第7話 新馬戦が終わって

 新馬戦に勝ったミナミべレディーですよ! これで馬肉の運命から少し離れる事が出来たでしょうか?


 その後、表彰式まであって、久しぶりに牧場のおじさんと桜花ちゃんが来ていました。


「ブヒヒ~~ン」(お久しぶりです?)


 良く考えたら1年くらい経ってますもんね。途中で1回放牧で戻りましたけど、何となくすっごい昔のように思います。


 今日、牧場以外で初めて桜花ちゃんに会いました。そうですね、もう桜花ちゃんも高校生なんですね。思いっきり制服姿でしたよ。


 はぁ、よく考えたら私も花の女子高生だったんですよ? もう記憶も薄らいじゃっていますが。多分間違いないですよ?


 牧場のおじさんも、桜花ちゃんも、調教師のおじさんも、見慣れた服装じゃ無くておめかししています。そして、みんな満面の笑みを浮かべてくれていました。


「ブフフフフン」(わ~い、みんな喜んでくれてる)


 私だって頑張りましたからね!


 ただ、何となくですが、あのお隣を走っていたお馬さんに助けられましたよね。あのお馬さんが膨らんでくれなければ、結構危なかった気がします。  


 何と言っても初めてのレースですから、これから慣れて行くかな?


 そんな事を思っていたら、鈴村さんが走って来ました。向こうで何か人に囲まれていましたもんね。


「久しぶりに勝つことが出来ました。騎乗させていただきありがとうございます」


 鈴村さんがご主人様にお辞儀しています。


「トッコ、良かったね、まずは1勝おめでとう!」


「ブルルン」(ありがとう~)


 桜花ちゃんが、首をトントンしながら褒めてくれます。


 それより、どうせなら角砂糖とか何かは貰えないのかな? フンフンと桜花ちゃんの匂いを嗅ぐと、桜花ちゃんは私の意図に気が付いたようです。


「ごめんね、今持って来て無いから後であげるね」


「キュイーーン」(わ~~~い)


 嬉しさのあまり桜花ちゃんの顔をベロンベロンしちゃいました。


 その後、角砂糖を貰って嬉しくて、ピョコピョコスキップしてみんなを笑わせて、厩舎に戻ったら戻ったで厩務員さんにリンゴまで貰っちゃいました。


 勝つとやっぱり扱いが違うのかな? ただ、厩舎に戻ったら何か一気に疲れが来て、ドヨンとした感じに体が重くなっちゃいましたね。


「ベレディーは、やっぱり疲れが出てますね」


「そうだな、レース直後は元気な様子だったんだが、一日たってどれくらい回復するか、明日の朝一番で獣医の先生をお願いしといてくれ」


 お部屋の外で調教師のおじさん達が何か会話をしていますが、私は疲労で睡魔に襲われているのです。そのまま眠っちゃいますよ。


「しかし、ベレディーは良く寝ますね。他の馬はこんなに寝ませんが」


「そうだな、他の馬の倍は寝ているかもしれん。もっとも、それで疲労の回復が早くなるなら大歓迎なんだが」


「夜なんて寝藁に寝っ転がって爆睡してますよ。野生のやの字もありませんね」


 何か話してますね。でも人の声が子守唄に聞こえて来て・・・・・・。


◆◆◆


「お疲れさまでした。何とか勝つことが出来ましたね」


「まあ運が味方したようなところもあるが、それでも勝ちは勝ちだ」


 蠣崎と馬見調教師は事務所に戻って共に祝杯を上げながら、今日のレースを振り返っていた。そして、ミナミベレディーの次走をどうするか打ち合わせを行っている。


「大南辺さんは何と言っているんですか?」


「出来れば7月の中京である2歳ステークスに出走させたいと言われたが、移動がなぁ」


 未だ長距離移動を経験したことの無いミナミベレディーだ。北海道から愛知への移動となると、一旦は美浦で休ませての移動を覚悟するしかない。未だに長距離移動を経験したことの無い馬に与える影響は、必ずあると覚悟しないとならないだろう。


