第5話 戦火の王国①

 ユヴァンス基地、戦略会議室。

 美しいドレス姿から凛々しい軍服姿へと着替えたロミナイール王女とロザライン公爵令嬢の姿があった。


 純白の詰襟制服、ハイウエストなベルト位置には王国の紋章が刻まれた金色に輝く金属バックル、ゆったりとしたトレートパンツ。

 正式な軍所属でない彼女らには階級章はない。飾りは肩章や飾緒だけなのだが、元が良いロミナイール王女はまさに男装の麗人といっても過言ではない。


 そして対になるロザラインも同様の軍服を身に着けていた。違うのはロミナイールがパンツルックだったのに対してロザラインはタイトスカートだった。

 スタイルの良いロザラインにロミナイールが愚痴をこぼしていたが、それは別のお話としておこう。


 基地司令官であるルーシャス大佐、東方領の諸侯軍が集まる中で開かれた会議。

 その中心となるのがロミナイールの搭乗する精霊王機を旗機とした王国軍の機甲師団であり、その軍略会議が行われていた。


「現在王都を手中にした帝国軍はキャピュレット王国全土へと侵略の手を伸ばしており、王都に続いて第二、第三の都市も占領されております」


「お父様の····王城に残った国王はどうなったか判明しましたか?」


「裏切者のダーヴィル大臣の手引きにによって王城は落城、国王様他重臣共々····討ち取られたと知らされております。真偽を確かめる手段が乏しく、目下調査中ですが恐らくは······」


「····そうですか·····」


 予想をしていたとはいえ、辛い現実を受け入れるには15歳になったばかりの少女には酷なことだった。


「御心お察しします」


 ざわめきが消え静寂に包まれ会議室、そこで最初に口を開いたのは同じく討ち取られたとされる宰相の娘、ロザラインだった。


「それで騙し討ちまでしてきた帝国の目的は? やはり精霊王機なのですか? 領土拡大だけではないはずです」


「幾度となく周辺諸国と争ってきた帝国ですので恐らくは······敵機動兵器にも新型の装甲騎士が目撃されております」


 装甲騎士、帝国が量産を目指す人型機動兵器である。

 キャピュレット王国にも僅かではあるが装甲騎士が配備している。

 だが、帝国のそれとは比べるまでもないほど数が少なかった。


「こちらをご覧ください」


 モニターに映し出されたのは帝国軍の装甲騎兵、通称ファランクスと呼ばれる機体であった。王都上空でフレイヤと交戦したのもこのファランクスであり、帝国はこの機体を更に発展させた装甲騎兵を用意しているという。

 そして帝国にはこれらの原型となったオリジナル精霊機があるという。


「厳しいわね」


 難しい顔をして悩むロミナイール。

 単体ではフレイヤに勝る機体はいないだろう。

 だが、戦争とは強い機体一機の性能で勝敗が決まるものではない。

 機体を操るのはAIではなく生身の人間であり、将校から一般兵、整備班や医療班といった様々な人々が関係してくる。

 それらは全て我が国の国民であり守るべき民なのである。

 

 帝国の目的が精霊王機なら、フレイヤを渡せば国民を守れるのではないか。

 このまま戦ったところで本当に国を取り戻せるのか? 

 仮に帝国に勝利できたとしてどれくらいの被害がでるのか?

 もしもだが、降伏した場合はどうなる? 

 自分の身はどうなっても構わない。が、国民を戦火に晒し国を焼くよりはましなのではないだろうか······そう思えてならない。


「ロミナ何を考えているの? まさかと思うけど降伏とか考えてないわよね」


「ローラには隠し事できないわね。ええ、そうよ。果たしてこのまま戦っていいのかと、国を守るために······皆を危険に晒してもいいのかと」


「ロミナ······その考えは立派だけど、帝国の狙いは我が国だけじゃないのよ。我が国を足掛かりに戦火は他国、宇宙にも広がるでしょうね。ここで私たちが負けると、より多くの人々が傷つき死んでいくことになるのよ。それくらい、あなたでもわかるでしょう」


