第16話

 私の熱が下がりきった二日後の朝、アンドリュー死亡の知らせが届いた。「私達」の復讐がようやく終わった。もしかしたらまだしばらく悪夢は見るかもしれないが、そこに出てくる化け物は死んだ。それを知らせられるのは、ナタリーしかいないけれど。


「棺を持ってお迎えに上がりましたら、正装で胸に赤いバラ抱いてお眠りになっておられました。バロック音楽の流れる中で、棺にお納めいたしました」

 ディーンの時より多いオートマタ達によって下ろされていく大きな棺を見送りながら、ラジーヴが報告をする。


 サイによると、アンドリューは限界まで追い詰められた心臓で豚のように荒い息を吐き泡を吹きながら死んだらしい。突き上げられながら神に許しを乞いていたと言うから、少しは反省したのだろう。

 あのオートマタ達は、「処理」を終えたあと速やかに地下室へ戻っていた。以前なら数日前の命令をどうやって維持できているのか疑問に思っただろうが、今はもう。


――だからジョスリン、あと四人よ。


 目を覚ましたら朝で、ちゃんとベッドで眠っていた。サイは何も気づいていない。おそらくは「気づかれぬように」戻されたのだろう。それができるのはラジーヴくらいだが……あれが夢でなければ、私を部屋へ運んだのは。


「復讐かくあるべし、でございました」

「知ってたのか」


 ラジーヴの声に即座に反応したのは、私ではなかった。隣を見上げると、気づいたサイが小さく詫びる。今にも雨の降り出しそうな曇天の今日は、サングラスなしでも外出できた。


「正義を振りかざしたつもりはないわ。同じくらい、汚いことをした。イアンは、今頃ほくそえんでいるでしょうね」

 今回は周囲を確かめてから、白いバラの花束を新たな墓に投げる。本当にそこへ入っているなんて、もう信じていないが。


 ABCDEとH。これで六人の兄妹が死んだ。残るは四人。イアンが狙うのは当然フレデリックと憎み合っているギデオンだろう、と思うのがフレデリックだ。あいつは馬鹿だから、次に死ぬ。


 イアンの性格を考えたら私は最後だ。少なくとも、ギデオンが死んだあとだろう。私を徹底的に崩してから殺そうと思っているはずだ。

「でもこれでもう、誰も餌食にはなりません」

 隣で噛み締めるように言うサイに頷く。それだけは確かだし、それだけでいい。


「ねえラジーヴ。お父様はどれくらい皆の情報を把握していたの?」

「ほぼ全てと申し上げても過分ではないと存じます。アンドリュー様の罪深き性癖、バーバラ様の道ならぬ恋、クラレンス様の虚飾による困窮、ディーン様のギャンブル狂い、エレイン様の差別思考、フレデリック様の救いがたい愚鈍さ、ギデオン様の蛇の如き執念深さ、ハンナ様の偽善ぶり、イアン様の苛烈な冷酷さ、そしてジョスリン様の危うい傲慢さ。本土を離れたあとも、全てご存知でいらっしゃいました」


 どうやって、なんて聞いたところで無駄だろう。オートマタが喋って踊るくらいだ、父ならどうとでもできる。


「私達を罰したかったの?」

「いえ、決してそのようなことはございません。旦那様は、完璧な人間など存在せぬことをよくご存じでございました。その脆弱さを慈しまれることはあっても、断罪なさることなど決して」


 ラジーヴの声に頷き、父の墓を眺める。梅毒で死亡、か。


「お父様に恋人は?」

「特定の方は、いらっしゃいませんでした。時々本土に船をおやりになって、稼げない悪女を数人、島へお呼びに」

「お父様らしいわね」


 苦笑のあと手を組み、少し祈ってから屋敷へ向かう。


「ラジーヴは、この一件が済んだらどうするつもりなの? 私はお父様の財産管理を頼みたいけど、したいことがあるなら優先させるわ。母国へ戻るのなら退職金は弾むし、世界一周に出掛けたいのなら十分な休暇を与えるつもりよ」

