最終話 そして今日もまた、東の森で
冒険者ギルドへの殴り込みから、一週間が過ぎた。
その間にあった出来事は、とにかく、色々。色々だ。色々とありすぎた。
詳しく記せば、それだけでとんでもない分量になる。
それくらい、色々あった。
なので、大きなモノを二つだけ記す。
まず、トキシーさんの要求が実現されることとなった。
――グウェンさんによる『ドゲザ』。
それは私達だけでなく、冒険者ギルド職員や冒険者達の前で実行された。
もちろん、彼が何をしたのかを全て伝えた上で。
グウェンさんは自分の評判に固執していた。
自分が支援する『エストラ一党』の評判にも、だ。
それに泥を塗らないために、カーレンさんの失敗の責任を私に取らせようとした。
彼のやったことが何に繋がったかといえば――、
「ふざけんな!」
「あんた、結局、錬金術師なんかどうでもいいんじゃねぇか!」
という錬金術師達からの激しい罵倒と、それに加えて、
「あのポーションが買えなくなるとか冗談じゃないぞ?」
「『エストラ一党』以外はどうでもいいってことか、ギルドマスターさんよ!」
他の高ランク冒険者からの真っ白いまなざしだった。
「悪かった、すまなかったァ~! 俺が悪かった、許してくれェ~~~~!」
全方位から向けられる非難に、グウェンさんは泣きながら謝った。
しかし、結局彼は生き残れなかった。
グウェンさんはギルドマスターの職を追われた上、平職員に降格された。
何と、辺境伯直々のお達しだ。
錬金術師の地位向上を目指すギルドのトップとして相応しくないとのことだった。
まぁ、これについては私も溜飲は下がったかな。
そして次に『エストラ一党』だけど、エストラさんが潔かった。
「俺達は失敗した。だから、また最初から始めよう」
そう言って、彼はパーティーを解散してSランクも返上。
最低ランクから冒険者をやり直すことにしたのだ。
これには、誰も文句をつけられなかった。一党の他のメンバーも、だ。
カーレンさんは、投獄された。
ダンジョン探索失敗の主原因を作ったことと、ポーションの件で私を陥れたこと。
その二つを罪に問われた。
特に、前者の罪は悪質であると判断された。
彼は最悪の結末を遂げることになるだろう。誰もが、それを理解していた。
これらが、この一週間で起きたことのうちの二大トピックだ。
ギルドマスターが代わり、街の英雄だったSランク冒険者がその座を自ら退いた。
それを震源として起きた地殻変動は、アーネチカに様々な影響を与えた。
でも、それらは私には直接関わっていないので、別に触れる必要はないだろう。
冒険者ギルドとの取引を再開した。
それが、私がこの一件で勝ち取った唯一にして無二の結末だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
黎明。
夜の香りが強く残る薄闇が、立ちのぼる朝陽を受けて溶けて消えていく。
森を為す木々は陽がもたらすほのかな熱を受け、目覚めの朝露にその身を濡らす。
そのときに吸える空気の味は、この世で一番おいしい空気だと、私は思う。
この東の森で、最も薬草採取に適しているのが、今という時間帯だ。
夜の冷たさがほどけて、木漏れ日を受けた朝露がキラキラと輝いている。
その中を、私は歩く。
採取用のかごを背負い、ローブとマントを重ねて羽織り、顔を防護面を覆って。
――――で。
「……あった」
という言い方も失礼だろうか。私が見る先にある、濃厚ピンクの特大キノコ。
しかも、朝焼けの中にもうもうと立ちのぼる黒い煙も一緒に見える。
焼いてる。
あの人、またメギドダケを焼いてるよ。
それに気づくと、急におなかがすいてきた。
ついでに、私の口の中に大量の唾液が分泌されるのを感じる。
……美味しかったモンなぁ、焼きメギドダケ。
こうなることがわかっていたら、家を出るときに一緒に調味料も持参したのに。
「いつまでそこに突っ立ってるんだ~い?」
「ひゃい!?」
心を公開に浸しているところに不意に声をかけられ、私は跳び上がってしまう。
「今日は完全装備のピュリィなんだねぇ。何か案山子になっていたけれど」
「ぁ、いえ、あの、はい……」
何か、ものすごい恥ずかしい。
防護面で顔は見えてないはずだけど、トキシーさん相手だと見透かされてそう。
「はぅぅあぁ~……」
「何だい、変に身をよじって。ヨジリマナツルグサでもかじったのかい?」
羞恥に悶えていると、そんなことを言われてしまった。
ヨジリマナツルグサは、毒ではないがとにかくマズいことで有名な蔓植物だ。
身をよじるほどの強烈なマズさが、その名前の由来である。
「おはようございます、トキシーさん……」
「ああ、おはよう、ピュリィ。爽やかないい朝――、何でションボリしてるんだよ」
肩を落としてトボトボ歩く私を見て、トキシーさんが眉根を寄せる。
「何でもありません。焼きメギドダケできたら、一つください」
「え、ないよ、そんなの」
……え? ないの?
