▽残り六日と五日の狭間

 ふと目が覚めた。何故か分からないが、凄く目が冴えている。前を見ると、夜トがスースーと息をしながら寝ている。今思えば、夜トの寝顔を見るのは初めてだ。

――まだ子供なのに……あんなことを淡々と……。

 夜トと一緒にいればいる程、夜トが超人のように思えてならなかった。何故なら、母親と思いを寄せていた子が売春をしていて、母親は自殺し、父親は逃げ。作った話のように不幸が積み重なっている。なのに、夜トはそれを客観視しているかのように淡々と話した。

 何故話しているときに苦しくならないのだろうか。初めてであったときや、山の上だとあんなに泣いていたのに。

 やはり超人――いや少しズレているのだろうか。深淵の人間の心理は全く分からないが、ここまでひどい物なのだろうか。

 夜トの話を聞くと、私のいた環境がどれだけ恵まれているかが分かった。どれだけ下の人間を見下す精神ができあがった母と父がいたからって、環境は夜トと違って自分の味方だった。

 そして、私はそれを嫌って逃げ出した。私は逃げ出せた。でも、夜トは逃げ出せていない。夜トの言葉が脳裏で再生される。

『だから、抜け出せなくなったんじゃなくて元々抜け出せないんだ。責任と同じように深淵がその人間に付きまとうから』

 やはり、私は恵まれていた。逃げるという選択肢があったから。

 そう思うと、夜トに申し訳なくなってきた。恵まれていたのに、恵まれなかったかのように云ったからだ。

 恵まれた環境を嫌って捨てた私のことを、夜トはどう思っているのだろうか。馬鹿だと思っているのか、頭が可笑しいと思っているのか。いいようには思っている筈がない。

 じゃあ何で夜トは私と一緒に行動してくれているのだろうか。私を好きだからだろうか。

――夜ト、君は何を考えているの?

 心の中でそう思いながら、夜トを見る。

 すると、まるでそれに対する答えのように夜トが寝言を云った。

「好きだ……」

 びっくりして叫びそうになるのを堪え、頭まで毛布に潜り込んだ。

――私も好きだよ。

 もっと長く生きられたらな――そんなことを思ったのは人生で初めてだった。

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