1967年12月19日

第1話

 今回の被害者は、六十二歳の無職男性。昨晩近くのパブで一杯引っ掛け帰宅中に路地裏へ引き込まれ、背後から刺されて死亡した。凶器は幅の細い短剣、率直に言うなら「ペーパーナイフ」だ。肋骨の六番と七番の間から心臓を一突きされている。惚れ惚れするような鮮やかさだ。


「『無職』って、大戦と朝鮮戦争を生き抜いた退役軍人だぞ」

「現役軍人なら勝てるでしょうね」


 渡されたメモに舌打ちする俺に、遺体を確かめ終えた監察医が腰を上げながら答える。監察医のほかには制服警官一人と補助役のオートマタが二体、責任者はまだ来る気配がなかった。


「ロンドン市警では、こんな緩い捜査が許されるのか? こんな現場まで、白いやつオートマタ任せとは」

「まあ、刑事にも『いろいろな役目』がありますので」


 皮肉っぽく笑うと、仕事を終えた鞄を下げて車に戻って行く。その後ろへ滑り込んだ車から現れたのは、この捜査で現場指揮を執る警部補だ。年は五十五だったか、正直その階級に見合う仕事をしているとは思えない。


「おはようございます」

 声を掛けた俺に、警部補は帽子の前を少しもたげる。でっぷりとした体を高そうなスーツに詰め込み、カシミアと思しきコートで包んでいた。磨かれた革靴といい、「上のお気に入り」はいろいろと待遇がいいのだろう。


「おはよう、テイラー巡査部長。早いな、朝食抜きか? まだならそこの角にある店がおすすめだ、ソーセージが旨い。コーヒーは湯の味がする」

「残念です、私は旨いコーヒーさえあればそれで満足なので」


 答えた俺に鼻で笑い、警部補はオートマタ達により運び出される遺体を見送る。


「同じ手口だったか」

「おそらくは。背後から、六番と七番の間を迷いなく突き刺しています。これで七人目ですね」

「男も女もいれば年寄りも若いのもいる。職業もばらばらで、共通していることは『ロンドン市内に住む大人』だ。さて、若きゆうの見解は?」


 警部補は肉付きの良い顎をさすりながら、目を細めて俺を窺った。


 被害者を出し続けるロンドン市警の失態に、業を煮やしたスコットランドヤードが俺を送り込んだのは今月頭だ。やりがいのある事件を任せられるのはありがたいが、現場がクソすぎる。まあそれはともかく、だ。


 一人目の被害者が出たのは今年の六月末、それから毎月一人ずつ、同じ手口で市民が殺されている。着任当初は杜撰な捜査で証拠を見落としているのだろうと予想していたが、それを差し引いてもあまりに手掛かりがなさすぎるのだ。凶器はもちろん、目撃者どころか足跡一つ残されていない。


「プロの犯行であることは間違いありません。ただ、なぜプロが無作為に市民を殺すのか。しかも月に一人だけ、殺しを楽しむにしては地味で被害者に苦痛を与えない方法です。愉快犯ではない。まるで、義務をこなしているかのような」

 ふと脳裏をよぎった記憶に、視線を路地裏へやった。


 隅で朽ち果てているオートマタは、フィッツウォルター社のものだ。他社の追随を許さぬ優秀な性能で、戦争では多大なる貢献を果たした。業務用モデルは軍や警察を始め消防や病院にも多数導入され、見ない日がない。警察では、見た目にちなんで「白いやつ」と呼ばれている。


 市販モデルはほぼ富裕層が買い占めていて、特に希少性が高まった今の価格は天井知らずだ。廉価版は市民でも購入できる価格帯だが、車と同じで買えば終わりではない。あれは、メンテナンス代が払えず廃棄されたのだろう。


 ……フィッツウォルター、か。


「どうした、プロのお友達でも思い出したか?」

 嘲笑交じりの声に、いえ、と短く答える。どこかから聞こえ始めたクリスマスソングを耳に流しながら、ぎらつくガラス玉の瞳を見返した。

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