第2話

あの女神め。銃と経験値まで用意してくれてるくせになぜ服は用意してないんだ。やっぱりただの変態ストーカーやろうだということだろうか。嫌だな。今も見られてんのかな。とりあえずこの部屋を出よう。

廊下に出ると、ホテルの廊下みたいに等間隔にドアが並んでいる。ホテルと違って、全体が灰色だけど。兵士を「隠密」や「探知」を駆使して避けつつ、手当たり次第に部屋に入り、めぼしいものを探す。

どの部屋も同じような構造をしていた。代わり映えのしない部屋ばかりで、気が滅入りそうになる。なんだか一気にテンションが下がった。

一体ここはどこなんだろう。せっかく異世界転生したのによくわからない謎の建物スタートって、そんなことある?しかも敵に囲まれてるし。いや敵じゃない可能性もあるけどさ。はぁ、なんか鬱々としてきた。俺、これからどうなんだろ。ちゃんと異世界生活できんのかな。というかこの建物の外どうなってんだろ。それさえも知らないんだよな。

なんか一度立ち止まって考え始めたら、頭がおかしくなりそうになってる。

こんな時、隣に友達がいれば気もまぎれるんだけど。

仕方ない。とにかく今は探索に集中しよう。


しばらく探索を続けていると、ある部屋の中でノートを見つけた。


「実験ノート」


と書かれている。読んでみるか。パラパラとめくって文章の書かれている最後のページを開く。こういうのは最後から見るのが定石だよな。


5/31

131番

 方法  

 吸血鬼の細胞を移植。

 結果

  失敗。体中から血を吹き出し死亡。

132番

 方法

  Undefined 135の細胞を移植。

 結果

  失敗。体が魔石へと変化、全身が魔石と化し死亡。

133番

 方法

  Undefined 378の細胞を移植。

 結果

  失敗。錯乱し、頭を床に何度も打ち付け、死亡。

134番

 方法

  Undefined 666の細胞を移植。

 結果

  成功。念のため、あと数回検証をしたのち、Undefined 666をパルティア城地下A3-5へ移送予定(6/3)


なんだ...これ。明らかにやばい。ここではなにかの実験が行われていて、被験者が死んでもお構いなし。しかも城に移送って、国家プロジェクトってことか?きな臭くなってきたな。そしてこんな実験の行われてる場所ってことは、俺、見つかったら絶対やばいよな。もし捕まったら、実験材料にされちまう。いや実験はもう終わってるから、口封じに殺されるだけか。ならよかった...って全然良くないわ。というかなに一人で脳内ノリ突っ込みしてるんだろ。頭やばくなってきてるのかも。

ていうか寒い。服が欲しい。さっきからちょいちょい服は見つかるんだが、いかんせんサイズが小さすぎる。もしかして実験の被害者って子供だったりすんのか?胸糞悪いな。


しばらく探索を続けていると、いくつかのことが分かった。この研究所はセントラル帝国の皇帝、ウィルヘルム3世が不老不死になるためのプロジェクトのため、設立されたものであるということ。

このプロジェクトのために設立された研究所はほかにもありそれぞれ別のアプローチをとっていること。

その中でこの研究所は不老不死と推測されている生物の細胞を移植することで不老不死を作ろうというアプローチをとったということ。

そして、俺がさっき殺したモンスターがUndefined666だったらしいということ。

まじかよ。殺しちゃったよ。やべー、国家反逆罪じゃん。どうしよ。

というか不老不死だったなら、もっと経験値くれてもよくないですかね。死にかけだったからあんまもらえないとかかな。というか不老不死を殺せる銃ってチート過ぎだろ。そりゃ一回しか使えないわけだ。

そういえば、普通に文字は読めるんだな。英語も混ざってるし。どうなってんだ。俺のいた世界の言語がこの世界に伝わってるのか。神が俺に翻訳能力を与えてくれたのか。

しばらく廊下を進むと、明らかに他と違う部屋を見つけた。ここのドアだけ窓がついていないし、真っ黒だ。

何だこれ。この先ボス部屋見たいな見た目してんな。「探知」には引っ掛かってないけど。でもこれどんくらい信用できるかわかんないしな。めっちゃ強いやつは引っ掛からない可能性もある。まぁでも気になるし、警戒しながら開けよう。


なかなか開かない。力を込めるとバキッと何かが壊れた音がした。

今度は普通に開いた。さーて、何が出るかな。

俺がノブを回し、扉を開けた瞬間、異臭がした。


それはこの世でもっとも最悪な匂い。


それは死の匂い。


鼻を突きさす腐敗臭が、吐き気を誘発する。


そこには地獄があった。


体中の穴という穴から血を垂れ流した死体たちが、部屋中を埋め尽くしていた。


苦しんで苦しんで苦しんだ末に死んだ。そんな、絶望で塗り固められた表情で、死んでいた。


みんな子供だ。痩せすぎていて正確にはわからないが、年長の者でも中学生程度の歳だろう。そんな子供たちが、みんな...どうしようもなく...死んでいた。


「おぇ」


吐いた。床をべちゃべちゃと汚す。吐いても吐いても吐き気が止まらない。最悪だ最悪だ最悪だ。鼻を突きさす異臭が、どうしようもない吐き気が、この、非現実的な光景は、現実なんだと、突き付けてきていた。



部屋を出て、息を吐いた。最悪の気分だ。おそらくあの子供たちは134番以降の子たちなんだろう。134番の実験が成功したからもう用済みってことだろう。そんな道具みたいに。ふざけやがって。頭に血が上ってきた。胸がむかむかしてくる。居ても立っても居られなくなる。

”異常なほどに怒りが沸き起こってくる”


「新しいスキルを獲得しました」


殺してやる。これをしでかしたやつらを全員殴って蹴って切って撃って殺してやる。殺してやる。部屋に閉じ込め毒ガスを流し、少しずつ苦しませてから殺してやる。

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるころ...し...て

落ち着け。落ち着けよ。何考えてんだ。冷静になれ。理性的に思考しろ。感情にとらわれるな。心を外側から眺めるんだ。深呼吸をする。お腹から、のどを通って鼻から出ていく空気を、鼻から、のどを通って、お腹へと通っていく空気を感じる。

数分、無心で呼吸を繰り返す。心がようやく落ち着いてきた。

あの音声がまた鳴っていた。それとほとんど同時に殺意が頭の中を染め上げた。これは何らかのスキルによるものなのか?

