第15話 同窓会
「こっちもいいけど、あっちもいいな」
課長がうれしそうにドレスを見比べている。式場と連携している貸衣装のお店でドレス選びを始めて1時間は過ぎているが、まだ課長はテンションが高い状態がつづいている。
「これなんかどうかな?マーメイドラインだし、あさひのAラインと対照的で写真映えしそう」
「いいね」
事情の分かっていない貸衣装のスタッフが、キョトンとした表情でこちらの会話を聞いている。
姉妹あるいは女友達とドレスを見にきていると思っているので、まさか横に立っているのが新郎とはふつう思わないだろう。
「じゃ、試着してくるね」
そう言い残して課長は試着室へと入っていった。着替える終わるまでの数十分間、一人とり残されて暇を持て余してしまう。
試着室の前に置いてあるソファに腰かけて、スマホをいじりながら時間をつぶすことにした。
ネット動画をみていると、メッセージが届いたことを知らせる着信音が鳴った。開いてみると、高校の同級生からのメッセージだった。
メッセージをよんでみると、今年で高校時代の担任の先生が定年退職となり、それを機に同窓会が開かれるのでその出欠の案内だった。
高校の友達とは盆や正月に帰省した時に仲の良かった数名と会ってはいるが、大部分の高校の同級生は卒業以来会ってない。
久しぶりに会ってみたい気もするが、でもこの格好だしな。ドッキリみたいに驚かせてみるのも、楽しいかも。
いろいろ考えているうちに課長の着替えが終わったので、同窓会の出欠はいったん考えるのを辞めた。
試着室のカーテンが開き、ドレス姿の課長が目に飛び込んできた。
「きれい」
感想が思わず口から出てしまうぐらい、課長のドレス姿は綺麗だっだ。きれいと言われて、ちょっと照れている課長がまた可愛い。
◇ ◇ ◇
「あ~、楽しかった」
課長がそう言い終わると、コーヒーに口をつけた。試着を終え休憩がてら、近くのカフェに寄った。
「楽しんでばかりのところ申し訳ないけど、あと引き出物選んだり、席順決めたりしないといけないよ」
「分かってるよ、でももう少しだけ余韻に浸らせて。それにしても結婚式って、やらないといけないこと多いね」
「うん、そうだね。身内だけでやるにしても、いろいろ大変だね」
結婚式は楽しいばかりでなく、面倒なことも多い。やらないといけないことを考えると、うんざりしてきている。
「そういえば、同窓会の案内着てたけど、行った方がいいかな?」
「行って来たら」
「でも、この格好だし、ちょっと不安」
「何か嫌なこと言われたら、帰ればいいじゃない?行かない後悔より、行って後悔のほうがまだいいよ」
課長に背中を押され、同窓会に出席の返事をした。
◇ ◇ ◇
同窓会当日、ちょっと緊張気味に家を出た。今日のコーデはいろいろ悩んだ末に、紺色の膝丈のスカートに水色のトップスを合わせて同色コーデにジャケットを合わせてフォーマル感をだすことにした。
このお店だよなと、スマホでもう一度確認した後店内に入った。店員さんに案内され、奥の座敷席へと向かった。
「みんな、久しぶり」
先に着ていた同級生が、「こいつ誰だっけ」といった表情でこちらを見ている。まあ、顔どころか性別まで変わってるから、分からないのも無理もない。
「朝日だよ。いろいろあって、こんな格好してるけど」
名前を告げたところで、みんなが一斉に驚きの声をあげた。その後やってきた同級生も朝日の変化に驚きはしたが、嫌悪感を表す人はおらずちょっと安心した。
「乾杯!」
先生の乾杯の挨拶で同窓会が始まると、みんな興味津々な表情でこちらの方にやってきて取り囲まれてしまった。
「手術とかホルモン治療とかしてるの?」
「いつから、目覚めたの?」
「やっぱり男の人が好きなの?彼氏いるの?」
同級生ということもあり、みんな遠慮なく際どい質問をしてくる。 先生の定年退職のお祝いで開催された同窓会なのに、みんなからの注目を浴びることになってしまい、先生には申し訳なく感じる。
みんなからの質問も一巡して好奇心が満たされると、ようやく解放されてゆっくり食事をとり始めた。
「朝日君じゃなかった、朝日さん、食べる仕草も女性っぽくてキレイだね。お箸遣いもきれいだし、背筋もきちんと伸びてるし、どこかのお嬢様みたい」
隣に座っている相川さんから褒められた。女性から褒められると、お墨付きをもらえたようでうれしい。
「高校時代から朝日さん、羨ましそうな表情で女子の制服見てたでしょ。他の男子と何かちがうなと思ってたんだ」
「バレてた?ウチの高校の制服、可愛かったから、ずっと着てみたいって憧れてた」
「やっぱりね」
すこし酔いの回り始めた相川さんのほほが、赤くなっていてかわいかった。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様」
「朝日さんも2次会行こうよ」
「ごめん、終電なくなっちゃうから」
同窓会がお開きとなり、2次会に誘われたが断って帰ることにした。
「相川さんも、2次会行かないの?」
駅に向かっている途中、相川さんをみつけて声をかけた。
「実家に泊まりたくないから帰る。実家に帰ると、結婚はまだかって親がうるさいのよ。朝日さんはどこまで帰るの?同じ路線だね、一緒に帰ろ」
その後二人で電車に乗った。高校時代の昔話や近況報告など話していると、あっという間に相川さんの降りる駅が近づいてきた。
「相川さん、お疲れさま。近いし、また会おうね」
「またじゃなくて、今日じゃダメ?」
相川さんは手を引っ張って、一緒に電車から降りようとした。抵抗できなくはないが、騒ぎになるのも嫌なので大人しく相川さんに連れられて電車を降りた。
「終電、行っちゃったね。ウチにくる?酔い覚ましのコーヒーぐらい出すよ」
タクシーで帰るにしても慌てて帰ることもないし、まだもう少し相川さんと高校時代の昔話をしたい気持ちもあり、相川さんの家に行くことにした。
「コーヒー淹れるから、座ってて」
相川さんに勧められて、ベッドの横に置いてあるローテーブルの近くに座った。
「ごめんね、散らかってて」
コーヒーの入ったマグカップを両手に持った相川さんが、コーヒーをテーブルに置いた後横に座った。
「実はね、高校時代朝日君の事好きだったんだ。」
「気づかなくてごめん。再会してこんな風になっていたら、幻滅しなかった?」
「幻滅なんてしないよ。どんな格好してても朝日君は、朝日君なんだから」
相川さんは肩に手をまわして、顔を近づけてきた。
「付き合っている彼女がいて、結婚も決まってるんだ」
そう言って抵抗しようとしたが、彼女は気にせず唇を重ね合わせた。
「大丈夫、あとくされ無いから。子供じゃないんだから、一夜の恋ぐらいいいでしょ」
あとは彼女に導かれるままに、一夜を過ごしてしまった。
◇ ◇ ◇
「ごめん、盛り上がって終電逃しちゃった」
「そう、お疲れ。何か食べる」
朝帰りした翌朝、何の事情も知らない課長が優しく迎え入れてくれたのが、かえって辛かった。
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