第3話 慟哭のロミナイール②

「これが精霊機········の········猫?」


 ロザラインは伝説の精霊機の姿を見て驚愕していた。

 一方でロミナイールは楽しそうにその外見を眺めていた。


「――っと、その前にやることがあったわね。アニマそろそろ正体表したら?」


 機体の観察をしていたロミナイールが突然思いだしたように侍女に向かって人差し指をビシッと指差した。


「えっ? ロミナどうしたの?」


「ローラおかしいと思わない? なんで追手が突然止んだのか」


「それは隠し通路があったから······そうか、そうだったのね」


 ロザラインはそこまで言って考え出した。


「いつまでしらを切ってるおつもりなのかしら?」


 冷めきった口調で声を投げかけるロミナイール。


「はは、ははは······もう少し泳がせておくはずだったのに、感が鋭いわね。さすがは、ロミナイールお嬢様ね」


「では、やはりあなたは帝国の手先なのね」


「ええ、そうでございます。私の使命は精霊機の隠し場所と封印の解除方法を聞きだすため、王家に長年仕えていたのですよ」


 ア二マと呼ばれた侍女はロミナイールの専属侍女だった。アニマは濃い緑の髪を揺らし、眼鏡越しにロミナイールを見つめていた。

 アニマもまた美しい外見と特徴的な耳を持つ森人族であり、幼き頃より身の回りの世話をしてくれた姉のような存在だった。

 その姉のような存在の裏切り、それだけでロミナイールの心は張り裂けそうになってしまう。これが嘘ならどんなに良かったのだろうと。


 ロミナイールの想いをよそにアニマはどこからかナイフを取り出していた。

 そのナイフをロミナイールに向ける。


「おかげさまで精霊機は発見できました。まさかこんな愉快な姿とは思いませんでしたがね。さて、これはもう動くのかしらねえ」


 アニマはロミナイールたちにナイフを向けながら、コックピットを探す。

 そのアニマを止めようとするロミナイールをロザラインが制止する。


「ローラどうして止めるの? このままでは精霊機が奪われてしまうわ」


「安心して、大丈夫よ」ロザラインは小声で囁いた。


 ほどなくしてアニマが精霊機のコックピットハッチを開いた。


 コックピットに乗り込むアニマ。

 ロザラインは心配そうな顔をするロミナイールの肩を抱き寄せる。

 

「どういうことよ。全然動かないじゃない!」


 アニマのヒステリックな声が木霊する。


「無駄よ。あなたにはその精霊機を動かすことはできないわ。大臣から聞いていない? この精霊機を動かすには、ある資格がいるのよ」


 ロザラインは笑みをこぼしながら答える。


「そんな····あの隔壁が封印じゃなかったの? まさか、起動させるにも王家の血筋に連なる女性の力が必要なの?」


「残念。正確には王家の血筋に連なる乙女がふたり必要よ」


「ならば、お嬢様方に手伝っていただきましょうか」


「私たちが素直に従うとでも?」


「温室育ちのお嬢様に何がで―――ッ」


 アニマが手に持つナイフを再びロミナイールに向けたその刹那、ロミナイールの姿が消えた。いや、消えたのではない。アニマの懐に素早く潜り込み、肋骨に肘打ちを食らわせたのだった。


「ガハッ········ッ!」


 腹の中の空気を吐き出し、地に伏したアニマ。ロミナイールは落ちているナイフを拾い上げると、そのナイフを逆手に持ちアニマに向ける。

 

「丸腰だからって甘く見ていたわね。非力なら頭を使え、押しても駄目なら引け、綺麗な薔薇には毒があるのよ。覚えておきなさい!」

 

