第8話 何か問題があるみたいです

 前走からまた調教牧場へと戻って訓練の日々です。走った後は数日は筋肉痛で苦しんでいたんです。でも、3日目くらいから楽になりました。


「ブルルルン」(でも、注射は怖いですよ)


 筋肉痛を和らげるために、何故か注射をされたんです。注射じゃ無くてシップとかで良いと思うんです。スッとするクリームも塗ってくれたんですが、注射は嫌いなんですよ。


 そして、体調が楽になった所で、普通に調教が始まっちゃいました。


 おじさん達の会話を聞いている感じでは、どうも今度は芝1800mを走る事になるそうです。訓練でも息を入れるなどの練習をさせられるのですが、最初は息を入れるって意味が判らなかったのですよね。


「ブフフン?」(深呼吸すればいいの?)


 走っている最中に大きく息を吸っちゃったりしてペースが崩れたり、そうじゃないよと言われてもねぇ。


 まあ走っている間に、だんだんと何が言いたいのか分かってきましたけど。


「う~ん、素直に反応はしてくれるんだけど、やっぱりそうなのかなぁ、さっきのちょっと気になったのよね」


 鈴村さんは何かお悩み中? 一応、言われたとおりに走っているつもりなんですけど。途中から何かブツブツ言っているんです。


 その後、砂のコースを走ったり、坂道を走ったりしました。


 ただ、時々他のお馬さんが走っている横をちょっと離れて走ったりもします。もっと離れた方が良いように思うんですけど、なぜか近くに寄るんですよね。


 何でしょう? それ程速く走るわけではないので負担はそれ程でもないのですが、ちょっと気にっちゃいます。


 そんな今日の調教が終わって、綺麗に洗ってもらっている時に調教助手のおじさんがやってきました。


 ちなみに体を洗ってもらうのも、ブラシで綺麗にしてもらうのも大好きです。やっぱり女の子ですから、綺麗にしていないと幻滅ものですよね?


 ご機嫌にフンフンしていると、おじさんは鈴村さんに話しかけました。でも、何か持ってきてないかな? 調教が終わった後のご褒美を所望しますよ。


 角砂糖でも、リンゴでも、人参でも良いよ? でも、出来ればリンゴが良いかな?


 私はフンフンとやって来た蠣崎さんの臭いを嗅ぐんです。そんな私に苦笑を浮かべながら、おじさんは縦長にカットされた人参を出してくれます。


「キュイイーーン」(わ~い、人参だ)


 差し出された人参をボリボリと食べていると、鈴村さんとおじさんが今日の調教の話をしています。


「そうなんです。素直に反応はしてくれるし、走り自体も悪くは無いんですが」


「そうですか、わかりました。テキには話しておきます。ただ、私はまだ他の馬と一緒に走るのに慣れていないだけだと思うのですが、ただ次走の為には早急に何とかしないと拙そうですか?」


 失敗しました、人参を食べるのに集中しすぎていて、会話の流れがぜんぜん把握できていません。


「馬を怖がるという訳では無いようなのですが、でも今日の感じだと顔に泥とかが飛んで来たら多分力が出せないと思います」


「ヒヒン?」(ん? なあに?)


「ああ、大丈夫だよ。ほら、食べなさい」


 残りの人参を差し出されました。勿論ボリボリと美味しく食べさせていただきますよ。


 ただ、そのせいで結局の所、何を話していたのか分からずじまいとなっちゃいました。


 その翌日、私はお顔に覆面を着けられちゃいました。


「ブフフン?」(これなあに?)


 前のレースの時に、同じ様な物を着けていたお馬さんも居ましたね。調教の時にもすれ違うお馬さんが付けているのを見ました。でも、まさか私が付けるとは思ってもいなかったです。


「ブルルルン」(可愛くないですよ?)


 鏡を見た訳じゃ無いんですけど、覆面少女ってちょっとですよね?


「それでは、7歳馬のスターマイアイドルが先行しますので、その後ろから最後に追い込む感じでお願いします」


 私の呟きを気にした様子もなく、調教へと連れて来られちゃいました。


 今日は久しぶりに調教師のおじさんもいます。鈴村さんに指示を出していますが、追い込みというと最後にドバーンと加速して追い抜くのかな?