「あの、でも、焚火……」
「これ? 見てみるかい?」
トキシーさんが軽く横にどいて、私に焚火を見せてくれる。
すると、焚火の上に大きな鍋が置かれており、鍋の中で湯がグツグツ煮えている。
「……これは?」
「ペトラスの枝を突っ込んだ状態で、メギドダケを煮てるんだよ」
今回は焼くのではなく、煮ているらしい。
毒素を旨味に変換したあとでの、新たな調理法の開拓というワケか。
「こうするとね」
「はい」
「メギドダケの旨味が毒素に還元されるんだ」
「えッ」
一度変質した旨味が、毒素に還元……?
「しかも、ただ戻るんじゃなくて強毒化して、致死性を帯びるようになるようだね」
「ええッ」
メギドダケの毒素が、致死毒に!?
「ペトラスの木の成分が熱と水分で変質して、それがメギドダケに影響を与えてるとわたしは見てるんだけどね~。ってことで、いただきまァ~す!」
「ちょ、トキシーさんッ!?」
固まる私の前で、トキシーさんは笑顔で木の串を煮えたメギドダケに突き刺す。
そして、湯気を立てる熱々のそれをガブッと思い切りよく、一口。
「もっきゅもっきゅ。……ふんふん、なるほど。本当に味がなくなるなぁ。完全な無味無臭。そのクセ、毒性だけは生の状態よりバチバチに尖ると来たモンだ。ふぅむ」
そしてトキシーさんは、懐から出したメモにそれを記していく。
トキシーさんの毒物メモ。
そこに記された数多の毒を、彼女は自分の血を対価として召喚できる。
……それにしても、本当に平気なんだ。
毒が効かない体質だとは聞いたけど、致死毒を食べても全然平気そうだ。
これは、彼女を冒す『呪い』によるもの、なんだろうか。とか、考えていると、
「ギルドとの取引、再開だってね。おめでとう」
メモに色々書き記しつつ、彼女はそれをお祝いしてくれる。
あの殴り込みの日以来、トキシーさんと会うのは実は今日が初めてだった。
「はい。全部、トキシーさんのおかげです」
こっちを見てない彼女へ、私はペコリと頭を下げる。防護面はつけたままだけど。
「さてさて、それはどうかな? キミの頑張りがあってこその今だと思うけどね」
そう言ってくれるトキシーさんだからこそ、私はお礼を言うのだ。
そして、今ならば聞けるだろうか。ずっとずっと、抱えていたこの疑問について。
「トキシーさんは――」
「何だい?」
メモに書き物を続け、こっちを見ない彼女へ、私は尋ねる。
「どうして、私を助けてくれたんですか?」
たった二回会っただけの私を、彼女は助けてくれた。その理由が知りたかった。
どうして、私にあんなにも優しくしてくれたのか。
「ああ、それはね……」
トキシーさんがメモを閉じる。そしてその瞳が動いて、私を見る。
顔に浮かぶ笑みが、魔女のそれへと変質して――、
「わたしがこの世で一番嫌いなものが『
…………。…………え?