「それはわかるけど······本当にそれでいいのかと思えてならないの。戦となれば多くの兵士、国民に犠牲が出るわ。多くの血が流れるの」


「ロミナ······それでも戦いから逃げちゃ駄目よ。私たちは······あなたと私、そしてフレイヤは反抗作戦の旗頭となって戦わなくちゃならないの」


「そうですぞ! 本来なら姫様には戦ってほしくはありません。国王様の生死が不明の今、この国の新たな道標が必要なのです」


「姫様の御身は我らがお守りいたす故、どうか我らにお下知を与えてくだされ」


「ローラ······それに皆まで······わかりました。それが王族の務めなのですね。お父様も良く言ってたわ。己の感情を押し殺してでも国と国民の為に決断し、立たねばならない時があると······今がその時なのですね」


「ええ、戦に犠牲は付きもの。犠牲なんてない方がいいけど、やられたらやり返すべきなのよ。戦から、問題から逃げちゃ駄目よ。戦の中から血路を切り開くのよ!」


「······わかりました。戦力の乏しい我らですが、このまま手をこまねいては被害は増すばかりです。······ならば私も共に戦いましょう。この私、15歳の誕生日、私の婚約を台無しにしてくれた帝国には代償を払っていただきましょう!」


「それでこそロミナよ。無い胸を張って侵略者どもを叩きだすわよ!」


「な、ない胸って何よ! 私は成長期なの! ちょっとくらい胸が大きいからって調子に乗らないでよね」


 ロザラインが狙って発言したのかは不明だが、重苦しい会議室が途端に明るくなり、笑いと一部の将校からは温かい目で見られたロミナイールであった。


 その会議室に帝国軍接近の知らせが届いたのは、この後すぐのことだった。


   ◇


「キャピュレット王国の勇敢なる兵士たちよ。侵略者たるモンタギュー帝国は卑劣な奇襲作戦によって美しい都であった王都は炎に包まれ、無力にもこのユヴァンス基地へと逃げ伸びた私と精霊王機を帝国軍は狙っています。·····そして、再びこの基地に帝国の魔の手が迫っております。多くの同胞の命が奪われた王都での戦·····今回も同様の悲劇が繰り返されることになるでしょう。ですがどうか、このロミナイールに皆様のお力をお貸しください。この国を守るため! 私たちの国をこの手に取り戻すために·····キャピュレット王国第一王女ロミナイール・ファン・シルフィード・キャピュレットと共に参りましょう! 全軍出撃!」


「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」


 人型に変形したフレイヤが実剣を天に向け高々と掲げる。

 精霊王機に乗ったロミナイールの鼓舞により兵士の士気は否応なしに高まった。

 

 フレイヤはこの地で様々な武装を追加しており、実剣もその一つである。

 精霊機の特徴として高出力の魔力動力炉を持ち多彩な武器を使いこなす汎用性が掲げられる。


「大型艦を複数確認。先発部隊だけでもワイバーン級空中戦艦 1、スフィンクス級攻撃空母 1、大型輸送機 5 の大部隊よ」


「先発部隊だけでそんなに? 前線は大丈夫なの?」


「前線部隊が敵機動兵器と交戦を開始したわ」


「なら前線部隊は目標地点の防衛を維持させて! 山峡間要塞砲発射まで時間を稼いで。要塞砲発射後は後詰部隊を投入!」


「了解!」


 ロミナイールの指示のもと、打ち合わせ通りの作戦が実行されることとなった。

 ユヴァンス基地には広域殲滅兵器である荷電粒子を撃ち出す要塞砲が山岳部の間を縫うように配備されている。


 轟音とともに要塞砲が発射される。

 爆炎に包まれる敵軍、しかしまだ敵軍は残っており、次から次へとこちらに向かって進軍してくる。

 

「後詰部隊投入! ローラ私たちも出るわよ!」


「ええ、前線を押し上げましょう!」


 ロミナイールの駆るフレイヤが戦場を駆け巡る。

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