悪徳領主の秘密

 昔々、とある魔の領域に一柱の悪魔が封印されていました。

 悪魔は、神代の時代の生き残りで、それはそれは強大な力を持った大悪魔でしたが、それ故、神々の手によって厳重に封印されていたそうな。


 封印によって徐々に力を失いつつあった悪魔ですが、ある時悪魔の元に、一人の男がやって来ました。

 男は富と名声を求めて、魔の領域の探索にやって来たのです。

 大悪魔は言葉巧みに男を唆し、男とある契約を結びました。


 男に領地と幸運を与えて守護する代わりに、その地に住む人々の怨嗟を悪魔に捧げるという契約です。


 男は、悪魔の守護によって魔の領域を切り開き、悪魔の封印された地を中心にした領地を持つことになりました。

 悪魔の呪いのせいで、男の一族は、長期間領地を離れる事ができなくなりましたが、男の一族は代々この事を子孫に伝え、今もなお契約を固く守り続けているというのです。


 こうして、最果ての地にファーゼスト領は生まれ、今日まで栄える事となったのです。


〈代々、ファーゼスト家に伝わる昔話より〉






 私の名はルドルフ=ファーゼスト。

 辺境の地を過不足なく治める、栄えある王国貴族の一員だ。


 私は今とある場所へと向かっている。

 薄暗くジメジメとした螺旋階段を降り、その先にある重厚な扉を開け、大きな部屋へとやってきた。

 ここは、代々ファーゼスト家の当主とその継嗣にのみ伝わる秘密の部屋。

 ここには、ファーゼスト領の繁栄の秘密が隠されていると言っても過言ではない。


 統治不可能とまで言われたこの地が、何故、最低限とはいえ収穫が見込めているのか。

 魔の領域に囲まれ、強力な魔物が側にいながら、何故、襲われないのか。

 そして、ファーゼスト家が、何故こうも奇縁・良縁に恵まれるのか。


 実は、それらには、他言できない理由があった。

 ファーゼスト家の繁栄の裏には、この部屋の主の力があったからなのだ。


 そこは部屋とは言うものの、ただの洞窟を大きくくりぬいて磨いただけというもので、壁や地面はむき出しのままとなっていた。

 だが、どのように磨けばこのようになるのか、それらの表面は非常に滑らかで、黒く妖しい光沢を放っている。


 そして、その中心には、天蓋付きの豪奢な寝具に、一人の女性が身を預けていた。

 女性はこちらに気が付くと身を起こし、寝具の縁へと腰かける。

 その動作は非常に洗練された、優雅で美しく、心を揺さぶるものだった。


 勿論動作だけではない。

 頭の先から爪先まで。

 指の先から髪の毛一本一本までが妖しい美を放ち、まるで神々が美という概念をここに形作ったかのような、姿形をしている。


 そう、まるでかのように。


 私は迷わず部屋の中心へと進み、跪いてその存在と相対した。


「ファーゼストを護りし偉大なる御柱様。ご機嫌麗しゅうございます。」


 このお方こそが、初代から今に至るまでファーゼスト家を導き、繁栄をもたらした存在。

 運命を弄び、因果律を狂わせる権能を持つ、神代の時代の大悪魔。


 何故そのような高次の存在が、私の様な矮小な人間に力を貸して下さるのか。

 それはファーゼスト家の初代と取り交わされた契約があるからに他ならない。


 ファーゼスト家に伝わる話によると、かの方は神々によって、この地に封印されているとの事。

 そのせいで、本来の力は振るえない物の、こうして人間との契約を交わすことによって、その力を取り戻さんとしているのだ。


 ただ、名前は伝わっておらず、「御柱様」との呼び名が伝わるのみである。


 まぁ、この様な高次のお方に呼び名を伺うなど、恐れ多い。

 こうして、直接、拝謁する事が叶うだけでも、存外の幸運というものだ。


「よい、面を上げよ。してどの様な用向きじゃ?」


 顔を上げると、その美の結晶のごとき容姿が目に飛び込んでくる。

 この世の物とは思えないその幻妙な美しさに、魂が震えてくるのが分かる。


 …………はっ、惚けている場合ではない。


「はっ、今年も御柱様のお陰で、無事大地の恵みを収穫することが叶いました。その他、家業も順調で御家も益々繁栄致してございます。御柱様には感謝のあまり言葉もございません。」


