ブッコローのクワガタ転生

@pepepeter

理想の樹液スポット!?コクワのコブザキ大ハッスル

夜の森は美しく幻想的だ。

木々の影がより黒を深くし、風が木々の葉を鳴らす。

人を拒絶するような深い闇は、しかし森に暮らす者たちにとっては自分たちを捕食者から守ってくれる心強い味方だ。


「腹減ったな。飯にするか」

そう一人で呟き、最近お気に入りのねぐらである大きなコナラの樹皮の隙間からのっそり這い出した。


ブッコローは鳥ではない。オオクワガタだ。

気が付くとオオクワガタになっていたのだ。


羽を広げ、飛び立つ。ミミズクの時とは違う薄く頼りない羽で飛ぶのにも慣れてきた。

向かうのはご神木と呼んでいる樹齢数十年のクヌギの木だ。

ここの樹液には先祖代々お世話になっており、ご神木のおかげで俺たちオオクワの一族が成り立っているといっても過言ではない。



「兄貴!おはようございます!」

ご神木に到着するなり声をかけてきたのはコクワガタのコブザキ。

以前、どこかの樹液スポットでノコギリクワガタのマニ太にいじめられているところを助けてやったら、懐いて子分を自称してついてくるようになった。

家族はすでにおらず、天涯孤独とのことで名前も付けてやった。子分だからコブザキ。そんな名前でも嬉しかったようで泣いて喜んでいた。もうちょっとちゃんと考えてあげればよかったかな・・・


我々オオクワ一族の住処とはいっても、ご神木には他の虫も樹液を食べに集ってくる。これはオオクワ族もほかの虫の住処に樹液をもらいに行くのでお互い様だ。

ただし他のクワガタ族とは微妙な関係だ。あまりお互い干渉しないようにしている。

カブトムシとは常に敵対している。あいつら食べる量が尋常じゃない。好き勝手させていたら樹液スポットを食いつくされてしまう。


コブザキも最初は他のオオクワガタから警戒されていたが、おとなしくブッコローの後をついて回っているところを見ているうちに、受け入れられたようだ。今では他のオオクワとも気軽に話しているところを見かける。


しかし最近、ご神木の樹液の出が悪くなっている。ご神木もかなりの樹齢らしいし、あまり無理をさせるのも良くない。そのため俺のような若い虫はできるだけ別の木、それも他の虫の住処となっておらず、樹液が豊富な新しい木を探すことが最近の仕事になっている。


今日もご神木の樹液を一口だけもらったところで、さっそく新しい木の探索に出発する予定だったが、

「兄貴、いースポットを見つけたんですよ。」

コブザキが言った。



―――――――――――――

コブザキが言うには、ここから太陽の沈む方角へしばらく行ったところにあるクヌギの木が何本も生えた雑木林で、樹液も豊富。しかも他の虫もほとんどいないという。


そんな都合の良い場所があるか?と思いながらも本当だったらこれ以上ない樹液スポットだ。

オオクワ族の第2の住処にもできるかもしれない。


「そんな穴場よく見つけたな。じゃあ今日はそこに行ってみるか」

「行きましょう!道案内は任せてください」


コブザキは張り切って先に飛び立った。俺は後ろからついていく。

いつもブッコローの後ろについてばかりなので、自分が先導するのが嬉しいようで、後ろから見てもうかれている感じが伝わってくる。


「落ち着いてゆっくりでいいからな」

「はーい」


一、二度小休止をはさみながら飛んでいると、ある所から若干森の様子が変わってきた。少し木々の間隔が離れており、開けた印象を受ける。

俺は何か気になりながらも、その理由が何かわからず、違和感を感じながらも大人しく後ろを飛んでいた。


「兄貴、あそこです!」

コブザキの視線の先には確かにクヌギの木が見えた。樹液の甘酸っぱいにおいが鼻に届く。しかも古く硬くなった樹液ではなく、新鮮な樹液のにおいがする。確かに上等な樹液スポットのようだ。

「すごいところ見つけたな」

「へへ、たしかあのあたりに樹液がすごいところがあったんですよねー、ちょっと待っててくださいね」


そういうとコブザキはスピードを上げて飛び、一本のクヌギの木にとまった。

「ここです!うわーこの間見た時よりさらに樹液でてますよ!」


自分が案内したところが想像以上のスポットだったことに自分で興奮しながら伝えてくる。

やれやれちょっとは落ち着けよ、と思いながらも俺も少しワクワクしながらコブザキのところへ向かおうとした。



バササッ


コブザキよりもっと先の、大きな木の枝から飛び立つ一羽の姿が見えた。


その姿を見た時、俺の鳥時代の記憶が明確に蘇った。

「コブザキ!隠れろ!」

俺が叫ぶと、コブザキはすぐさま近くにある樹皮の隙間に体を滑り込ませた。

その直後、一羽の影がコブザキがいた場所をかすめて通り過ぎた。


鳥だ。クワガタなどの昆虫の天敵である鳥。


俺がミミズクだった時は主に小動物や小鳥の雛を餌にしていたが、たまに昆虫を食べる時もあった。

その理由はほかの餌が取れなかったから、とか何となく、という大したことのない理由だった。ほかの動物と違って、小さく非力な昆虫はミミズクを脅かすような危険が全くないただのエサだった。

