第16話 王都の武具屋さんへ


 あれから街道に座ったまま、あれこれ考えていた。


 ずいぶんレベルが上がっていることから、僕はかなりの日数の記憶を失っているのだと理解していた。


 でも、何がどうなっていたのかはいくら考えてもわからない。

 なので、もう前を向いて歩くことにした。


「このまま王都に行きたいけど……」


 さすがに一回家に戻ったほうがいいかな。

 何も持ってきてないし……って、あれ?


 僕はアイテムボックスを開いてみて、驚いていた。


「ちゃんと持ってきてる……」


 いざという時のためにまとめておいた一式が、そこにきちんと入っていた。

 

 それだけではない。

 王都までの道のりを乗り切るに十分な食糧が入っている。


「もしかして僕、記憶がないうちにユキナを追おうとして……?」


 そう考えると辻褄が合う。


 でもどうして覚えていないんだろう。

 まるで他人が自分の体をのっとっていたかのように、覚えがない。


 見ていると、倒して萎んだ後のユメキノコが大量にあって、さらに鍬まで出てきた。


「あ」


 もしかしてと思い、そこについていた土の匂いをかぐ。


「あれぇ……」


 急に笑いがこみ上げてくる。

 まさかあの穴、自分で掘ったやつだった……?


「……ありえるかも」


 確かにユメキノコが群生している場所は他の魔物がやってこない。

 ユメキノコ自身はその場から動けないから、野宿するとしたら、最適解になる。


「もしかするかも」


 だとしたら、とんだ笑い事だった。

 震え上がったのに、一人芝居だったとか。


 まあ、自分のやったことを覚えていないことの方が問題か。


「こんなの初めてだ……どこかで魔法にかかっちゃったのかな……」


 次はこんなこと、ないといいのだけど……。


「まあいいや。こっちだ」


 僕は、東向きに歩みを進めることにした。

 自分の考えた通りならば、7日程度で王都に辿り着く。


「行こう」


 今からこんなレベルの僕が頑張っても、手遅れかもしれない。

 それでも、諦めるなんて嫌だ。


 頑張って強くなって、ユキナを――。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 その日は歩けるだけ歩いて、街道沿いにあった長椅子の上で横になり、休んだ。

 吹きつける風が寒いし、背中も痛いしで小一時間置きに起きるのを繰り返しながら、朝になる。


「ふぁぁ……」


 あー……体中が痛い。

 これで雨が降っていたら散々だった。


 森の土の中の方が暖かくて、雨風も遮られて、快適だったんだと思い知らされた。


 頭いいな、記憶のなかった僕。


 持っていた水で身なりを整え、木の実を食べて空腹を訴える腹を黙らせる。


「もぐもぐ」


 あまり美味しくはないね……栄養はありそうだけど。


「ふぅ。行くか」


 歩きながら、王都に入って最初にやっておくことを整理しておく。



 ▢ 神殿で職業を診てもらう


 ▢ きのことカードを売って軍資金をつくる


 □ ワンドとか欲しい


 ▢ 冒険者ギルドにいく



 兄たちと比べて、自分が『職業持ち』であることは小さい頃からわかっていた。


 6歳になって、父が僕に剣を教え始めたが、はじめは木剣のお遊びだったから、面白く感じたのをよく覚えている。

 今はあんな父も、当時は「筋がいい」と僕を褒め、すごく喜んでいた。


 当然だ。


 剣を握っても、弓を握っても、扱い方は体が知っていた。

 武器熟練度という欄には、ありえない異常な数値が並んでいたのだ。


 当時の僕は得意になっていろいろ調子に乗っていたけれど、魔法を暴発させた一件があってから、僕は武器を持つのが怖くなった。

 

