とあるメイドの華麗なる一日

 ファーゼスト家のメイドの間には、誠しやかに囁かれる噂がある。


 曰く、領主のルドルフ様は縁結びの神様であるとの事だ。


 私も、そんな馬鹿な、と思うのだが、同僚の子が身分違いの恋を成就させていたり、生き別れの幼馴染みと再会したりする様を見ていると、あながち間違いではないのかもしれない。


 ……ただ、まぁ、私がその恩恵に預かっているかと言われると、そんなことはないのが悲しい現実だ。


 私もまもなく25歳、ギリギリ適齢期ではあるものの、浮いた話の一つもなく、ジリジリとした焦燥感に苛まれる毎日を送っている。


 いやまぁ、 原因が私にある事は分かってはいるのだ。

 実際何年か前までは、ちょこちょこ縁談だってあったのだ。


 自分で言うのもなんだが、見た目は整っている方で、仕事もできる。

 ファーゼスト家の侍従をしている関係で、コネもあるし、収入だって多い。

 こんな良い物件なのに、何故結婚が出来ないのか。


 それは、物件が良過ぎるのが原因だと信じたい!

 縁談だって、「君に釣り合う自信がない」と言って、毎回断られるぐらいだ。


 男って言うのはあれでしょ。

 ほどほどに可愛いのがいいんでしょ?

 ちょっと足りないぐらいの方が愛嬌があっていいんでしょ?

 隙があるぐらいの方が可愛げがあっていいんでしょ?


 けっ、どうせ私は顔は良くても愛想は無い。

 収入は下手な奴よりよっぽど多い。

 仕事柄か、隙は少ない。

 極めつけは、縁結びの神様のご利益も無いときた。


 かぁー、もうやってらんないよ、全く。


 どこかに、自分よりも収入が多くて、仕事ができて、そんな女の尻に敷かれても良いっていう、プライドの無い男は転がってないかねぇ。


 まっ、そんな男は、いても願い下げだけどね。


 はぁルドルフ様、どうか、どうかそのご利益を私に分けて下せぇー。


 あっそれパンパンっと。


 かしわ手を打って、遠くの空に祈っていると、私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ユキ、なんか、ヨーゼフさんが呼んでるから、みんな一度食堂に集まるんだってさ。」


 同僚の子からそう言われ、とりあえず一緒に食堂に向かうことにする。


 一体何だろう?

 日は暮れ、ほとんどの人間が自室で休もうとしていた筈だが、こんな時間に一体何の用だろうか。


 食堂に集まると、既に何人もの人間が集まっており、皆私と同じように困惑したような表情をしていた。

 ヨーゼフさんは、私達がやってきたのを確認すると、状況を話し始めた。


「さて、こんな時間に集まってもらったのは、ルドルフ様の命で、何人か他家に出向してもらうことが決まったからです。恐らくファーゼストへは戻って来られないかと思いますので、できれば希望を募ります。」


 ヨーゼフさんが、そう言った瞬間、何人かの目がギラリと光った。

 それらは皆女性で、彼女らは一様に肉食獣の様な眼をしていた。


 普通に考えれば、出向先で一生を終えるなんて、誰も行きたがらない仕事の筈だが、ここはファーゼスト家。

 常識では計れない事象が渦巻く家だ。


 言い方を変えよう。

 あの縁結びの神様であられるルドルフ様が、一生を暮らす先を用意しているのだ。


 断言しよう、ゼッッッタイに良縁が待っている。

 終身出向していった同僚が、不幸になった例は無い。

 むしろ、いい出逢いが無かった事がない!


 つまり、未だにいい相手のいない女性にとっては、何においても就きたい仕事なのだ。


「なお、今回は三名を予定しています。希望者は申し出て下さい」


 ヨーゼフさんがそういうと、並々ならぬオーラを漂わせた女性が十人、前に出てきた。


 私?

 何言ってるの、立候補するに決まってるでしょ?バカなの?


「…………はぁ、毎回の事ですが、どうして皆そんなにやる気に満ちてるんですか?まぁ、いいでしょう。今回は十人ですね、くじを引いて下さい」


 ヨーゼフさんはどこか諦めたような顔をして、用意してあった籤を出した。


 さて、決戦の時はやってきた。

 負けられない、周りを見渡せば、皆若い娘ばかり。

 私に席を譲ろうなんて殊勝な考えを持った娘なんて一人もいない。

 いい度胸だ、その喧嘩言い値で買ってやろう。

 後がない人間の恐ろしさを、得と味わうがいい!


 さぁ、相手は籤。

 どう料理してやろうか……


 キュピーン!


 その時何かが降りてきた。

 今まで私はガツガツし過ぎていたのではないだろうか?

