30、『落ちくぼ姫』の結末はどのようでしたか

 やがて、第二皇子の誕生日を祝う、皇室が主催するパーティの日がやってきた。


 パーティは夜に行われた。


 空は曇っていて、星も月もすっかり隠れてしまっている。

 暗い夜だ。

 だが、地上はオレンジや黄色の灯りで華やいでいて、自然の暗さに抗って明るい夜を演出している。

   

 夫であるランヴェール公爵にエスコートされたディリートが招待状を手に会場に入れば、好奇の視線が痛いほど注がれる。

 

「ランヴェール公爵夫妻だ……」

 貴族たちが順に挨拶に訪れる。挨拶の輪の外側からは、噂がたくさん聞こえてくる。注がれる視線は、好奇心いっぱいだ。


「共布の衣装とは、仲睦まじいという噂は本当のようで」

「お互いの色をしたアクセサリーを身に着けていらっしゃるわ。素敵」 

「先日の張り紙、ご覧になりました?」


 シャンパンゴールド色をした装飾天井に、クリスタルをじゃらじゃらと下げる豪奢なシャンデリアが一定間隔置きに並んで光の華を咲かせている。壁はあたたかみのある赤銅色で、流行の繊細な装飾がびっしりと施されている。足元はやわらかで厚みのある落ち着いた色合いの絨毯が敷かれていた。並ぶ丸テーブルのテーブルクロスは瑠璃色で、所せましと並ぶご馳走を、薔薇を象った燭台の光が明るく照らしている。

 宮廷音楽家たちが優雅な音楽を奏でる近くで、宮廷画家たちは夜会風景を描いていた。


 主催である皇族の入場前の貴族たちは、派閥ごとに集まっている。

 ランヴェール派に囲まれて、ランヴェール公爵はおっとりとゼクセン派の貴族の輪に視線を向けた。

 

「ディリート。そなたの家族がいますね。そなたの父君は仕事が減って休めると思ったのですが、どうもお気に召さなかったようで」

 5回も騎士を立てて土地の権利を争ったのだ、と告げる声は、感情を慎重に殺しているようだった。

「派閥同士の絆を深めるための婚姻であったのですし、妻の実家を世話するのは夫として当然のことです」


 ランヴェール公爵はそう言って、ディリートの家族をランヴェール派の輪の中に招いた。


「お久しぶりです、お父様。お義母様、フレイヤ」

 父ブラントが挨拶を返し、義母ビビエラはフレイヤの肩を抱いて守ろうとするような気配を見せている。フレイヤはというと、以前と少し雰囲気が変わっていた。義姉と自分の衣装を見比べて「どうしてこうなったのかしら」と呟く声には、地に足が付いた感じがあった。


「ランヴェール公爵の友好とは、土地を奪うことなのだなと感じ入っておりました」

 父ブラントの声には、真綿でくるもうとして失敗してむき出しになったような敵意があった。

 これに対して、ランヴェール公爵は礼儀正しく完全に無感情な声を返した。

「カッセル伯は、ご家庭でかの有名な『落ちくぼ姫』を再現なさっていたようですね。『落ちくぼ姫』の結末はどのようでしたか」


 

 周囲からささやきが聞えよがしに投げられる。


「あら、晩餐会だと思っていましたが、演劇でも始めるのかしら」

「カッセル伯爵家は実際に公爵夫人を落ちくぼ姫みたいな扱いにしていらしたのですって」

「聞いたことがありますわ。噂がだいぶ前から……」

 

 

 そんな周囲を勝気な様子で見渡して反応を返したのは、義母ビビエラだった。

「物語と同じセリフをとなえましょうか? 落ちくぼ姫の義理の母は、こう申し上げるのですわ……『お腹を痛めて生んだ娘が可愛い気持ちは、あなたも子供ができればわかります』……!」

「忠実に再現なさったご様子で」

 ランヴェール公爵はビビエラに目を細めた。微笑は神々しいほどに美しく、周辺が数秒間沈黙して見惚れたほど。

 ビビエラもまた、くちをつぐんで赤く染まる頬に手をあてていた。父ブラントはそんなビビエラを見て「お、おいっ? 何をうっとりしているんだっ?」とショックを受けている。

 

「もちろん、現実は物語とは違います。ディリート、そなたもそう思いませんか」

 ランヴェール公爵は華やかな声で妻を促した。


(この空気の中で、私に何を言えと?)

 ディリートは曖昧な笑顔を夫に返した。


「皆さんご存じかもしれませんが、アシルは妻に弱いのです」


 ディリートはギクリとした。

(お待ちになって、公爵様? この流れは、何かしら)


「妻はとても心がきよらかで、優しい……」


(公爵様!?)  


 この流れは、聖女の顔をして「私、恨んでいません。家族が苦労せず生活できるように、土地を返して差し上げて」とか言う流れではあるまいか。そして、公爵は「そなたが言うなら」と土地を返すのだ。

 ディリートの心がザワザワした。


「……わ、私は……」


 この綺麗な夫は、そういう妻を望むのだ。

 きっと、美談になるだろう。

 全て丸く収まるのだろう。


 そう思いながら、ディリートはくちびるを震わせてうつむいた。

 

 と、そこに。


「気持ちの悪い催し事をしているな。何が落ちくぼ姫だ。心がきよらかで、優しい? ははっ、虫唾むしずが走るぜ。ばぁか」


 不遜な青年の声が響いて、全員が視線を移した。


 視線が集まることに慣れた様子であごを上げ、傲慢な目を見せるのは、イゼキウスだった。

 

 皇族が次々に入場するので、貴族たちは談笑をやめて敬愛を示し、彼らを迎えた。皇帝が皇妃を伴い挨拶をして、第二皇子が生誕祝いに集まってくれたことへの謝辞をのべると、その場は「生誕祝いの魔法演出披露会」が始まる定時まで自由歓談時間となった。着座する皇帝の隣には、見慣れない男がいた。いかにも貴賓といった雰囲気だ。通常であれば「こちらの方はこういう方だ」と紹介するはずなのだが、皇帝は紹介する気がない様子だった。


「グレイスフォン公爵殿下は、罪に問われているのでは?」

「拘束もされずに堂々と夜会に?」

「……見慣れない方がいるではないか」 


 疑念の声がささやかれる中、ランヴェール公爵は妻を伴ってエミュール皇子を中心とした大きな派閥の輪をつくった。ゼクセン公爵がそれに続き、第一皇子派貴族たちがエミュール皇子に順に挨拶をすると、皇帝は「第一皇子は多数の貴族に支持されているようだな」と穏やかな口調で感想を述べた。


「しかし、エミュールは背は伸びたのか? 余の後継者になりたいなら肉体的にも成熟した男子にならねばな」

 

 ゴブレットを傾けていたエミュール皇子は、その言葉にやわらかな笑顔を返した。


「伸びました。すこし」


 真偽はわからないが、めでたい。

 

 臣下の誰もが和む中、エミュール皇子はニコニコとしながら父皇帝に問いかけた。


「ところで、父上はなぜ罪人を夜会に連れていらしたのですか」


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