第7話 戦火の王国③

 フレイヤ、サラマンダーの持つ剣はともに実体剣改。

 重装甲に守られた装甲騎士には普通の火器ではダメージを与え辛い。

 そこで有効となるのは、光学刃部を用いた熱量により敵装甲の表面を焼き切り、剣の質量でさらに押し広げる質量攻撃が可能な武器攻撃が必須になっている。

 精霊機にも特殊な装甲が用いられており高い防御力を誇る。


 フレイヤ長剣は片側が光学刃部、反対側の大部分が実体刃になっている。

 対してサラマンダーの大剣は両刃が光学刃になっている。

 両方とも武器の特性と機体のパワーにより、並みの装甲なら一刀両断してしまうほどの威力があった。

 その一撃はさしもの精霊機あっても破壊を免れまい。だが白銀と真紅の二機は微塵もひるむ様子を見せなかった。

 

「はあはあ……」

「くっくっく、さっきの威勢はどうした?」

 

 ベンヴォーリオの言葉通り、苦しい体勢に追い込まれてゆく。サラマンダーの嵐のごとき剣戟を捌くには、ロミナイールにも強い集中力が求められる。

 一流の剣の使い手であるベンヴォーリオと護身術をたしなむ程度のロミナイールでは力の差は歴然であるが、そうさせないのはやはり機体の性能差であった。


「どうした、どうした!」

「くっ! このおぉぉぉ!」


 ロミナイールはだんだんと攻撃をさばけなくなっていった。

 フレイヤの装甲には絶え間なく火花が散り、見る間に傷が増えてゆく。精霊機の特殊装甲だからこそ未だに立っていられるが、生半な機体ならばとうの昔に敗れ去っていただろう。


 サラマンダーの容赦のない攻撃が続く。窮地に追い込まれつつも、ロミナイールは不思議な感覚を覚えていた。


 このままでは負ける……王城から逃げ出したときのように……お父様の安否もわからないままこんなとこところで倒れるわけにはいかない。

 平和だったキャピュレット王国に侵攻したモンタギュー帝国の第二皇子、ロミナイールにとっては国を滅ぼした憎き帝国の皇子である。

 しかもよりによって自身の婚約話を利用しての奇襲作戦、ロミナイールとて年頃の女の子である。政略結婚について思うところはあるが国や国民の為とあれば我慢できるし、相手が穏健派の美男子と噂の第三皇子ならばと思っていたところが、この結果である。

 よくも乙女の純情を……許すまじ!


 劣勢の中いつの間にか、ロミナイールは笑みを浮かべていた。精霊王機フレイヤは、彼女の分身とも言える機体である。その真は、敵を滅ぼす為の数々の武器と共にその身に秘められた、強固な“意思”にある。


 フレイヤの眼球が赤く光り、その動きが変わった。それまではずっと受けに回っていた白銀の機体が、サラマンダーの攻撃の只中へと一歩を踏み込んだのだ。

 迫る大剣の一撃を長剣で受け止めた直後に打撃音が響き渡った。

 フレイヤの右腕のクローがサラマンダーの左脇に食い込んだのである。


 サラマンダーの装甲が吹き飛び、その体制が崩れる。

 その隙をつくように今度は左腕のクローがサラマンダーの頭部を粉砕した。

 

「お覚悟を……ん?」


 再度右のクローを振り上げた時だった。フレイヤのいた場所に爆炎が巻き起こる。

 サラマンダーの腕部に内蔵された火炎放射器による攻撃である。


「あっぶな~」


 異変を感じたロミナイールは火炎放射を躱し距離を取った。


「貴様ぁぁ! よくも高貴なるこのサラマンダーに傷をつけたな! 許さんぞ! この小娘ぇぇぇ!」 


「残念でした。あなたはこのフレイヤちゃんの敵ではないわ」


「親衛隊ども掛かれ! 小娘を捉えよ。その身を捉えた者には褒美として小娘の身柄をくれてやろうではないか」


 ベンヴォーリオの言葉で周囲を囲んでいた親衛隊機が動きだす。


「ちょっ! 負けそうだからって卑怯よ!」


「ふん。勝てば良いのだ! 者どもよ、王国随一の美姫を抱くチャンスだぞ!」


「冗談じゃないわ。あなたたちなんかお断りよ!」


 再び乱戦に突入していく。

 しかも今度は帝国軍の精鋭たる親衛隊である。

 剣と温存していたライフルを使っても、その場をしのぐのに背一杯な状況でロミナイールとロザラインは次の一手を考える。



 既にユヴァンス基地は陥落、残った友軍は散り散りになっている。

 降伏する者、徹底抗戦する者、再起を狙い逃亡する者、様々な状況下でふたりの取った選択………それは、敵将の首級を挙げること。

 