「私としては8月札幌のコスモス賞あたりを考えていたんだが、まあ状態次第では思いきって札幌2歳ステークスを出しても良い。ただ、大南辺さんが言う中京はなあ、確実に賞金を積み上げたいそうだが勝てるかと言われても厳しいだろう」


「まあ例年ですと中京は7、8頭という所ですか。札幌では10頭以上は覚悟しないとですね。そう考えると中京も悪く無い気はしますが」


「そうなんだよな。距離が1800に伸びる事で、プラス要素はある。それでも今回の牝馬限定とは違うからなあ」


 そう言って溜息を吐く馬見調教師、新馬戦を勝ったとはいえ、どちらかというとデビューする馬がまだ少ないうちの空き巣狙い的な勝利である事は否定できない。


「よし、コスモス賞で大南辺さんを説得する。大移動でベレディーが調子を崩す事の方が怖い。そもそも8月の中京など灼熱地獄だぞ」


「ですよねぇ、まあ私は8月の中京は知りませんが」


「ただ、説得する分ベレディーを何としても8月のコスモス賞は勝たせないと不味いぞ。勝てないにしても、せめて掲示板内は死守したいな。調教の方は任せるからな」


 馬見調教師のプレッシャーに蠣崎調教助手は顔を引き攣らせるのだった。


◆◆◆


 その頃、鈴村騎手は思いっきり浮かれていた。


「今日は良い一日だったなぁ、やっと1勝できたし、持ち馬は増えたし」


 5Rの新馬戦勝利に続き、9Rでは12番人気のオリバーナイトで2着馬と鼻差の3着、流石に勝ち馬とは半馬身差があったとは言え、この騎乗で次走も継続してオリバーナイトに騎乗する事が出来る事となった。


「まあ12番人気だった半分以上の原因は、私の騎乗って事だろうけど」


 誰が騎乗するかで人気は当たり前に変動する。ましてや、今期は勝鞍の無い自分だ。


 騎乗してから思ったのだが、馬の実力的には掲示板内であれば何とか載る事が出来るくらいの力はある馬だったと思えた。


「でも、やっぱりミナミベレディーよね、牝馬限定であれば確かに重賞が取れておかしくないかも」


 今日の騎乗では実際の所、最後は抜かれるかもと思っていた。残り600mからのスパートは早仕掛けと言われても可笑しくない。中長距離馬と思われるミナミベレディーでは直線のスピード勝負では勝てないと踏んでの早仕掛けで、まさに賭けでしかなかった。


「勝負根性というのとは違う感じだったかな? それでも良い粘りをしてくれたし、心配してた他馬に怯える事も無かったし、良い事尽くめ」


 ここ最近、頭を過るのは引退の二文字だった。特に今年に入って1勝も出来ていない状況に、鈴村騎手は、焦燥感では言い尽くせない程の焦りを感じていた。


「えへへ」


 ネットの競馬検索をすれば、今日の自分の勝利が簡潔ではあるが載せられていた。


 その短い記事を幾度も読み返し、勝利騎手に自分の名前がある事が無性に嬉しい。思わず締まりのない笑い声が洩れるくらいには。待望の今期1勝目、だから仕方がない事だと鈴村騎手は自分を納得させる。


「次走はコスモス賞あたりかな、それまでにミナミベレディーをもっと知らないと」


 今日は内枠1番と先行するのに文句ない枠を引き当てていた。


 それでも、やはり芝1200は厳しすぎた。斜行馬が出なければ負けていたと思っている。最後の粘りは予想外、末脚に関しては不明ではあるが、手応え的に良くてオープンクラスだろうか? 典型的な先行馬だと思った。


