第7話

「何、やってるんですか」


 校門で私を見つけた高山田が冷たい口調で言った。


「何って、高山田を待ってたんだけど」


 私は見下ろす高山田の顔をなるべく見ないようにして言った。先に帰ると言った手前、わざわざ待ったいたなんて少し気恥ずかしい。待っている間、部活を終えて帰ろうとしている生徒の視線が痛かった。


「あまり遅くなると親御さんが心配しますよ」


「どうせ電車だもん。今行っても待たされるだけ」


「俺が来なかったらどうするつもりだったんです?」


「いくら待っても来なかったらいいタイミングで帰ってたよ」


「そうですか」と高山田がため息混じりに言った。


 そこで私はふと気付く。


 もしかして高山田は私と一緒にいたくないからあんな申し出をしてきたのではないか。なんとなく嫌われてはいない気はしてるけど、でも煩わしいと思われているのかもしれない。


 --どうしよう。


 煩わしいと思ってるのに待ってたりなんかしたら……このまま嫌われちゃったりなんかしないだろうか。せっかく今日ちょっとだけ仲良くなれたような気がしたのに、嫌われるのは悲しい。


 俯いた私を見て高山田が吹き出すように笑った。


「近藤さん、本当に思ったことが全部顔に出ますよね」


 え、嘘っ!と私は両手を頬にあてた。


「大丈夫、別に嫌いでもないしウザいとも思ってないですよ」


 聞いてホッとしたのだがそれも顔に出てしまったらしく、また高山田は笑った。それからぐるりと周囲を見回す。


 急に高山田が私に顔を近づけた。


 私はドキリとする。


 耳に高山田の息がかかる。高山田から柔軟剤のいい香りがする。


 高山田は私の耳許で囁いた。


「歩きながら話しましょうか。ちょっと目立ってる」


 言われて私も辺りを見回した。瞬間、すぐ側を歩いていた女子生徒と目が合う。女子生徒は気まずそうにすぐに別の方向を向いて小走りで駆けて行った。


 そうか、こうやってるとカップルに見えるのか。


 私は顔が赤くなるのを感じた。できることなら「違うんです!!」と大声で叫んでしまいたい。


 そんな和田を見て高山田がまたクッと喉の奥で笑った。


 なんか余裕で腹が立つなと思ったけど、たぶん今そう思ってることすら高山田にはお見通しのような気がする。


 校門から駅へ向かって少し歩いて高山田が口を開いた。


「近藤さんはどっち方面?」


 私は答える。


「私は美山駅から物部方面。高山田は?」


「俺はいつもバスですね」


「えっ」


 私は焦った。だってバスはさっき目の前のバス停から出発したばっかりだから。


「大丈夫。電車でも帰れるから。でも……物部方面だったら俺とは逆方向だ」


「そっか、ごめんね」


「なんで謝るんですか?」


「なんか遠回りさせちゃったなって思って」


「別にいいですよ。電車もバスもかかる時間はあんまり変わらないし。それに近藤さんが待っててくれたのちょっと嬉しかったし」


 嬉しかったのかと思った。


 高山田の口調は淡々としていて感情があまり読み取れない。だからそれが本心からの言葉なのかどうかはわからないけど、嬉しかったと言われるとなんとなく私も嬉しいような気分になる。


 その後、私たちは無言だった。


 学校から美山駅までの道のりは住宅街を通る。大通りを通っていくこともできるけど、結構な大回りになってしまうので、皆この住宅街の道を通る。校門を出たら道路を渡ってすぐに路地へ入って、路地の三本目の角を曲がって、その後すぐの角を右に折れて、あとは真っ直ぐ。途中に生協とドラッグストアがあるので買い食いをする生徒はそこで買い食いをする。歩いてだいたい15分くらいの道のりだ。


 さっきまでもうちょっと高山田と話がしたいとおもっていたはずなのに、いざこうやって並んで歩くと何を話していいのかわからない。


 付き合っているわけでもない、それどころか今日初めて話をした男の子と歩く距離は微妙に離れている。


 たった15ふんの道のりはあっという間で、私たちは何も話さないまま駅に着いてしまった、しかもそういう時に限って、一時間に二本しかないはずの電車がタイミングよくやってくる。


 気まずい空気が終わると思うと喜ばしいのかも知れないけど、なんとなく高山田と離れ難かった。


 二人で改札をくぐる。


「結局、何も話さなかったね」と私は言った。


「まあ、そうだね」と高山田。


「もうちょっとお話してたかったな」


「うん、でも明日があるし」


「それもそうか」


 そしてまた沈黙。


 電車が来るまであと一分程。「一番線に電車が参ります」のアナウンスが入る。


 結局殆ど何も話さないうちに、私たち二人しかいない静かなホームに電車が到着した。


 私は「じゃあ、また明日ね」と電車に乗り込む。高山田も「また明日」と言った。


 ドアが閉まりかけて、閉まりかけたドアに高山田が慌てたように叫ぶ。


気づかない?!」


 ドアが閉まった。


 --気づく?いったい何に?


 動き出す電車。私はホームに立っている高山田を見つめた。


 高山田が徐にメガネを外す。そして、高山田の前髪を揺らして一陣の風邪が吹いた。

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付き合って一日でフラれたけど何やかんやあってガチイケメンと知り合いになれました 神澤直子 @kena0928

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