「いやぁ、本当にキミは最高の見世物だったよ、ピュリィ」
彼女は、その笑みをさらに歪んだものに変える。魔女の笑みから、悪魔の笑みへ。
「キミは本当に将来性のある、今の時点でも十分に優れた『薬師』だ。そんなキミが無様にみっともなく泣いて私にすがって、頼ってきたんだよ? 今だって、このわたしを尊敬のまなざしで見つめてくれていたじゃないか? ああ、本当に最高だよ!」
「トキシー、さん……?」
叫び、ゲラゲラ笑って、トキシーさんはその顔に恍惚としたものを浮かべる。
「嫌いなモノに好かれるのは苦痛だけどね、敬われるのは気分がいい。崇められるなんてまさしく最高の愉悦さ! 気持ちがいいったらありゃしない!」
彼女が笑みを深めるたび、私の中のトキシーさんへの敬意に亀裂が入っていく。
そうか、トキシーさんは心の中では私を笑っていたんだ。
必死に抗おうとする私を一番近い場所で面白がって楽しんで、観覧していたんだ。
そうか、そうだったんだ。そんな、そんなの――、
「……嘘つき」
「何だって……?」
綻ぶ口元を抑えきれず、私は呟いた。するとトキシーさんが軽く目を丸くする。
「嘘つき、って言いました」
「ハッ、何をバカなことを。キミはわたしが神様にでも見えてるのかい?」
トキシーさんが、私を鼻で笑う。
「見えます。私にとって、トキシーさんは神様です」
「……本気で言ってるのか?」
トキシーさんの顔から笑みが消えて、浮かぶのは戸惑いの色。
でも、私は本気。いたって本気だ。
この人は同じ錬金術師で、『
「トキシーさんが言ったことは本当かもしれません。あなたは『薬師』が嫌いで、私もことも、わざわざ今みたいに近くで嘲笑うために助けてくれたのかもしれません」
「しれません。じゃないって。それが真実だって言ってるだろ?」
「絶対嘘です」
「何でそう言い切れるんだい?」
にわかに苛立ちを見せ、声を低くする彼女へ、私は『答え』を突きつけてやる。
「あなたがカーレンさんに見せた『怒り』は本物だって、私が信じてるからです」
そうだ、あのとき。
カーレンさんに向かって爆ぜさせた、トキシーさんの『怒り』。
私はトキシーさんのことを何も知らない。
でも、あの『怒り』だけは本当だって感じた。私のために怒ってくれた。って。
「だから、嘘です。99%、本当だとしても、残り1%は嘘です。私にとってはそうなんです。あのときの『怒り』はニセモノじゃないって、信じてるから」
「…………」
私の主張に、トキシーさんは口を半分開けたまま、呆れたような、呆けたような。
そのままの状態で彼女は私を見つめ続けて、一秒、二秒――、
「……そんなものを根拠にこっちの言い分を嘘と言い張るとかさぁ」
困ったように髪を掻いて、トキシーさんは目を逸らす。
「キミ、前から思っちゃいたけど、実はタフだよな。はぁ、全くさ……」
そして、彼女はつっけんどんに言う。
「悪かったよ」
「トキシーさん……」
「『薬師』が嫌いなのは本当だ。……でも、キミのことは面白いヤツだと思ってる」
彼女は語る。少しだけ、申し訳なさそうに。
私にはそれで十分だった。嫌われていない。それが私が欲しかった『答え』だ。
同時に、新たな疑問も湧いた。
トキシーさんがどうして『薬師』を嫌うのか。
その疑問に対する『答え』も、いつか聞くことができるのだろうか。
とか思っていたら、何やらトキシーさんの方から視線を感じる。
「でもなぁ、ピュリィ。わたしなんかとツルんでもいいコトないぞぉ~? ほら、わたしって呪われてるし、こんなにも美しくて神々しくて、すごく目立つだろ~?」
「そうですね、髪のピンクが下品通り越して一周回ってやっぱり下品ですよね」
「……言うねぇ、キミも」
苦笑するトキシーさんが、茹ったメギドダケの入った鍋を焚火からどかす。
実のところ、私は気づいている。
この人の派手な格好は、いうなれば毒キノコの『警戒色』のようなものなのだ。
周りに人を近づけさせないために、あえて際どい格好をしている。
確証は何もないけど、そんな気がしていた。
私に悪態をついたのも、きっと私を遠ざけたいから。
その理由もまた、新たな疑問。いつか絶対『答え』を聞かせてもらおうと誓った。
トキシーさんが「はぁ~」と長々と息をつく。
「味のないキノコをかじるのにも飽きたよ。焼こうか、メギドダケ」
「やった~!」
「今日は何と、調味料も用意してまぁ~す!」
「やったァァァァァ~~~~!」
そして今日もまた、東の森で私と彼女はメギドダケを焼いて食べる。
この美味しさを知らないなんて、確実に人生損してる。
思いながら、私は色々と黒い毒魔女さんと一緒に焼きメギドダケに舌鼓を打った。
毒魔女さんは色々黒い はんぺん千代丸 @hanpen_thiyo
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