第2話 漆黒の竜騎士

 翌朝。朝と言ってもカノンのそれは他の地域と比べて異様に遅い。切り立ったがけの中に住む事をいられるこの場所。


 住む場所を選べない連中は、ほぼ終日、陽の暖かみを感じられない者すらいる。


 それに比べたら山岳の上を陣取れたヴァイロとリンネの住むツリーハウスは、充分めぐまれた方だ。


「ヴァイーーっ!」

「いい加減に起きて下さいませんか」


 木の根元から呼び掛けてくる少年と少女の声。ヴァイロの夢にも現れた二人だ。遠慮なく大声を出しているのが、最年少12歳のアズール。


 この若さでヴァイロが授けた炎系の魔法をほとんど操れる程の実力者だ。髪の毛も衣服も赤く、まさに火を操るのに相応ふさわしい姿をしている。


 そのとなりひかえめに声を掛けているのが13歳のミリア。


 彼女は魔法をこころざした割に性格がおだやかなためか、防御強化系の魔法ばかりを極めつつある。


 性格がアズールと正反対で、一見ウマが合わない様に見えるが、歳上というマウントを活かして、うまい事操るのだ。


 グレーの長い髪にやはりグレー系の衣装を羽織はおっている。そして何よりも年齢に不釣り合いな美貌びぼうを既に持ち合わせていた。


 それを少し離れた樹々の影から黙って二人を見ているのが15歳のアギドだ。彼は二人と大分よそおいが異なる。


 四角いレンズの眼鏡をかけており、腰には2刀のエストック細身の剣を刺している。彼はヴァイロと同じ魔法剣士を志している。


 無口で愛想あいそが悪いのだが、この三人の中で一番の実力者なのだ。

 青い髪の毛も彼のクールな性格にマッチしている。


 三人は今日も稽古けいこをつけてくれる様に、師匠ヴァイロの元を訪ねている訳だ。


「フワァ……ごめん、待って。今起こしてるとこだから」


 如何いかにも寝起きの顔を窓から出しながら、応対するリンネ。


 彼女はこの若過ぎる三人をまとめ上げると共に、大きなであるヴァイロの世話も任せられているのだ。


「ほおらっ! いくら昨晩良く眠れなかったとはいえ、もう昼時が近いよ。布団も干したいからいい加減起きなさいっ!」


 リンネが容赦ようしゃなくヴァイロの布団を引っぺがす。


「あ……ひ、昼? 嗚呼、もうそんな時間か」


 眠い目をこすり、寝癖の頭をきながら立ち上がろうとするヴァイロに、同居人はお湯にひたしたタオルを渡す。


 嫁よりも気がく女なのだが、未だの域を出ない。


 それ以上の一線を超えられないのは、互いにその気がないのか。あるいはリンネが若過ぎるのか。


 リンネの献身けんしんぶりはこれだけに留まらない。昨夜ヴァイロにほどこした音だけの耳かき。これを応用して精神的に抱えている病んでいる者にいやしを与えるのだ。


 穏やかの波の音、しっとりと降る雨音、小鳥のさえずりなんてものすらある。そして生活の足しになる程の施術料せじゅつりょう頂戴ちょうだいするのだ。


 まだある……彼女はハープをかなでて歌をつむぐ。これが我流がりゅうとは思えぬ程のあでやかさで、聴く者の心を鷲掴わしづかみにするのだ。


 娯楽ごらくが少ないカノンだからこそ、リンネの存在は世間に知れ渡り、隣国フォルデノ王国の貴族ですら、舞踏会に引っ張り出す。


 これは当然プロの仕事と熟知じゅくちされ、しっかり稼いでいる訳だ。


 一方、ヴァイロは弟子こそ取るが金は取らない。よって住居を提供しているものの、完全にリンネの稼ぎだけが頼りなのだ。


 ヴァイロにしてみれば、どんな音色ねいろでも得物えものなしに表現出来るのにも関わらず、わざわざハープを携行するリンネに疑問を抱いている。


 だがそれはこの男が芸術という言葉を知らな過ぎた。


 ライブで演奏をしているからこそ、相手の琴線きんせんに触れるという事を理解していない。


 ただこのヴァイロという男。森の女神『ファウナ』の力をベースに自らが考案した魔法の能力には定評がある。


 自分が暗黒神など世間から呼ばれているのは流石に羞恥しゅうちなのだが、自らの名を介した魔法を若人達が、次々と継いでくれる事は素直に嬉しい。


 今日もこうして弟子達が教えをいにやってくる。ただアズール、ミリア、アギドの三人は、もう充分過ぎる程の力を持っていると彼は認識している。


 教える事はもう何もない……というのは言い過ぎ。まだ見せてすらいない上級魔法は確かに存在する。


 なれどそれらを教えても、この平和な島では使い道がない。


 結果、教える事は何もないに終着する。此処に来て貰っても、出来る事はレクリエーション位なものである。


 ツリーハウスの中から聞こえるやり取りに、ミリアだけが複雑な表情で見上げている。


 リンネが未だに同居人の一線を超えないのであれば、自分にもまだ芽はあると、ひそかな想いを抱いているのだ。


 やがて身支度を適当に済ませたヴァイロが、ツリーハウスから降りてくる。そのかたわらには、リンネが当たり前の様にいて、その腕を取っていた。


 毎日の出来事なのだが、それを見たミリアが顔をそむけた。


(いつか自分があの場所に……大体こんなガサツなの、どこが良いのかしら?)

(御覧なさい……ほらっ、は私のだから……)


 うら若き少女達の争いがある事をヴァイロは認知していなかった。

 そんな平和ボケしているやり取りを、アギドは呆れた目で一瞥いちべつする。


 アズールが背中に何かを隠しながら師の元に駆け寄る。


「ところでさ、見ろよコレっ!」


 自分が描いたのであろう絵を見せてきた。真っ黒に塗りつぶされた……。


「と、トカゲですか?」

「違うっ!」

「ええ……とぉ、未確認生命体?」

「う、宇宙人じゃねえっ!」


 ミリアとリンネに判って貰えず、ほおを膨らますアズール。本当に少年らしい態度は愛らしく、心底嫌われる事がない。


「これは黒いっ、ド・ラ・ゴ・ンっ! 竜っ! このカノンにいたら格好いいと思わねえか?」


 アズールが自分の描いた絵を幾度いくども叩きながら、ムキになってアピールする。


「あ……」

「そ……そうねぇ……」

「フゥ……くだらんっ」


 ミリアとリンネはそっぽを向いて、かなり取り合えずな相槌あいづちを打つ。アギドは気分をストレートに台詞せりふへ乗せた。


 そんな中、ヴァイロだけが面白そうな顔をしてアズールの絵をうばうと、梯子はしごを登って家の屋根の上にまで登った。


 そして絵の中の黒い竜を至る景色に当てはめて、一人で何やらブツブツ言っている。


「……陽の当らないカノンを守護する黒い竜。それにまたがるは暗黒神ヴァイロっ! つまりこの俺様っ! 漆黒しっこくの竜騎士っ!」


「ヴァイーっ! 一体どうしたってんだよ!?」

「アズっ、この絵貰うぞっ!」


 先程のまでの寝坊助ねぼすけは何処へやら。この中の最年長である筈の男が、最年少のアズールよりも目を少年の様に輝かせて、何処までも黒い大地に想いをせた。

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