§011 私の知る未来

『さて、話がお預けになってたけど、以前に私が言った『私を追放したら何千、何万もの人が死ぬ』という言葉の意味についてだったよね?』


 私とウィズは日が落ちる前に部屋へと戻っていた。

 これから話すことは他人に聞かれてはまずい内容が多分に含まれている。

 さすがに誰の耳があるかわからない公園では話すことはできなかったのだ。


 正直、ウィズにこの質問をされたときは、ウィズにどこまで話すかを決めかねていた。


 もうウィズと一緒に暮らすようになってから1週間ほどが経つ。

 寝るときは同じベッドだし、最近は一緒にお風呂にも入るようになった。

 こうして、衣食住を共にしていると、ウィズの聡明さは嫌でも伝わってくる。


 特に感じるのが、数学的センスがずば抜けていることだ。


 元の世界にもこの手の天才というのは存在していた。

 「実に合理的だ」とか言いながら急に黒板に数式を書き出しまくる大学教授とか、「唆るぜ、これは」とか言いながら原始時代で科学を駆使している高校生とか。


 ウィズもこれらの天才と通ずるところがあって、聞いたところによると、ウィズにはほとんどの物事が数字の羅列に見えているらしい。

 それが顕著なのが兵棋演習で、相手の兵力、地形、高低差、天候、進軍スピードなど数多の考慮要素を全て数字に置き換えて理解できるがゆえに、ウィズは最も合理的な選択肢を選び取ることができるのだ。


 これほどに聡明なウィズであれば、私が全てを話せば理解してくれるだろうという考えもあった。

 他方で、これほどにウィズだからこそ、ここがだという意味のわからない事象を信じられないのではないか、仮に信じられたとしてもショックが大きいのではないかと考えていた。


 しかし、私は先ほどのウィズの目指すべき軍師像を聞いて……決めたのだ。


 私の知っている全てを話そうと。


 私の知っているウィズの未来は、頂上決戦でウォールナッツ帝国に敗れるというものだ。

 ただ、それではウィズは目標に届くどころか、命を落とすことになる。


 そう。ウィズの目標を叶えるためには、私達は「私の知る未来」に進むだけではダメ。

 つまり、「私の知る未来」を変える必要があるのだ。


 これは私が全てを話さずして成し遂げられるものではない。

 嘘というのはどこかで綻ぶもの。相手が聡明なウィズなら尚更。

 そんなことで、私はウィズとの関係を壊したくはないし、私は全てを共有して、分かち合って、一緒に新たな人生を歩んでいきたい。


 だから、私はウィズの目標を叶えるためにも、ウィズに私の全てを話すよ。


『ウィズにはこれから私の全てを話すね。多分信じられないことばかりかもしれないけど、最後まで聞いてほしい。私は決してウィズに嘘はつかない。誓うよ。だから、ウィズも私を信じてほしい』


 そうして、私は、自分が転生者であること、KCOというゲームで世界最強の軍師になったこと、この世界がそのKCOの世界と酷似していること、サマルトリア戦はこのままの作戦でいくと負けること、そして、頂上決戦でウォールナッツ帝国とエディンビアラ王国が戦い、エディンビアラ王国が敗れることを伝えた。


 ウィズは信じられないと目を見開きつつも、最後まで私の話を聞いてくれた。

 そして、私が全てを話し終えた後、ウィズは今までの情報を整理するように、絡まった糸を解くように言葉を紡ぐ。


「では、今、私達がいるこの世界はクルミのやっていたゲームの世界ということですか?」


『まあそうだね。私がゲームの世界に入ってしまったのかもしれないし、別の次元に私やっていたゲームと酷似した世界が存在していて、私がそこに飛ばされただけなのかもしれない。私にもその辺は詳しいことはわからないんだ』


「……そうですか。それで、ウォールナッツ帝国にはクルミの分身とも呼べる軍師がいて、世界統一を虎視眈々と狙っている。その足がけが我がエディンビアラ王国であり、今回のサマルトリア戦争の裏にはウォールナッツ帝国が糸を引いているというわけですね」


『うん。その通りだよ。彼女の名は――ドミノ。世界最強の軍師だよ。まあ、この世界にドミノが存在していたらの話だけどね』


「クルミのやっていたゲームとこの世界でこれだけ共通点があるのです。そのドミノ様という方は存在しているという前提で考えた方が無難でしょう」


『うん。私もドミノがいる前提で考えているよ。だからね、私はもうこの段階から未来を変えようと思ってるよ。具体的には、負けるはずのサマルトリア戦を勝って、負けるはずの頂上決戦でウォールナッツ帝国を潰そうと思うの』


「そんなことが可能なのですか? クルミは私以外の人には見えませんし、私はもう今回の戦争からは遠ざけられてしまってますが……」


 正直、ウィズが国家軍師を罷免されたのは大きいが、幸い、ここには先の展開を知る私がいる。

 そして、いくら相手があのドミノだったとしても、さすがにがこの世界に存在していることは知らない。

 そこをうまく利用することこそが、このサマルトリア戦の肝となるだろう。


『ふふ。私を誰だと思ってるの? 世界最強の軍師クルミ様だよ? 言ったでしょ。勝つって。これはその第一歩だよ。それにせっかくの第一歩ならド派手に決めたいよね? 二人で特大の花火を打ち上げようよ!』


 こうして、私とウィズの、未来を変えるための戦いは始まった。


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