ネガポジ反転

あいきんぐ👾

ネガポジ反転

 暗い部分を明るくして、明るい部分を暗くする、ネガポジ反転。


 本来は写真の加工などで使う言葉だが、私はそれを自分の心に使っていた。


 高校を卒業した頃の私は、ひどくネガティブな少年だった。


 東京の大学に進学するにあたり、自分を変えようと思った私は、ネガティブな考えを無理やりにでもポジティブにとらえるようにしてみた。


 最初はなかなか、考え方を変えるというのは苦労したが、生来の能天気な性格だったこともあってか、しばらくすると自然とできるようになっていった。


 そして、考え方を変えることによって、私の人生は、良くも悪くも変わってしまったんだと思う。


 社会人になってからの私の人生は、たぶん普通の人生ではない。

 きっと普通の人が人生の中ですることがないような経験を、いくつもしてきた。


 いつからか、私の中で奇妙なことが起きていた。


 もう一人の自分が、空の上から私を見ているのだ。


 家にいても、仕事をしていても、誰かと遊んでいても、もう一人の自分は常に私を見ていた。


 いい意味で言おう。

 私はそのおかげで客観的に物事を見られるようになっていった。


 嫌な事があっても、全然、嫌だという感じがしない。

 逆に、いいことがあっても、うれしいと思わない。


 常にどこか、冷めていた。


 社会人になってから出会った彼女に、ある時、その話をしたことがある。


「自分が見ている視点のほかに、空からその自分を見てる視点も同時にあるんだよね。だから、いつも客観的に見てるような感じ」


 彼女は、そうなんだ、と頷いてから、ぽつりと言った。


「でも、キミって何か考え方とか子供っぽいよね」


 正直、私はその言葉に腹が立った。

 自分では、どちらかといえば大人な考え方をしているほうだと思っていた。


 でも、今ならわかる。


 上場企業でOLをしていた彼女の周りには、社会の中で色々な経験をしてきた先輩や上司がたくさんいた。


 そういった人たちと接している彼女から見たら、まともな社会人としての経験がなく、苦労や努力が嫌いで逃げたばかりいた私は、経験不足で子供っぽいように見えていたのだろう。


 実際、彼女から教えてもらった本や考え方などは、私がそれまで触れたことのない新しいものばかりで、すごく勉強になった。


 彼女はそう言う意味で、私のことを成長させてくれた恩人だった。


 「キミは自分がないよね」


 彼女は、何かの時にそんな意味のことを言った。


 そうかもしれない、と私は思った。


 客観的に物事を見ることができる、と言って調子に乗っていた私は、実はそのもう一人の自分からの視線を気にしてばかりいて、本当の自分というのを出すことができずにいた。


 何だかそれは、すごく不自由なことのように思えた。


 一体、私は何に対して気を使っているんだろう?


 そして、私は自分の気持ちに正直に生きようと思った。


 すると、いつの間にか、あの空から見ているもう一人の自分はいなくなっていた。


 私は、客観的に見てどうということよりも、自分がどう思うか、というのを一番に考えて行動するようになっていた。


 そして、考え方が変わった私は、彼女とも別れた。


 結局、私はただ彼女に気をつかって付き合っていただけだったんだと気づいたから。私を成長させてくれた彼女に感謝はしていた。だがそこに、本来の恋人同士にあるような感情は一切なかったのだ。


 私は数年ぶりに小説を書くことにした。


 今までは仕事や遊びを優先して、執筆をすることを無意識に避けていたが、最近ふと、思い出したのだ。


 小説家になることが、高校生の頃の夢だったことを。


 高校生の頃は、漠然と思い描いていた夢。


 でも、色々な経験をした今は、はっきりと感じる。


 私が書きたいこと、伝えたいこと。


 それを、一人でも多くの人に伝えたい。


 私の普通ではない人生。


 いい事よりも、悪い事の方が多かったような気がする。


 でも、それはかけがえのない私の一部であり、それがあるから、今の私がいる。


 ただ単純にネガポジ反転するのではなく、嫌なことは嫌な事として受け止めて、自分の人生に活かすこと。


 人生に遠回りも近道もない。

 無駄な経験なんてのもない。

 たとえ何もしなかったとしても。

 ただ妄想だけしていたとしても。

 それもまた経験だ。

 それが私の人生だ。


 ああ、小説のネタがいっぱいだ。

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