 生まれながらにして、他の命を奪う力を与えられていることに恐怖しない人なんて、きっといない。


 ユキナのことがなければ、僕はずっと『職業持ち』であることを隠して、本を読みながら、小さな動物たちと一緒に日々を過ごしていただろう。


「でも、今は違う」


 僕は自分の右手を見つめる。


 どんな方向性を持った職業なのか、はやめに知っておきたい。

 自分をどういうふうに成長させていけばいいかわかるし、職業がわかれば街のギルドで冒険者として登録できる。


 冒険者になって強くなっておけば、勇者パーティの傍にいることができる。

 勇者パーティの面々が誤って命を落とさぬよう、盾となって戦う『護衛隊』になれる。


『四紋』という、ユキナと同じ立場にはなれなくても、『護衛隊』なら魔王討伐の最終段階まで傍にいられる。


 もちろん冒険者の中でも相当なエリートにならなければ、『護衛隊』の大役は与えられない。


「強くならなければ……」


 そのためには、先立つものも必要になる。

 幸い、いつのまにか手に入れたユメキノコがたんまりとある。


 人は年をとると、眠るにもエネルギーが必要らしくて、なかなか長く眠れなくなるそうだ。

 西部樹海産のものは良い眠りをもたらす薬の素材になると噂だから、高値で売れるかもしれない。


 そのお金で最下級のワンドでも手に入れておこう。


 ワンドや杖は魔法の発動体として用いられ、魔法の威力と成功率を大きく高めるものだ。

 武器としては弓があるけど、僕は魔法中心で戦いたいから、ぜひとも最初に欲しいところだ。





 ◇◆◇◆◇◆◇




 あれから7日野宿して、やっと先ほど王都の検問をくぐることができた。

 王都の南側には無料の共同浴場があると父さんに聞いていたので、行ってみたら本当にあった。


「あー、温まる~」


 王都は税金で黒字経営なんだな。

 石鹸とかがタダで置いてあったし。


 体の垢を落としてすっきりしたところで、最初にすることはお金を手に入れること。

 メインストリートに並ぶ調合素材の店で、ユメキノコを売ってみる。


 本が書かれた時代とそう変わっていなければ、売れるはず。


「まいどあり。また頼むよ」


「こちらこそ助かりました。また取ってきます」


 あ~よかった。


 ほっとしながら、お店を出る。

 ユメキノコ単価¥100くらいで売れたらいいなと思っていたら、驚くことに¥200で売れた。


 いっぺんにたくさん出すと買い叩かれそうだったので、小出しにすることにして、今日は¥20,000ほどを換金した。


 よし、これで宿に泊まれそうだ。

 さっき訪ねた宿は朝晩食事付き¥1700で泊まれるみたいだったので、道を戻って宿だけ先に決めてくる。


「じゃあとりあえず3日分、前払いしておくれ」


「はい、これでお願いします」


 あ~、これで野宿から解放された~。

 ベッドで寝られる~。


「お、あれは……」


 宿を決めて出たところで、向かい側の通りに武具店を見つけたので、ついでに寄ってみた。

 

 買うのは無理。

 あくまで下見だけだ。


「うわぁ……」


 軒をくぐると、ヒノキのよい香りが室内を満たしていた。

 それも当然、全て木造りの家だった。


 本で読むような家そのままで、僕の好みにどストライクだった。


「何の用だ」


 奥から白い髭が顎を埋め尽くしている爺さんが出てきた。

 小柄で背は僕より低いが、ビア樽のようにお腹が出ている。


 ドワーフだ。

 初めて見る。


「武器が欲しくて」


「どの武器が目的だ」


「ワンドです。あ、ただ今は手持ちがないので、お金を工面してから出直す予定ですが」


「ワンドなら、そこに並べてあるものだけだ。手にとってもいい。好きに見ていけ」


 ドワーフのおじさんは顎でそっちを指し示すと、ぶっきらぼうに言った。

 だが言葉の内容は優しい。


「ありがとうございます」


 僕はしばし、展示されているワンドを眺める。

 先に値段だけ見ると、¥15000から、高いものは¥22万まである。


 買取品なのかもしれない。

 安いものは木製のバケツに無造作に放り込まれている。


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