 周りをよく見なさい、この浅ましい者どもの無様な姿を。

 このような姿で、縁結びの神様の御利益を得ようなんて、ちゃんちゃら可笑しい。


 そう、縁結びの神様の御利益は確かなのだ。

 選ばれる人はどのようにしていても、選ばれる運命にあるのだ。

 ならば何故急ぐ必要があるのだろう。

 ここはひとつ、どっしりと構えて、最後の籤でも引こうではないか。


 目の前で、争うように列を作る同僚を尻目に、私は最後尾にゆっくりと並んだ。


ハズレ

当たり

ハズレ

ハズレ

当たり


 前半の五人が引いた時点で、既に当たりが二つ。

 残りはあと一つだが、私は既に最後尾に並んでいる。

 賽は投げられているのだ。


ハズレ

ハズレ

ハズレ


 そして、運命の瞬間。

 確率二分の一、えいっと言って、目の前の子が引いた手の中には…………


ハズレ


 ……と言うことは!?

 ヨーゼフさんの手の中を見ると、そこには当たりの籤が残っていた。


 イヨッシャァァァァァァ!!!


 苦節25年、私はようやく幸せへの切符を掴み取ることができたのだ。


 周りの姿を見回す。

 そこには悔し涙を流しながら、こちらを恨めしそうに眺めてくる同僚の姿があった。

 皆、手の中にはハズレの籤がある。

 以前の私もこの様な姿を晒していたのかと思うと、込み上げてくる気持ちがあった。








 マジ、ざまぁぁぁぁぁぁ!!






 まだまだ若い癖に、先の無い私を差し置いて、自分だけイイ人を見つけようとするから、そうなるのだ。


 ぷぷぷっ、行き遅れ間近の人間に、席を掻っ攫われてどんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?


 今なら、私の事を散々からかった事も忘れてあげる。

 その吠え面に免じて、許してあげるわ。


 さぁ、私、今日からは新しい私になるのよ。

 さようなら、今までのガツガツした私。

 そしてこんにちは、余裕を持った私。


 そう、私は今日悟ったのだ。

 縁結びの神様の御利益は確かなのだ。

 焦る必要がどこにあるだろう?

 清く正しく生きていれば、神様はきちんと導いてくれるのだ。


「さぁ、では三人共、今から案内するので付いてきなさい。」


 そう言って先導するヨーゼフさんの後を、三人で追って行った。

 私は当然のように最後尾を悠然と歩く。

 ヨーゼフさんが向かった先は、数ある応接室の中でも、最上級の一室。

 当然その先にいるのは、それに相応しい貴人のはず。

 その事実に、三人の期待も高まっていく。


「お待たせ致しました」


 ヨーゼフさんはノックをすると、そう言って部屋へと入って行った。

 私達もそれに続いて、部屋へと足を入れる。

 中では神様……じゃなかった、ルドルフ様が誰かと話し合っていらっしゃったが、マジマジと見る様な、はしたない真似は出来ない。

 相手の姿を確認しないまま、私はやや目を伏せ、直接目を合わせるという失礼をしないようにする。

 話を聞いていると、どうやらこの方の領地へと出向するらしい。

 そこが私の新天地。


 幸せな未来に想いを馳せて、気が抜けていたのだろう。

 不意に、件の貴人と目が合ってしまう。

 そこで、初めてその容姿を見る。


 キキキキキ、キターーーーーーーーーー!

 イケメンキターーーーーーーーーー!!

 何これ?なんなのこれ?

 好みなんですけど、っていうか超ド・ストライクなんですけど!?

 うわっ、何あの筋肉、凄ッ!カッチカチじゃない!!

 良イッ!筋肉ってあんなにもイイ物だったのね。

 テラ盛り筋肉キターーーーーー!


 …………はっ、なんてはしたないことを。

 いけないいけない、私は悟りを開いたのよ。

 だからこんな事で、動揺してはいけない。

 余裕をもって、優雅に対応するのよ私!


 ニコリ


 精一杯の笑顔作り上げる。


 出来るじゃない!

 私、やれば出来るじゃない!

 さっきまでの動揺を必死に抑えて、改心の笑みを浮かべる事ができた自分を誉めたくなる。


 ……って、相手も顔を赤くしてる?

 何これ?脈有り?えっ、ウソ本当に??


 キターーーーー!

 キタコレーーーーー!!

 私の時代が、キ、マ、シ、タ、ワーーーーー!!


 神様、仏様、そして何よりルドルフ様。

 本当にありがとうございます。

 ルドルフ様は、やっぱり縁結びの神様だったんですね。


 お父さん、今まで育ててくれてありがとう。

 お母さん、今まで心配かけてゴメンね。


 お父さん、お母さん、ユキは新天地で幸せになってきます!

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