第3話 最高の魔王様!

 その頃、勇者達三人は最後の誓いを立てていた。

 すり切れた手袋をした少年が、拳を握る。


「必ず、この三人で生きて戻るぞ」

「……ええ!」

「わかってます!」


 勇者が目の前に出した拳に、魔術師の少女と、僧侶の少年が拳をあわせる。

 国王に勇者として任命され、ここまで長い旅路を経てやってきた。どんな困難も乗り越えてきた。強靱な魔物に立ち向かい、傷ついたこともある。路銀が足らずにお腹を空かせたことも、肩を寄せ合って野宿をしたこともある。勇者という肩書きは万能ではなく、旅は必ずしも楽な道ではなかった。だが辛く苦しい道のりもここまでだ。魔王の侵攻が激化する前に魔界へと足を踏み入れた三人は、とうとう魔王城の前までたどり着いた。

 この旅路のすべてが彼らの思い出であり、魔王に挑むために必要な道筋だった。


「行くぞ、二人とも――いざ、魔王との決戦だ!」


 三人は誓いを胸に、魔王城へと向かった。

 目の前には魔物たちの群れがいた。三人が近づいていくと、出迎えるように中央からざぁっと引いていく。ずいぶんな出迎えだった。勇者は唾を飲み込み、緊張感とともに、歩いていく。引いていった魔物たちの中央に、道が出来ている。

 それでも少年は。勇者としてその道を歩いていった。

 どうやらいきなり襲ってこられるということはないらしい。魔王というのはこれまでにもずいぶんと自由にやっていたというが、実際に見るとかなり統率がとれている。もしかすると今回の魔王は魔物たちから信頼されているらしい。


「……大丈夫なのかしら?」

 魔術師の少女が、杖を握りながら小声で言う。

「統率はとれているようだ。勝手に襲うなと言われているのかもしれない」

「でも凄いですね、魔物たちがこんなに……」

 僧侶の少年がキョロキョロとしても、魔物たちは動じていない。それどころか、しっかりと立って勇者たちが奥へ進むのを見送っている。

「どうやら今回の魔王は、手強そうだ……」

 勇者は気合いを入れなおした。これまでの戦いでは人間側が常に有利だったが、それも万が一ということがある。

 進んでいくと、やがて魔物たちの姿はなくなった。その代わりに、広場のような空間がある。だがまったく安心はできない。


 ――囲まれている……。


 これまで自分たちを送り出してきた魔物が、自分たちの後ろに控えているのだ。

 背後には魔物が。

 そして、前方の城からは――。


「……魔王!」


 空から、魔王がゆっくりと現れた。

 黒い髪は美しく纏められ、角は手入れがされている。鎧はどこの国のものとも違った。魔界で魔人たちがつけている鎧とも違う。おそらく魔王のためだけに作られた鎧だった。金色の、魔王の意匠が象られた飾りが胸に輝いている。

 ゆらゆらと翻るマントには、威厳すら感じられた。

「くっ……」

 聞いていたこれまでの魔王とは違う、威圧感に圧倒されそうになる。だが勇者は剣を抜き、魔王に向けた。

「お前が、今回の魔王だな!?」

 勇者が声をあげても、魔王は何も言わなかった。

 まじまじと勇者の姿を見ている。

「……」

 魔王は震えていた。

「……巫山戯るな……」

 尋常ではない魔力に、勇者は剣を持って身構える。


「この私が、この私が……っこの日の最高のステージの為に、どれほど自分を磨いたかわかっているのか!!」


「……えっ」

 『ステージって何?』という疑問が勇者の頭に浮かんだ。ごく自然な反応である。

「私はこのステージのために最高の魔王としてここに立っているのだぞ! それをお前らは何だ! ボッサボサの髪にまったく均衡のとれていない装備!」

 魔王はむちゃくちゃに怒っていた。

「ふ、服とか関係あるか……?」

「ある!!」


 勇者の衣服はすり切れていて、鎧にはこれまでの歴戦の傷がつけられている。

 魔術師の少女や僧侶の少年に至っても同じで、ところどころに汚れた跡がある。


「えっ待って言ってる事が何もわからねぇ! そういう作戦!?」

「本音だ! 最高の勇者として来ずして何が勇者だ、お前らなど勇者アイドルとして失格だ! 二十点でも足りぬ!!」

「ブーブー」「ブー」

 周囲の魔物達からもブーイングが向けられている。

 ――なにそれ……。

「魔王様の言う通りだ!」「さっきから見てたけど、ちゃんとステージに立ってる自覚あるのか!」「何考えてんだ勇者!」

 ブーイングの合間を縫って、意味のわからない声が投げかけられている。

「私という魔王に対する、三人組の勇者アイドルユニット……、相手にとって不足はない。だが、なんだその有様は!? お前たちは人間界を背負っている自覚はあるのか!」

「魔王に言われたくないけど!?」

 なんで魔王に人間界の心配をされないといけないんだ。

 勇者も二人の仲間たちも完全に意味がわからずに困惑していた。

「そんな事を言われても……、俺たちだって、お前を倒すためにここまで来たんだ!」

「そ、そうよ! 私たちだって頑張ってきたのに!」

「いきなり勇者に選ばれて、ここまで来たんですよ!」

 三人はそれぞれ叫んだが、魔王は怒り心頭だった。


「ええい、もういい! 由里子!」

「はい!」

「誰!?」

 臆すことなく現れた由里子に勇者はさすがにびびる。

「魔王としてお前に命ずる! こいつらを――私に相応しい勇者としてプロデュースせよ!!」

「もちろんです、魔王様!!」

「は!?」

 困惑する勇者たちをよそに、由里子は燃えていた。


「人間たちの勇者として、魔王様に相応しい姿にプロデュースさせていただきます!!」


 この後。

 人間界に殴り込んだ魔王と由里子、そして魔物たちにより、勇者たちを勇者たらしめるプロデュースが始まったが。

 それはまた、別の話である――。

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魔王様、プロデュースさせてください! 冬野ゆな @unknown_winter

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