それにしても、あんな光景を見た後なのに、こんな風に理性的に思考している自分が少し嫌になる。こんな風に異世界転生しなければこんな自分に気づくこともなかったんだよな。とりあえずくよくよするのはあとにしよう。それよりさっき使われたスキルだ。推測通りならスキルに何かが追加されているはず。ステータスを開くと、スキルに「精神操作」が追加されていた。精神操作って、まじかよ。にしては自力で逃れられたな。使用者の魔力的なのが低いのか、俺に耐性があるのか。まぁ考えても仕方ないか。

今見た光景と「探知」で得た情報、そして実験ノートを照らし合わせて考えてみる。実験ノートでは134番の実験は成功していた。であれば彼または彼女は不老不死、つまり現在も生きていると思われる。そしてさっき「探知」で確認した時、離れたところに一切動かない一人と、その近くで少し身動きをしていたもう一人がいた。おそらく、動かないのが134番で、もう一人は見張りだろう。

そして実験ノートには134番について数回検証すると書いてある。不老不死の検証ってつまり、そういうことだよな?

ふざけやがって。

別に他人なんだから俺には関係がない。でも、目の前に助けられるかもしれない人間がいるのに助けに行かないのはむかむかする。だから、これは134番のためにするわけじゃない。俺のこの嫌な感じをなくすために、俺が後悔しないためにするんだ。




「隠密」


見張りの近くまで来た。今のところばれてない。見張りは銃を抱え、正面の廊下を睨んでいる。普通に銃とかある世界なのか。怖いな。

134番のいる部屋までは長い廊下だけで、身を隠せる場所がない音を立てるとほかの者に気づかれそうだ。

問題なのは「隠密」がどの程度通用するか。

試してみるか。

俺は「隠密」を使ったまま廊下へ飛び出た。まだ気づかれていない。ばれたらどうする?戦えるスキルはない。相手が使ってくれるならこちらも使えるんだけど、もしこいつがスキルを持っていなかったら?その時は銃を奪うしかないか。できるのか?できないかもしれない。死ぬかもな。心臓がバクバクと音を立てている。見張りに聞こえそうなほどだ。アドレナリンが全身に満ちていくのを感じる。心がひりひりして、口角が上がってくる。少しずつ、少しずつ、俺は見張りに近づいていく。部屋まであと


7m


6m


5m

見張りと目が合った。


「だ、誰だお前は!ウォータースフィア!」

「新しいスキルが追加されました」

「ウォータースフィア」


見張りが俺目掛けて手をかざし水の球体を放つ、それと同時に、その動作を真似するように俺も、見張りに目掛けて手をかざし水の球体を放つ。なぜかこのスキルの使い方が分かる。スキルは「水」、能力は水を操ること。そしてその強さはポータルに依存する。俺が遅れて水を放ったにもかかわらず、俺の放った水の球体は、見張りの放ったほうを飲み込んで、猛スピードで顔面に衝突した。さらに顔を包みこむように水が吸着する。見張りは声が出せなくなり、息もできなくなった。だが苦悶の表情を浮かべながら銃口をこちらに向けようとする。


「アイスバインド」


今度は銃へ向けて手をかざし、魔法を放つ。手から氷の球体が放たれ、衝突すると同時に銃と腕が氷漬けとなる。水の固相は氷、なら、スキル「水」で氷も操作できるのは自然なことだ。俺は氷漬けとなった見張りを横目に走り抜け、そのまま部屋へと転がり込んだ。


できるだけ早く脱出しないと、見張りの人が溺死してしまう。急がないと。部屋は他の部屋と大差はなかったが、異なる点もあった。窓が一切ないということ。そして部屋の中央にベットがあり、そこに血塗れの少女が寝そべっているということ。

白く長い髪が血で汚れている。

何も身に着けていない体は、血で塗れているにもかかわらず、艶やかだ。

その子供のような体つきが、白い髪と赤い血と相まって、現実感を喪失させる。


なんて、きれいなんだろう。


おっと、茫然としている場合じゃない。早くしないと溺死体が一つ生まれてしまう。少女に着けられた手錠を外し、その体を、傷つけないよう優しく抱え(お姫様抱っこで)、部屋を出た。


「探知」


近くに人はいない(見張り以外は)。出口らしき場所は前もって探してあったので、そこまで全力で走る。体が軽い。こんなに速く走れるなんて夢みたいだ。あっという間に出口にたどり着く。ここまで約1分。おそらく、魔法の効果範囲外だろうから、ウォータースフィアも切れているだろう。急がねば。俺は裸足のままで、走り続ける。

にしても何の練習もしてないのに魔法、使えたな。すげぇなやっぱ魔法って。楽しい。楽しいな。無性にテンションが上がって、自然と笑いがこみあげてきた。あぁ、そうだ。これぞまさに俺が求めていた非日常だ。俺は今、異世界にいる。今更になってそのことを実感した。


「あはははは」


満天の星空の下、一人の裸の男が、一人の裸の少女を抱え、笑いながら、山を駆け下りていった。


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