41、第一皇子、『極刑の上コース』を思いついてしまう

「処刑?」

 エミュール皇子が「何の罪で、どんな罰を受けたんだい? 公爵夫人に前科があるとは、聞いていないよ?」と不思議そうにしている。イゼキウスも、傍らに立つアシルも首をひねっている。

 

「私が裁かれた罪は、皇族殺しです。そして、受けた罰は火刑。火あぶりにされて、私は死にました」


 玉座の間には「何を言っているかわからない」という沈黙が訪れた。エミュール皇子はその沈黙を破り、続きを促した。


「よし、続けて聞いてみよう。話してほしい」


 ディリートは、覚えている限りの記憶を話した。

 一度目の人生で、自分の作法がそれはもう酷かったこと。無礼を極めていたこと。会話も噛み合わず、ランヴェール公爵との初対面が悪印象だったこと。

 彼が変身していたであろう『プリンス』を拒絶して、父の毒薬を見つけられて、恐らくそのあたりで関係が絶望的になったこと。

 

 そして、イゼキウスが心の隙間につけこむように近付いてきたこと。

 自分の心や感情や弱い部分を見せて、ディリートに親近感を持たせたこと。

 そして、ディリートを利用して、最期に裏切ったこと。

 

「すっごい気分の悪い話ではないか。最低ではないか?」

 エミュール皇子はそう言ってアシルの顔を見て、サッと視線を逸らした。


「まあ、続きを聞こうではないか。うん。そう殺気立つのは、健康に悪い……」


 ディリートは夫を気にしつつ、母の形見で「やり直し」の機会を得たことを話した。形見については夜会でも話題に出ていたので、皆が「なるほど」と頷いた。


 二度目の人生で自分が復讐を画策してきたこと、一度目の人生で得た知識や振る舞い方がとても役に立ち、その結果として現在の自分たちに至ったのだと語ると、話を聞いていた全員が「なんだかすごい話を聞いてしまった」という面持ちになったのだった。


「一度目の人生の私は、酷い夫ではありませんか?」

「よし、アシルは少し黙っていてほしい」

 自分に対して不満を覚えたらしきアシルをなだめつつ、エミュール皇子は玉座の上で足を組んだ。


「そうそう、この玉座。皇太子でもないのに勝手に座っているけど、なかなか座り心地がいい」


 エミュール皇子はそう言って、ディリートを近くに招いた。


「私は、こう見えてなかなか察しが良いと言われているのだ。つまり私の聖女は、なんか憎んでいた相手の助命をしたくなってしまって困っているのだろう。裏切られたし最低だと思っているけど良くしてもらった思い出もあって、子供も泣いていて、優しい一面みたいなのを見せたりされちゃって、複雑な感じでほだされちゃっているのだろう。おお、悪い男だねぇ、私の従兄弟は」


 エミュール皇子はアシルを見て、「ほうら、そなたの夫が嫉妬している。これは健康にいい」とニコニコした。


 そして、西の方角をチラリと見て「父も殺すなと言っていたのだ」と呟いてから、イゼキウスを見た。

  


「ところで、どうして皆、私が『こんな風に処刑する』とまだ言っていないのに『殺すな』と言うのかな?」


 エミュール皇子の赤い瞳がイゼキウスを見つめると、イゼキウスは強気に「殺せ!」と言い放った。

 

「お前は、夜会で罪を数えただろう。どう考えても極刑にあたいする俺の罪を」


「うん」


 エミュール皇子は、玉座から滑り落ちるようにして床の絨毯の上に座った。


「反省がないな、従兄弟どの。気に入らないぞ、イゼキウス」

 四つん這いの動物になったみたいにエミュール皇子がイゼキウスに近寄ると、イゼキウスはギョッとした顔でのけぞった。


「な、なんだよ。こっちに来るなよ……首に噛みついて一発逆転狙っちまうぞ」


「おお、恐ろしい。そして、罪の意識も謝ったりするつもりも皆無と。エミュールにはそう感じられるのだな、このイゼキウスという従兄弟からは、『俺は悪い奴だが、何か?』『エミュールに頭を下げて生き恥晒すのはいやだ。最期まで堂々と偉そうにしているからさっさと殺せ!』って感じのどうしようもない感じしかしないのだ」


 

 エミュール皇子はそう言ってその場に落ち着いた。

 

 

「さて、私を支持する者たちに、エミュールは問いたい。こういう男をさくっと殺しても、溜飲りゅういんが下がらぬのではあるまいか」


「だって、死ぬときは一瞬だし、死んだらそれっきりであろう? 楽にさせてしまってどうするのだ。お金だって、イゼキウスのせいで色々な方面でそれはもう大量に消費されたのだ。そんな被害を出すだけ出して『反省もしないし謝りもしない』で死なれても、やり逃げされたみたいで私は嫌なのだ」

 

 エミュール皇子はそう言って、これまでの日々の辛酸しんさんを語る。

 

「何度も死にそうになったし、こんな体になってしまったし、父にはあんな扱いをされるしで、私の心は深く傷ついた。わかるか、イゼキウス? この繊細なハートの痛みがわかるかね? 私はそなたにとても腹が立っていて、『極刑の上コース』を追求していきたい。そなたが泣いて『エミュール様すみませんでした』と謝ってくる姿を絶対に見たいのだ」


「極刑の上ってなんだよ。極刑はその名前の通り、最も重い刑罰だろ。死刑だろ。お前は何を追求するんだよ……せっかく聖剣も持ってるんだし、普通に良い皇帝になれよ……」


 イゼキウスは引き気味であった。


「まず、死刑はいつかする。でも、すぐにはしないのだ。私が『じゃあそろそろ死刑にするかな!』と思ったら死刑にする!」


 エミュール皇子はキラキラした目で考えを発表した。


「死刑の前に、皇族の身分ははく奪する。当然だな。公爵の爵位も財産も没収。そなたは労働階級となるのだが、私の監視下におかれ、自由行動はできぬ。労働階級なので、もちろん民に混ざって汗水垂らして毎日労働しないといけない。これは義務である」


「仕事が終わって家に帰ってからも働くのだ。民は、それを内職と呼んでいる。魔宝石に魔法をこめる仕事などはどうだろう。温石でも大量生産するとよい。そなたの温石で北方の民がポカポカするのだ、とてもよい! 一日五千個くらい作れ。そなたが稼いだ金の三分の一は、そなたのせいでかかった諸費用にあてる。三分の一は慈善事業にあてられる。残りはそなたの生活費とする。たくさん稼ぐのだぞ」


「ああ、それと、夜中に『ドキドキ暗殺タイム』を設ける! 私が暗殺したくなったらその時間に暗殺者がくるかもしれぬ。怖いか? そなた、怖がるであろうな? 夜中にブルブル震えて過ごすのであろうな? 翌日は睡眠不足で働かねばならぬな? ……毎日、今日が最後の一日かもしれないと思って生きるように」


「そなたのせいでかかった諸費用を全額払い終えて、そなたが一番死にたくないと思ったタイミングで最後の刑を執行する。そのときは、泣いて『エミュール様すみませんでした』と謝ってくるようになっているだろう。覚悟するように……」


 一通り話してから、エミュール皇子は「そうそう」と優しい声で付け足した。


「もし私の体が後継ぎをつくれるまでに成長できたら、『ドキドキ暗殺タイム』くらいは無しにしてやってもいい。ゆっくり眠れるようになるゆえ、そなたは私が健やかに成長するよう、毎日祈るといいぞ!」


 こうして、イゼキウスは『極刑の上コース』に処されたのだった。

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