第5話

晴れた霧の先に幾千の兵が並び、幾多の神旗が風になびいている。


そこへ、先程政虎と呼ばれた一騎の騎馬武者が川を超向かっていく。


その騎馬武者は上杉景虎。


後の上杉謙信。


妻女山に陣取ったはずの、慌てふためき下山してくるはずの、上杉軍が晴れた霧の中に整然と並んでいた。


「な、な!!!!上杉軍が!!」


良く鍛えられた武田軍も驚きを隠せない。


なんせ武田の主力12000の兵は妻女山の攻略に向かっている。


ここ八幡原には8000の兵で迎え撃つ作戦であった。


対する上杉軍は軽くその倍をもって今にも攻めかかろうと、戻って来る景虎の合図を待っていた。


その陣形は


車懸かりの陣


いわゆる波状攻撃を主とした陣形である。


「車懸かりか…。」


信玄は報告を受けると、小声で言い、近くにいた内藤正豊に


「急ぎ鶴翼の陣整え迎撃の態勢を整えるのじゃ。」


と伝えた。


「はっ。」


正豊はそう返事をすると、急ぎ近くの陣太鼓の元へ行き戦闘準備の太鼓を打たせようとした。


と、その時


自陣に戻る景虎の右手が上がった。


同時に凄まじい怒号と共に上杉軍が景虎を追い越し突撃を開始した。


「まずい。早う叩け!」


正豊は急ぎ陣太鼓衆に伝える。


が、その太鼓の音は上杉の怒号にかき消された。


「なんと…」


正豊は絶句した。


上杉の第一陣の勢いの大きさに。


これが何重にもこれから襲い掛かって来る。


それが車懸かり。


そこへ


「正豊!諏訪の太鼓を使え!!!」


信玄が馬にまたがりながら言う。


「諏訪の…。八幡原におるのでございますか!?」


「勘助の手配でな。正豊!どうにか耐えるぞ!」


と、信玄は正豊に言うと自陣を駆け出した。


正豊は急ぎ信玄の陣幕の裏に控える諏訪太鼓衆の元へ駆け付けた。


そこには片膝を付き指示を待つ21人の太鼓衆が待っていた。


「早急に陣の整然の太鼓を打て!」


正豊は焦りながら言う。


「はっ。」


太鼓衆はそう返事をすると、一斉に太鼓を打ち鳴らした。


先程の陣太鼓とは比べ物にならない程の太鼓の音が八幡原に広がる。


瞬時に八幡原で狼狽していた武田軍は陣形を整え始めた。


「…まこと、この太鼓衆は…。」


正豊は感心した。


が、上杉の一陣は取って返し、第二陣が既に猛攻を開始していた。


「ぐぬぬ。」


信玄は戦況が見える場所に移動しながら、声を鳴らした。


「さすがよの。」


宿敵景虎の策に感心しながら、その頭では打開策を練っていた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

courage of war durm  ~戦場に輝く太鼓の音色〜 岩 大志 @taishi0932

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