第2話 ウサは丸焼きか刺身がお好みだ

 心地よい風がそよぐ森の木陰で、おなかいっぱいになったメェが、うとうととしています。それは、とても可愛らしい天使のような寝顔でした。


 そこへ、ウサがなにやら鞭で大きなものを巻きしばって、と引きずりながら帰ってきました。

 よく見るとそれは、1匹のオークのしかばねです。


「メェ、眠ってる。じゃ、ウサはここを今日のキャンプ地にする」


 ウサは引きずってきたオークのしかばねを、”えいっ”と、そこらへんに転がして、ベルトからナイフを取り外しました。そのナイフは刃が大きな包丁のような形をしています。

 

 ウサは握っていた大鎌もそこらへんに放り投げて、おもむろに高くジャンプしました。そして、木々の枝葉を無差別にナイフで刈りました。

 長い耳が動いてとても可愛いです。


「うん、こんくらいあればベットになる。メェは…起こすのめんどくさいから、葉っぱかけとけばいいか」


 そう言って、ウサは落としたたくさんの葉をかき集めて、”パサパサ”と、メェにかけました。


 メェは、かわいらしい鼻提灯はなちょうちんを出しています。

 完全に眠ってしまったようです。


 隣りのシルバートォクは、口をしっかりと閉じています。

 それは彼が寝ているということ意味します。


 ウサは巻き付けていた鞭をオークのしかばねからとると、鞭を丸めまとめてベルトへとかけました。


「ウサ、どうしよう…おなかぺこぺこ、だけど迷う。こいつ丸焼きにするか、刺身にするか…

 丸焼き簡単、火の魔法で焼けばいい。でも最近生肉喰ってない…そろそろ喰いたい気もする…困った。おなかすきすぎて、ウサ決められない。


 メェ起こして決めてもらうか…いや寝てるの起こすのよくない、どうしたものか」


 ウサはナイフを地面に突き刺して、腕組みをしました。

 そして、ジト目でオークのしかばねをじっと見ています。

 ときたま長い耳が”ぴょこり”と動いて、とても可愛い光景です。


「あんたら、ここでなにしとるん? 

 

 ほーぉ、亜人さんかい、久しく見なんだ。


 あんたらは、都会からでないな? まさか、魔族領から来なさったのかい?」


 ウサの後ろからしゃがれた老人の声がしました。

 ウサはゆっくりと振り向いて、声の主を確認しました。


 人間の男です。白髪の年寄りで、きのこの入ったカゴを背負っています。

 シルバートォクが言っていた近くの村の住人のようでした。


「ウサは、人間見るの、小さい頃以来だ。おまえ、山仕事の最中か?

 ウサたちは魔族領の北の先の、まずしい村から来た冒険者だ。


 今は休憩中。


――人間、おまえもしかして、本業はアサシンか? まったく足音しなかった」


 ウサは地面に差していたナイフを取ると、老人に向けました。

 老人は”めっそうもない”と、手をふって全力で否定しました。


 ウサの長い耳はりっぱで可愛いですが、あまり音を聞き取ることは得意ではありません。しかも考え事に集中していて、まったく警戒していませんでした。

 ですので、単純に、ウサが老人に気づかなかっただけです。


 いつもは隠れているものにメェがすぐ反応をします。ですが、今は夢の中です。

 葉っぱまみれのメェは、鼻提灯のみならず、よだれをたらしています。

 お菓子をたくさん食べる夢でも見ているのでしょう。


 ウサはナイフをまた地面に突き刺しました。

 

「ごめん、人間。ウサ、きっと勘違いした。

 この前、メェと一緒に魔族の畑荒らして殺されそうになったから、刺客かもしれないと思った。あいつら、亜人もそこらの動物だと思い込んでいる。ムカつく」


 ウサは腕組みをして、ほっぺたを”ぷくー”と膨らませました。

 その顔は、すこぶる可愛いです。


 老人は首にかけていたタオルで冷や汗を拭いながら、転がっているオークのしかばねに気がついて、ウサに尋ねました。


「もしかしたら、あんたらがそのオークを退治してくれたんかい?

 数年前から、ここらの森にやってくるようになって、困っていたんじゃよ。

 なにせ、オークは人間をいたぶって喜ぶ癖があるでなぁ」


「こいつ? こいつ、ウサのごはん。オークの肉うまい。

 おまえ、ここで会ったのも縁だ。一緒に、喰うか?

 刺身か、丸焼きか…ウサ、悩んでた。

 おまえ決めていいぞ」


 ウサは老人を食事に招待しました。

 老人は喜びましたが、すぐに首を横に振りました。


「オークの肉がうまいということは知っているが…

 腹をすかせた孫がおるで、そろそろ村へと帰らねば。

 きのこのシチューをばぁさんが作ることになっとるでな。

 これを持ってかなんだ、孫が泣いてしまうわい」


 老人は背負っているカゴをゆびさして”ほほほ”と、笑いました。

 ウサは可愛らしいしぐさで、なにか考えています。

 老人は「ではな」と、去ろうとしました。


「待て、人間。ウサも一緒に行く。メェも起こす。

 この肉、半分やるから、ウサにきのこのシチュー喰わせろ。

 孫が楽しみにするほどなら、さぞかし、うまいんだろう。

 ウサは、いろんなおいしいものを食べるのが夢だ。

 なにせ、ウサの村はまずいものしかなかったからな。

 よろしくお願いします」


 ウサは”ぴょこり”と、老人に頭をさげて頼みました。

 老人は”そりゃいい”と笑いました。


「オークの肉はン十年も食べておらん。そもそも倒すとみな結晶化してしまうでな。

 魔物を魂狩りできるものなど、今じゃほとんどおらなんだ。

 うちの家族…いや村人みなが喜ぶぞ。ぜひとも、来てくだされ」


 老人はウサに手を合わせて、感謝のしぐさをしました。

 ウサはナイフを仕舞うと、転がっている大鎌を手に取りました。


「村人分は、たぶん、ない。ウサ、もう少しオーク狩ってくる。

 ここでメェと待っていろ、人間。すぐ帰ってくる。

 戻ってくるとき3匹見かけていた。あいつら、みな狩ってくる。

 なにせ、ウサは仕事が早い」


 ウサは、ものすごいスピードでと、魔族領へと走ってゆきました。

 老人は、あっけに取られています。


※ ※ ※ ※


 10分くらい経ったでしょうか…


 老人が腰をおろしてキセルを吸いながら、ウサの帰りを待っていると、ウサがオークのしかばね3匹を鞭でぐるぐる巻きにして、と引きずって戻ってきました。


「待たせた。ちょっこっとだけ、手こずってしまった。

 ウサ、小石につまずいてすっころんでしまったから、狩るリズム狂った。

 ウサのどぢっ子」


 ウサはジト目のまま、可愛らしい小さな下ベロをちょこんとだして、頭を”こつん”としました。長い耳が”ぴょこん”と揺れています。

 すごくすごくーっ可愛いです。


 老人は開いた口がふさがらない様子で、ウサが狩ってきたオークのしかばねたちを見ています。


「じゃ、行こう、人間。ウサ、そっちのオークもこっちにまとめるから、人間は、メェを起こせ。頼んだ」


 老人は、空いた口もそのままに、と、うなずきました。

 

 太陽はやや西に傾いています。お昼時はとうに過ぎて、もう夕食の準備になりそうな時間です。 

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