「お心遣い、深く感謝いたします。私は命尽きるまで旦那様にお仕えしたく存じます。財産管理をお命じいただけるのであれば、それ以上光栄なことはございません」


 慇懃に答えたラジーヴに頷く。私の思い描く未来で、ひとまず問題はないらしい。まあ、私が生き残ればの話だが。


「相談なんだけど、オートマタの技師としてギデオンは必要なんじゃないかしら」

「いえ、技師の仕事は既にオートマタが務められるようになっております。島ではそのようにして動かしておりますので」


 オートマタがオートマタのメンテナンスをする様子は、以前屋敷を見て回った時に確認した。本土でオートマタがその仕事をしていないのは「できないから」ではなく、人間の仕事を奪うからだろうとギデオンが察して言った。最終的に、人間の仕事は脳にまつわる部分だけになるだろうと。でも昨日のあれが夢でないのなら、その仕事もなくなるかもしれない。ラジーヴは、どこまで知っているのか。


「でも、脳を作成するのはさすがに無理じゃない?」

「ギデオン様に、座をお譲りになりますか?」

「どうやっても一人にしたいのね」

「それが旦那様のご意志でございますから」


 読めない胸裏に溜め息をつき、歩を進める。平等に分けられないのなら、最初から一人にすればいい。ぶっとんでいて父らしい考えではあるが。


 ふと感じた視線に、後ろを振り向く。サイの背後では、オートマタ達が墓の周りで草むしりをしていた。その後ろは、咲き乱れるバラの茂みだ。


「お嬢様」

「……なんでもないわ」


 粘りつくようなものを感じたのは、私だけらしい。イアンならもっと分かりやすい殺意を向けるはずだし、サイも気づくだろう。向き直り掛けた時、ふと一体のオートマタと視線が合う。温度のないガラス玉が、今は一際疑わしい。


「少し、神経過敏になってるみたい」

「お薬をお持ちいたしましょうか」


 ラジーヴの申し出に、頭を横に振る。


「いいわ、鈍くなる方が困るから。ここから先は、イアンとの勝負だもの」

「そうでございますね」


 臥せっている間も、射撃場で銃を打つ音はコンスタントに響いていた。あちらは着々と牙を研いでいる。


「ねえ、ラジーヴ。ギデオンに、ランチまでダンスの相手をして欲しいって伝えてくれないかしら」

「承知いたしました。ほかに、お言葉は添えられますか?」


 和やかな声で尋ねるラジーヴに思い浮かぶ言葉はあったが、口にするのは幼い頃から得意ではない。「ありがとう」は恥ずかしくないが、こちらはどうにもむずがゆい。心では言いたいのに、幼い頃から声にするまでに時間が要った。


「……『ごめんなさい』って言っといて」

 確かめたラジーヴとサイが微笑んでいて、思わず眉を顰める。

「何か言ったら殴るわよ」

 私の睨みに応えて、二人は黙ったまま繰り返し頷く。黙っているのに、頭上の吹き出しが「大きくなられて」「成長なさいましたね」と言っていた。うるさい。


「ギデオンが来るまで訓練するわ。二日も寝てたから、体がなまってるの。サイ、付き合ってちょうだい」

 ごまかしたくて変えた話題に応えないサイを小突く。


「もう喋ってもいいわよ」

「承知いたしました」


 笑って言う私に、笑って答えた。


 屋敷の中へ入ると、ふわりとバラの香りが漂う。そこかしこに、溢れんばかりに活けられている。でもこの見事なバラを育てたのも、活けたのもオートマタ達だ。人の手が育てることに、活けることに美しさを見出す人達の目には、このバラは味気なく見えるのだろうか。オートマタの料理は「食えたもの」ではなくなるのか。オートマタが描いた絵は偽物か。詩は駄作か。


 ……でもあれは、機械オートマタじゃない。父は、何を目指していたのだろう。

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