第3話

「……はい?」

 何を言われたのか分からず思わず聞き返す。隣に座るルイスもレオナルドの突飛な提案に度肝を抜いている。魚のように口をパクパクと動かし言葉を失っている。

「あらぁ。それがいいんじゃないかしら?」

 ミアが手を叩いてレオナルドに賛成の意を示す。しかしミアの性格からして、ミアがこれまでの話を聞いてちゃんと理解しているのか怪しすぎた。その場のノリでレオナルドに賛成しているだけのようにも思えた。

「は、母上……!それはいくらなんでも無理があると思います!」

 衝撃から立ち直ったルイスが勢いよく立ち上がりながら全力で首を振る。首が飛んでいくのではないかという勢いで首を振る様子を見つめながらミアは首を傾げる。

「どうしてかしら?花嫁がいなくて困っているのなら、他の花嫁を立てればいいでしょうか?幸い、私たちにはカルラがいるじゃない」

 まるで子供のように悪意のカケラも見せず、ミアは当然のことのよう言う。彼女はカルラのことが憎くてこんなことを言っているのではない。これがミアの素なのである。だからこそタチが悪かった。

 あまりにも普段通りの態度のミアにルイスは自分の方が間違っているかのような錯覚を起こし困惑する。そんな兄を叱咤するようにカルラは背中を叩く。ルイスがカルラによる突然の暴力に叫ぶがカルラは気にしている余裕はなかった。何せ突然自分の将来が決まるかもしれない場面に立ち会っているのだ。兄のことなんて二の次である。

 カルラは焦る頭の中で今この場で一番厄介なのは母のミアであると認識していた。レオナルドは理詰めで説得すればまだ道はあるが、母であるミアは生まれつきの天然であるためそれが通用しない。むしろミアの言葉に翻弄させられ、いつの間にかミアの言葉に洗脳されることもしばしばあった。

 しかし今回に限ってはなんとしてもそれは回避しなければならない。

(結婚なんて絶対に嫌!私は領地内で一人ゆっくりした生活を送るんだから!)

 カルラに結婚願望はなかった。むしろレオナルドからは反対されているが、生涯一人で生きていくと決めていた。

(誰かに人生を縛られて生きるなんてまっぴらごめんよ!)

 そう心の中で叫ぶが、どう母親を攻略したものかと考えあぐねる。そんなときレオナルドが静かに口を開いた。

「カルラ……こんな言い方をするのは卑怯だと思うかもしれないが……今回の件、お前にも非があると思わないか?」

「うっ……!」

 レオナルドの思わぬ追撃にカルラは思わず呻き声を出した。レオナルドの言う通り、この騒ぎに関してはリーンのおかしな様子を知りながらも、朝まで大丈夫などと楽観的に考え、対処の仕方を誤ったカルラにも非があらと言えた。そこを持ち出されるとカルラも痛かった。

 カルラはそれでもめげずにレオナルドと数秒間睨み合う。どちらも互いに引く気を見せない。その間でルイスがおろおろと慌て、ミアはこの話題に興味を無くしたのか笑顔で二人を見守っていた。

「何にしてもこれは当主命令だ!」

「断固拒否します!お断りです!」

 先に視線を切ったレオナルドが強い言葉と共に机に拳を叩きつける。しかしカルラもすぐさま拒否の姿勢を見せた。しかしレオナルドの中ではもう決定してしまったのか、レオナルドがカルラに視線を戻すことはなかった。

「お、俺も反対です!この結婚はリーンのものでしょう。それにカルラを巻き込むなんて……!」

「代案がないのなら最終案としてカルラを嫁に出す!異論は認めん、以上!」

 ルイスのなけなしの訴えにも取りつく島を見せなかった。ルイスはうっと言葉を詰まらせ、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。そしてカルラの方を向いて親指を静かに立てた。まるで「お手上げだ。頑張れ」と言われているようだった。

 早々に諦めたルイスの様子に腹が立ったカルラは兄の脛を思いっきり蹴り上げることで鬱憤を発散させた。ルイスが甲高い悲鳴をあげるが、悲しいかな誰も心配の声をかけることはなかった。

 その時、控えめに扉が叩かれる。一同は顔を見合わせた後、レオナルドが入室の許可を出す。

 部屋に入ってきたのは執事長を務める初老の男性だった。男の名前はヨダといい、年齢を感じさせないピント張った背筋にお手本のような礼をとった。

「ヨハン・ジェームズ様とその従者様が本日のことでお伝えしたいことがある、とのことで面会を希望されております。お通ししてもよろしいでしょうか?」

 物腰柔らかな様子でヨダは要件を淡々と述べる。ヨダもリーンの一件は知っているはずなのにここにいる誰よりも落ち着いていた。ヨダの様子にレオナルドも幾分か落ち着きを取り戻したように椅子に座り直した。

「ヨハン殿が……。わかった。ここにお通ししろ」

 緊張した面持ちでレオナルドが答える。ルイスはここに花婿がやってくるということに対して今にも吐きそうなくらい顔を青白くさせていた。ミアは部屋を出ようとしたヨダを引き留め、お茶の用意を言いつけていた。ミアの自由っぷりはここまでくれば才能とも言えるだろう。

 一方、カルラは頭をフル回転させてどうにかこの局面を切り抜けられる方法を探していた。たとえ自分にも多少なりとも非があったとしても、妹の不始末で名前しか知らない男と結婚するなんて死んでもごめんであった。

 しかし慌てる頭では具体的ないい案は浮かばず、そうこうしているうちにヨハンとその従者が部屋へと案内されてきた。

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