「何を手こずっている! 手負いの小娘だぞ。囲んで潰せ!」


 その小娘にやられたベンヴォーリオは焦っていた。

 精鋭を誇る親衛隊機が次々と落とされていく。

 相手は満身創痍のはずであり、囲まれたら終わり、抜け出す術はないはずであった――――しかし、現実は親衛隊機はフレイヤの動きを捉えられず、逆に大地へと沈めていたのである。


 フレイヤは長槍を躱し親衛隊機に長剣を突き立て、次の獲物を狙うように空中を舞っていく。そして猫のように体勢を整え次の獲物を仕留めていく。

 それは美しい白銀の軌跡を残し、真紅の機体へと襲い掛かった。


 頭部を破壊されたサラマンダーに右クローが突き刺さり、そのまま胸部へとその爪を沈み込ませていく。

 眩い朱の爆炎が生まれ出る。構わずサラマンダーを大地へと叩きつけた。


「どおりぁぁぁぁぁぁ‼」


 サラマンダーが地面にクレーターを作る。

 ロミナイールは気合を振り絞って機体を操り、サラマンダーの大剣を奪いその腹部へと剣先を突き立てた。

 コックピットブロックを貫かれたサラマンダーはその機能を停止する。


「帝国に一矢報いることができたわ!」


「ええ、後はこの包囲網をどう突破するかだけど……」


「それだけど考えがあるの」


 フレイヤは奪った大剣を捨て、獣型となって森林を駆け抜ける。

 しかし、帝国軍とて追い詰めた獲物を逃がすつもりもない。それだけでなく自国の皇子もろとも精霊機を破壊されたのだ。ユヴァンス基地を落としたとはいえ、ここでフレイヤを逃がしては自分たちが罰を受けてしまう。帝国兵も必死だった。


 森林に隠れようとするフレイヤ目掛けて次々と爆弾が投下される。

 火の海と化した大森林をフレイヤは駆け抜ける。

 途中で敵装甲騎士と幾度となく交戦し、駆逐していく。


 目指すはユヴァンス基地の更に東の海岸線。

 森林を抜けるとそこは断崖状の海岸線が広がっていた。


 フレイヤは翼を広げ飛翔する。


 そのフレイヤに帝国軍の装甲騎士ファランクスが襲い掛かる。

 交戦しながら飛び続けるフレイヤ。


 そのうちの一機の長槍がフレイヤの背中に装備されたミサイルポッドを貫き爆発が起きる。そのまま両機はもつれ合い水面に落下、直後水中で大爆発が起きた。


 

 操縦席は無茶苦茶に揺さぶられ、姿勢を正すどころではない。

 ロザラインの計器類には様々なアラート音が鳴り響く。


「ローラ、大丈夫?」


「いたたた……でも、上手く誤魔化せたわね」


「ええ、このまま海底から逃亡しましょう」


 そう、ふたりの立てた作戦は撃墜されたふりをしてこの戦闘区域からの脱出することにあった。

 空中や陸地、水上は帝国軍の追跡を振り切ることは難しい。

 だが、水中は水上に比べ視認しにくく、障害物の多い海底は捜査が難航する。

 万能の装甲騎士といえど水中ではその動きは制限され、潜水艇ほどの機能はもっていない。

 そして、この場に帝国軍の潜水艇はいなかったのが幸いした。


 

 海流に乗り流されるフレイヤ。

 そのコックピットでロミナイールとロザラインは、体を寄せ合って泣き続けた。

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ロミナとジュリオッド ~ヴァルキュリア戦記~ たぬきねこ @tanunyanko3301

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