「まあこれから続々と有力馬がデビューしてくるし、G1に出られる馬かと言われるとね」


 今まで見て来たG1馬達を思い浮かべ、手応え的にもそこまでのパワーは感じない。


「はあ、いつか稲妻が走るような出会いをしてみたいなあ」


 鈴村香織 29歳独身 アラサーで本来であれば色々と焦りが出てくる年齢のはず。それなのに、白馬の王子様ではなく、王子様の馬を求める残念女子であった。


「うん、浮かれすぎ注意だわ。明日はベレディーの様子を見に行かなくちゃ。初めてのレースで体調を崩していないといいけど、レース後も元気だったし、どうだろう?」


 明日へと意識を向け、早々にベットへと潜り込むのだった。


 翌日、馬見厩舎に顔を出してコズミの痛みでぐったりしているミナミベレディーを見て、思いっきり慌てる鈴村騎手であった。


◆◆◆


 北川牧場では久しぶりの新馬戦勝利に、北川ファミリーや従業員達が揃ってちょっとだけ豪華なお祝いをしていた。


「とりあえず未勝利での登録抹消は免れた。予想外に嬉しい結果になったが、新馬戦ですんなり勝つなんていつ以来だ?」


「7年前のミユキガンバレ以来ですよ。ミユキもGⅢを勝っていますし、トッコも期待できますわね」


 顔を見合わせて喜びに顔を綻ばせる峰尾と恵美子。同期最速の1勝という事で、今年のサクラハキレイ産駒も問題無く売れてくれると期待できる。


「あの子は賢いから、うちを出た後の調教もすんなり進んだそうだし、出来ればGⅢを一勝どころかそれ以上を期待したいですね」


「そうですよね。牧場にいる時も、手間が殆どかからない仔でした。


 従業員達の言葉に頷く二人、誰もが今日の勝利にホッとしていた。


 サクラハキレイの今年の産駒がまたも牝馬であり、更にはトッコの全妹の為、セールでの金額にも期待をしている。もっとも、その前に北川牧場の常連達が購入の意思を示してくれる可能性も高い。


「トッコが順調にオープンまで行ってくれれば、そう考えるとセールに出す時期も悩むわね」


 妻である恵美子の言葉に、峰尾も頷く。


「次走は恐らく8月のコスモス賞あたりになるんだろうな。流石にぶっつけで札幌2歳は出さないと思うんだが」


 勝つに越したことはないが、負けるにしても負け方というものがある。


 それを考えると、ミナミベレディーのレース前となる8月に開催されるセールに出すか、それ以降に出すかは賭けである事は間違いない。


「お父さん、そもそもトッコっていくらで売れたの?」


 庭先取引となったトッコの為、桜花は売却価格を知らされていなかった。


 もっとも、懇意にしている馬主さん達がミナミベレディーを買ってくれなかったし、最初に出したセールでも帰って来た事を考えればそれ程期待できない事は知っている。


「あら、大南辺さんが気に入ってくれて、それで1500万で買ってくれたのよ?」


「1500万円! 凄いじゃん!」


 北川牧場の産駒とすると、売却額1000万を超える馬はまずいない。


 トッコと同年馬は数が少なく、大南辺が1500という北川牧場としては破格の値段で購入してくれた事は、まさに砂漠に慈雨の状態であったのだった。


「まあ日々の飼葉代だ何だで費用がかかるからな。それでも助かったのは間違いない。最悪は馬肉で数十万だしなあ」


 昨年も無事に生まれた産駒はすべて買い手がついた。今年の産駒も期待できそうな為に、それも併せて全員の表情は明るい。


 その後の事はともかくとして、牧場としてはまずミナミベレディーが1勝をあげてくれて一安心だ。北川牧場で生まれた幼駒達にも、少しでも生き残れるように牧場でも出来る範囲での育成をしてあげるしかない。


「う~む、悩むねぇ、どのセールで出すか」


 セールは一度ではなく、当歳馬、1歳馬とそれぞれ複数回行われる。


 まだまだ当歳の幼駒であるがゆえに、いくら親しい馬主でも庭先取引で購入を決断してくれる人はいない。余程に血統などに優れていれば別ではあるが。そうなると、やはりもう少し成長してからでないと値段はつかないだろう。


「トッコが活躍してくれればなあ」


 トッコの勝利で喜びに沸きながらも、北川牧場の悩みは尽きないのであった。

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