000PV MALECON so bad to bad!

 ――ストーンヒル 事務所 応接間――


 一月の今日。外には冷たい風が吹き、ガラス越しにも寒いことが容易に見て取れる。デブリストリートは天井に大きなプレートがある為、除雪ドローン無しでも殆ど雪が積もらないのは良いけれど、冬の寒さまでは防ぐことはできないらしい。


 そんな寒い日の休日。私、雨衣咲雫はどこへ出掛けるでもなく、暖房の効いた応接間のソファーに腰掛け、隣に座るシャロ、向かいに座るエラさんと一緒になって、映画を見ながらぬくぬくと自堕落に過ごしていた。


 今見ているのは、小さな男の子が一人広い家に取り残され、親兄弟は全員旅行に出掛けてしまったというコメディ映画である。


 話の序盤、家に取り残された男の子は、現状を嘆くではなく、思い付く限り自由な時間を満喫し始めたのだが、そんな男の子のとある行動が、私の目を画面に釘付けにさせた。


 この子、あんなに大きなバケツのような容器に入ったアイスクリームを食べている⁉


 そのワンシーンで、今まで浅く緩いまどろみの中にいたかのようなフワフワとした感覚は一瞬で失せ、私の頭の中は、アイスクリーム一色に染まってしまった。


 私は今、むしょーーーうに、アイスクリームが食べたいッ! けれど外は極寒。こんな状況でアイスクリームなど買いに行っても、事務所に戻って来た頃にはそんな欲など消えてしまうに決まっている。だけど……――。


 頭の中で自らに無限とも思える回数自問自答する。幾度も問いかけるtobe or not to be。行けば失せる欲。しかし行かねば治らぬ欲。そんな矛盾の先に答えを見出すことなどできず、遂に頭を抱えてしまった、そのとき――。


 ゴクリ。


「――……えっ?」


 どこからか、喉の鳴る音が聞こえた。隣のシャロか、或いは向かいのエラさんか。それがどちらのものだったのか分からないまま、私は二人の顔を見比べていると、突如二人がソファーから立ち上がる。するとシャロは二階へ、エラさんはキッチンの方へと歩いて行ってしまったが、私はただ二人を呆然見送ることしかできず、その場に座り続けることしかできなかった。


「……えっ、えぇ……?」


 困惑しながら待って少しした頃、最初に戻って来たのはエラさんだった。そしてその手にはなんと、大きなアイスクリームと容器が三つ、それにスプーンが三本あるではないか。


「エ、エラ、さん……まさか、それ……は……」

「うん。今のを見ていたら、どうしても食べたくなっちゃってね。前に買ったのを思い出したのさ」

「あああ、あの、あの……そ、それって、その……わ、私にも、分けていただけませんか……?」

Claro que síもちろん良いよ。何せLiberator. The Nobody’s.3が1000PV達成したからね。お祝いってことで、シャロが戻ったら三人で食べよう」

「や、やったぁ!」


 なんということだろう。まさかアイスクリームがあったなんて。これは正に棚からぼたもち、いや、冷蔵庫からアイスクリームというものだろうか。


 そんな特に面白味も無いことを考えながら舞い上がっていると――。

 

「戻りましたわ」


 と言いながら、何故かステルス状態でシャロが応接間へ戻って来た。


「えっ、あの、なんでステルスで?」

「そんなことは些細なことですわ。それよりほら」


 そう言うシャロの手には、一本の見慣れない酒瓶が握られている。


「マ、レコン……。シャロ、これって……」

「うぉっ⁉ 何か調達してくるだろうとは思っていたけど、また随分と良いのを持ってきたじゃないか! しかも二十五年物って……まさかシャロ、こいつを⁉」

「はい。Liberator. The Nobody’s.3が1000PV達成のお祝いですから」

「あぁ、うん……あぁ、まぁ……。そうだな! お祝いなら仕方ないよな!」

「いやあの、私にはちょっと話が見えないんですけど」

「なぁに、すぐに分かるさ」


 そう言って、エラさんがバニラアイスを並々と容器によそってくれると、私の頭に湧いた小さな疑問はすぐにどこかへ引っ込んでしまった。


「じゃあシャロ、やっておくれ」

「はい。では」


 ポンっ、と小君の良い音を立て、シャロが酒瓶のコルクを抜く。するとなんと、赤茶褐色のその液体を、あろうことかバニラアイスにトクトクと注いだのだ。


「えっ⁉ ちょっ⁉ シャ、ロ……?」


 何をするのさ。という言葉は、立ち上る圧倒的な香りにかき消され、唾と一緒に飲み込まされる。果物? 蜜? 黒飴? そんな重奏的かつ複層的な芳醇な香りは、一瞬で私から理性を剥ぎ取ってしまったのだ。


「ほら、雫の分ですわ」

「あ……いやあの……で、も……」

「良いのですか? 早く食べないと、溶けてしまいますよ」

「えっ……? 溶けて……? でも……だって……」

「大丈夫ですよ。ほら、今日はお祝いなんですから」

「おい、わい……? あ、あぁ……それなら、しょうがない、よね……?」

「そうです。ほら、アーン」

「あ、あ、あーん……」


 差し出される匙。その冷たい先端が口の中に滑り込んで来ると、爆発が起こった。咲き乱れる赤と黄色の花。香るりんごやぶどうの甘酸っぱさと、ジュワジュワな黒糖や甘々なバニラの香気。


 冷たい、甘い、熱い、美味。冷たい、甘い、熱い、美味。


 そんな幾つもの情報を伴って、甘味と、歓喜と、快楽と、それにこの、身に覚えのない筈の罪悪感とトロトロの美味しさで、もう頭がどうにかなってしまいそうだ――。


 気がつけば、私もシャロもエラさんも、陶酔し切った表情でソファーに身を投げ出していた。


 テーブルに目をやると、アイスクリームの容器は空になり、酒瓶の中身は半分以上無くなっていた。あぁ、僅か数分で私はこんなにもカロリーとアルコールを……。いや、こんなにも幸せな気分なんだ。今はそんなことは考えるまい。


 そう心に決め、この幸せに身を委ねようとした、そのとき。


『シャァァァァァロットォォォォォォッ‼』


 地の底に跋扈する地獄の悪魔のような声が、応接間の上から聞こえてくる。その声は怨嗟と憤怒に塗れてはいるものの、紛れもなくバレルさんの声だった。


 その後、二階から降りて来たバレルさんに見つかり、私たち三人は、特にシャロは尋常じゃないお叱りを受けることとなる。


 正直なんとなく分かってはいたのだけれど、やはりあのお酒はバレルさんの私物だったようで、しかもアイスクリームにかけるにはあまりにも高額な物であったらしく、バレルさんの怒りはちょっとやそっとのことでは治りはしなかった。


 そんな修羅のような顔をしたバレルさんを前に、私は言うまでも無く、エラさんの表情は恐怖に染り、あのシャロでさえ、ガタガタと震える始末だった。


 尚その後、極寒の中シャロがアイスクリームを買いに行き、それにラム酒をかけた物をバレルさんに振る舞い、今日使ってしまった分のお酒をタダ働きするということで、どうにかお許しをえたのだとか。

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