しかし昆虫の立場からすると鳥は恐ろしい天敵だ。捕まったら最後、抵抗の余地もなく食べられてしまう、災害のようなものだ。


そして、コブザキを狙っている鳥を俺は知っている。カクヨムだ。


鳥仲間の間では弱く、あまり餌をとるのも得意ではなかったため、カクヨムはよく昆虫を食していた。

鳥時代、一度縄張り争いのようなこともあったが、俺が少し威嚇するだけですぐに逃げ出したのを覚えている。

そしてこの場所はカクヨムの縄張りだ。動物は少ないため他の鳥は近寄らないので、変なところを縄張りにしてんな、と思った記憶がある。もう少し早く思い出せればコブザキを止められたが、今となっては後の祭りだ。


コブザキは樹皮の隙間に逃げ込んだことで、なんとか無事だ。コクワの小ささ、従来の臆病さが命を救ったのだろう。

しかしカクヨムは近くの枝にとまり、コブザキから目を離さない。コブザキが捕食されるのは時間の問題といえた。



―――――――――――――

「くそっ何かできないのか!?」

俺は考える。しかし昆虫の身で鳥に対抗する術などない。

どううまく逃げるかだけであり、逃げ場のないコブザキは絶望的といえた。


カクヨムなんて鳥時代にはなんて事のない相手だったのに。

コブザキを見捨てる判断ができるなら・・・苦労しないんだけどな。


オオクワガタになったことに戸惑いはあったし、ミミズクに戻りたいとも思っていた。しかししばらくオオクワガタとして生活するなかで、樹液が意外とおいしかったり、心地よい寝床を見つけたときの喜びや、コブザキみたいな仲間と遊んでいる時間など、昆虫も悪くないな、と思い始めていたところだったのに。


「あー、仕方ないな」俺は一人息を吐いた後に叫んだ。

「コブザキ!俺がおとりになるから、その間にお前は逃げろ!」


「そんな!兄貴が死んじゃいます!」

「俺は一人で逃げ切れるから大丈夫だ。お前は足手まといになるから先に逃げろ!」


そう言うとおれは覚悟を決めて飛び立ち、カクヨムの方へ向かった。

「俺の仲間に手を出すな!」

その声にカクヨムがこちらを振り返ったのを確認した直後、俺の意識が無くなった。





「ギィャーーーーー!!!」

鳥類の威嚇する叫び声が雑木林に響く。


その声を聴いたカクヨムが驚愕の表情で叫ぶ。

「!!! ブ、ブッコロー!死んだはずじゃ!」


ブッコローと呼ばれた視線の先には、鮮やかなオレンジ色の体毛に覆われ鋭い眼光、そしてニジイロに輝く羽角の一回り大きなミミズクがいた。


「なんでいるんだよ!」

「くそ、R.Bのやつらは全て東都に連れていかれたんじゃなかったのかよ!」


カクヨムは先ほどまで漂わせていた余裕をかなぐり捨て、わたわたと不格好な飛び方で飛び去って行った。



―――――――――――――

気づくと俺は雑木林の地面に転がっていた。

カクヨムの気配はない。何が起きたかは分からないが、どうやら俺たちは助かったようだ。


しかし・・・ひっくり返って起き上がれない・・・・

体勢を起こそうとバタバタ身もだえしていると、横からコブザキが手を貸して起こしてくれた。


起きるとコブザキがすぐさま抱き着いてきた。

「うぇーん、兄貴、怖かったよー」


俺はまとわりつくコブザキを引きはがしながら

「大丈夫だったか?この辺はあの鳥のテリトリーだから気をつけろよ」

と言った。


「でもなんでいなくなったんでしょうね?恐ろしい叫び声を聞いた時には絶対助からないと思ったのに。」

「さあな。鳥にもなにか事情があるんだろう。」


「こんなに樹液が豊富な場所は惜しいが、あの鳥がいる限りはあまり近づかない方が良いだろうな」

「そうですね。樹液、おいしかったのになぁ・・」

「オオムラサキのイク奈がいいスポット知ってるらしいから、今度そっちに行ってみようぜ」

「はーい、楽しみですね!」



―――――――――――――

「やっぱりご神木様が一番ですねー」

「そうだな、ご神木様を頼りにしすぎるのもいけないんだけどな」

そうは言うがやはりご神木様の樹液はホッとする。



「あら、ブッコローここにいたの」

「かーちゃん」

声をかけてきたのは母親のマサコロー。

マサコローの後ろには長老の松蔵じいさんがいた。

もう7歳にもなる長寿のオオクワガタで、符節も欠け、樹液もあまり飲まずに住処にしている洞からほとんど出歩かないので、樹液スポットに来るのは珍しい。


「長老、珍しいですね」

俺が声をかける

「うむ、少し気になることがあってな」




「ブッコロー、おぬし鳥ではないか?」




この時、俺は数奇な虫生を辿ることになるとは思いもしていなかった・・・・



つづく


<次回予告(多分書きません)>

第2回:昆虫探偵!?オオムラサキのお悩み解決します!

第3回:恋愛マスターブッコローが全力サポート!カナブンの恋煩い

第4回:決闘!カブトムシ

第5回:結成!昆虫同盟!!

第6回:ノコギリの裏切り

第7回:森の異変

第8回:ミミズクの今


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