 アニマの隙をつき、ナイフを真っ直ぐ振り下ろす。

 両手で握った柄から嫌な感触が全身に伝わる。


 吐血するアニマにロミナイールは目を逸らすことなく見つめ、姉のように慕った昔の思い出を思い出す。楽しかったことも辛かったことも········


「サヨナラ········」


 それだけ言い残してロミナイールは、ロザラインと共に精霊機のコックピットに乗り込んだ。


「でも、どうすれば········」


 ふたりの女性は護身術は習っていても、さすがに機動兵器に乗ったことはなく、操縦方法はもちろんだが起動方法さえ知らない。

 ロザラインでさえ、起動には王家の血筋に連なる乙女がふたりとしか知らされておらず、具体的な起動方法はわからなかった。


「この時を待っていたにゃん」


「「え!?」」


 ふたりは突然聞こえた声に辺りを見渡す。――が、誰もいないことに気がつく。


「驚かせてごめんにゃ。ぼくはこの精霊王機ヴァルキュリアのコアにゃん」


 どうやらこの謎の声は直接脳内へと響いているようだった。

 戸惑うふたりに謎の声は更に語り掛ける。


「それぞれシートに座って、精神を集中して····ぼくの真の名を呼んでにゃ····」


「真の名前?」


「そうにゃ。君たちなら感じられるはずにゃ。自分を信じるにゃん」


「自分を信じる········」


 ロミナイールは前方のシート、ロザラインは後方のシートにそれぞれ座り、両手を合わせて目をつむり精神を集中しようとする。

 ふたりの精神が次第にシンクロしていく。


(ここは? 精神世界?)

 ロミナイールとロザラインのふたりは天地のないような空間、例えるなら宇宙空間のような不思議な世界にいた。

 それだけではなく、ふたりは生まれたての姿でそこにいたのである。

 だが、不思議と恥ずかしさは感じない。

 ふたりは互いに抱きしめ合いながら、次になすべきこともわかっていた。


 ふたりは意を決したように互いの顔を近づけていく。

 柔らかい感触が唇から全身へと伝わり、視界がクリアになる。


「「真の名前は········フレイヤ、フレイヤよ!」」


 感じるまま、その名前を口にするとコクピットの計器類に灯がともりだす。


「おめでとうにゃん! これで君たちがぼくの契約者になったにゃん」


「契約者? でも····なぜか、知らないはずの操作方法がわかる気がする」


「そうにゃ。あとは君たちしだいにゃ。でも、まだ目覚めたばかりにゃから無理は駄目にゃんよ」


「うん。わかったわ」


 ロミナイールが操作レバーを握り、その感触を確かめているうちにロザラインはチェックを済ませていた。


「文字は古代ルーン語ね。魔力動力炉の動作を確認····全方位マルチモニターも正常········各部異常なし········ロミナ! 準備はいい?」


「いつでもいいよ~」

「オッケー、じゃあ注水開始するよ」


 隔壁で閉ざされた格納庫に徐々に水が注がれ始める。

 格納庫が水で満たされると大型のゲートが開かれていく。


「さあ、行こうか····精霊王機ヴァルキュリアフレイヤ‼」


 ロミナイールの声とともに、白銀の 4脚の獣が水底をゆっくりと歩きだす。

 誘導灯に沿って通路を走り出すとゲートが見えてくる。


 ゲートを越えると、そこは湖の底だった。

 フレイヤは水底を蹴るようにジャンプし、背中の翼を広げ水面より飛び上がった。


「なっ! そんな········」


 モニターに映し出される光景にふたりは絶句する。

 湖の上空を飛翔するフレイヤの眼下には、燃える王都と半壊した王城があった。

 生まれ育った白亜の王城、美しかった王都の街並み‥‥それが炎に包まれている。


 その元凶ともいえるのが 3隻の空中戦艦、そして王都中を飛び回る機動兵器。

 IFF(敵味方識別装置)は敵軍を示しており、モンタギュー帝国軍だとわかる。


 自軍の防衛施設は、帝国軍の奇襲作戦により破壊され無残な瓦礫の山になっており、わずかに抵抗する機影はごく僅かだった。


 戦場に突如として現れたフレイヤに帝国軍の空中戦車が迫る。

 空中戦車から放たれた砲弾がフレイヤに直撃し、フレイヤは黒煙に包まれる。


「きゃあぁぁぁぁ! ········って、あれ?」

 

 操作レバーを握るロミナイールは驚愕する。

 被弾したはずのフレイヤは、無傷な状態で飛び続けているのだ。


「これが精霊機の装甲、これなら!」


 ロミナイールがモニターに表示された敵機をロックオンする。

 そして、放たれた一条の閃光は空中戦車を貫き遥か彼方まで伸びていく。

 

「え?」予想以上の威力に驚くロミナイール。

 それはまるで、王都上空を半分に割るような凄まじい威力の一撃だった。

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