 この地は御柱様の加護で繁栄していると言っても過言ではない。

 大地の恵みを享受できた事を機に、こうしてお祝いの言葉を述べに足を運んだのだ。


「妾に感謝とな……皮肉か?」


 御柱様が眉をしかめる。

 その姿も美しくはあるが、今はその様な事を考えている場合ではない。

 確かに、怨嗟を捧げるべき存在に、感謝を捧げるとはとんだ皮肉である。


「滅相もございません。いくら我が家との契約があるとは仰せども、御柱様は、人知の及ばぬ尊き御方。卑しき手前と致しましては、只々感謝するのみにございまする。他意はございません」


 ひたすらに許しを乞う。

 しかしながら、契約の恩恵を受けている私ぐらいは、感謝を捧げることをお許し頂きたい。

 あなた様のような、尊きお方をぞんざいに扱うなど、死した方がましと言うもの。


「…………であるか」


 お許し頂けたようだ。

 しかし、だからと言ってその言葉に甘えるだけでは、あまりにも不甲斐ない。


「はっ、また、御柱様のお耳に入れたき事がございます。」


 契約の通り、御柱様には怨嗟の声をお届け致しましょう。


「なんぞ、申してみよ。」


「手前どもは御柱様のご加護により、例年通りの収穫を得る事が叶いましたが、他家では不作ばかりと聞きます。今年は御柱様への供物も一層、奉じられる事と存じます」


 不作となれば、それだけで家畜へいみん共は喘ぎ苦しむ。

 餓える苦しみが御柱様への贄となるのだ。

 勿論、他領の事なので、御柱様へ捧げるためには一工夫が必要で、その苦しみに我が家が関わっている必要がある。


 だが、そんな事は簡単だ。

 金の無心に来たり、食糧供給の仲介を願いに来たりと、何もしなくても相手の方からやってくる。


 あとは、生かさぬよう殺さぬよう、いい塩梅になるように搾り尽くしてやればいい。


「ほう?」


 どこか上機嫌な御柱様の声が耳を打つ。

 甘く響く声が、脳を痺れさせるが、なんとかそのまま言葉を続ける。


「また、家業の方でも、近々借金で首の回らなくなる家がございます。こちらも御柱様の贄として、お捧げ致します。」


 そして、更には我が家からの借金で身を持ち崩す者もいる。

 まぁ、首が回らなくなるように手を回したのは、私だがな。クククッ。

 こちらも、全てを毟り取って絶望に叩き込んでやり、御柱様への供物と、致しましょう。


「期待しても良いのじゃな?」


 凛としたその響きに、蕩けそうな程の悦びを感じる。


「ははっ、必ずやお喜び頂ける物を、用意してご覧に入れましょう。」


 御柱様にこのように、ご期待頂けるとは。

 不肖このルドルフ、全身全霊を持って供物を捧げる事と致しましょう。

 必ずや、必ずや極上の物を献上致します。


「うむ。時におぬし、名はルドルフと申したな?」


 ななななんと!?

 今、御柱様のお口から私の名が発せられた?

 私の名を、覚えて頂けていたとは。

 何という幸せ。

 何という悦び。


「おお、御柱様に直接名前をお呼び頂けるとは、恐悦至極にございます」


 御柱様、私の心は今、悦びで打ち震えております。

 今日という日の、何と有り難き事だろうか。


「そちには期待している。良きに計らえ」


 あまつさえ、その様なお言葉を頂戴するとは。

 何と言っていいのやら。

 あまりにもの感動に魂が震えると言っても過言ではない。


「ははぁぁぁっ」


 大仰に頷くと、私は足早に部屋を去る。

 一刻も早く、この美しきに供物を捧げるためにと、螺旋階段を上がって行く。


 御柱様、このルドルフめが、あなた様を、そこから解き放って見せましょう。

 今しばらく、今しばらくお待ち下さいませ!


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!

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