 普段は後ろから来る馬に抜かれないようにする訓練が多かったので、また新しい事を試すみたいですね。


 皆の会話を聞いていたら、何度かご一緒した事のあるスターマイアイドルさんが先に走り始めて、私はその後を追いかけて行くみたいです。でも今日は砂場を走るみたいで、ズボズボと足が埋まって走りにくいですね。


「では先行します。お願いします」


 スターマイアイドルさんに騎乗した騎手さんの声で、私もその後を追いかけて走り出したのですが・・・・・・うわ! うわ! 何かすっごく砂が顔に飛んでくるのです。


「ブルルン」(走り辛いよ~)


 真っすぐ追い駆ければ追い駆けるほど、顔に飛んでくる砂の量が増えました。うわ! うわ! って思っていたら、どうやらゴールしたのかスターマイアイドルさんは並足に戻っていました。


「予想以上でした。此処まで砂が顔に当たるのを嫌がるなんて、途中の手綱なんかも気づいていなかったみたいです」


 そのまま調教師のおじさんの所に戻ったら、鈴村さんがそう報告します。


「プヒーン」(ごめんなさい)


 しょぼんと頭を下げて、上目遣いで二人をチラ見します。


 でも、顔にあんなに砂が飛んで来たら仕方が無いと思うんですよ? 目の中に入ったりしたら涙が出たりと大変ですよ? 覆面だけでなくゴーグルを希望します!


「早めに気が付いて良かったという所だが。そうすると逃げや先行も中段ではなく前よりしか選択肢はないか、そうなると厳しいな。選べる選択肢が狭まるな」


「いえ、慣れてないだけだと思います。北川牧場に確認したのですが、牧場時代もベレディーは馬群で走り回るという事をしたことが無いらしいです。いつも一頭か、または凄い後方でゆったり走るのみだったとか」


「ふむ、要は慣れという事か。ただなぁ、無理をしても苦手意識を更に強くしてしまう事もあるぞ? レースを嫌がる様になっては拙い」


 皆さん非常に深刻な表情をされていますが、ゴーグルは駄目ですか? 覆面が良いのならゴーグルもありだと思いますよ? ただ、私の言葉は残念ながら叶えられることはありませんでした。


 その後、幾度か同じような練習をしましたが、顔に向かってくる砂とかがどうしても気になってしまいます。その為、走る事に集中が出来ません。


 そんな時、調教師のおじさんが何か変な物を持ってきました。


「あれ? もしかしてホライゾネットですか? 初めて見ました」


 何時ものおじさんが、調教師のおじさんの持って来た小さな網みたいなものを見ています。


「ああ、目に砂が入ったりするのが嫌っぽいからな、これで改善できればと試しに手配しておいた」


 ん? 良く判んないけど、覆面に合わせて目の部分にセットされました。


 そして、先程と同じように前の馬を追いかけて砂場を走るのですが、なんと! 先程とは大違いで目の負担がすっごく軽減されていますよ!


「ブヒヒーーン!」(わ~~い、楽だよ!)


 思わず嘶きが出ちゃいました。それくらい違いがあるのです。


 その後、3回走りましたが、無事に前の馬に追いついて、追い越すことが出来ました。もっとも、早足くらいなので当たり前なんだと思いますが。


「効果はあったようだな。これで一安心だ」


「はい、これなら予定通り中段からの差しで行けそうです」


 鈴村さんも漸く笑顔を見せてくれました。


 でも、私だって本番だったらもっと我慢して走ったと思いますよ? たぶんですけど。


 そして、何日かが過ぎて、またご飯の量が減りました。すっごく悲しいです。


 でも御飯が減るという事は、またレースが近くなってきたんだと思います。皆さん大忙しですし、何か追い切りというのもさせられました。


「いい感じで維持できてますね。勝ち負けくらいは行けそうな気がします」


「ベレディーはマイペースな子だからな。気性は大人しいから助かる」


「ブフフン」(でしょ? 良い子だよ?)


 最終的には乗馬でも何でも生き残れるなら良いのです。だから良い子PRは欠かせません。


「明日は早朝に馬運車が来るからな。頑張るんだぞ」


 厩務員さんがこっそり角砂糖をくれます。


「キュイイーン」(わ~い、角砂糖です!)


 ゆっくりお口の中で溶かしながら楽しみます。一気にボリボリ食べてしまえば一瞬で終わっちゃいますもんね。


 そして、翌日は言われた通りに馬運車へと乗り込みます。


 こないだと同じ競馬場だから、のんびりと寝ながら向かいましょう。朝が早かったので眠いのです。


「ブルルルル」(おやすみなさい)


 馬運車に繋がれて、車が動き出したらすぐにお眠りの時間です。次起きたら競馬場かな?

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