最終話 「「せーの」」


「ハア、ハア……」

「クッ、ッ」

 致命傷を負った才人と、自傷により口と腹から、流血を続ける郁斗。

 両者は睨み合いながら、互いに呼吸を荒げていた。

わたくしは、っ……」

「‟抜かりない”」

 すると、そう言って才人は、ジャケットの内ポケットに右手を忍ばせた。

 おい、その動きは……。

 まさか、銃でも出すつもりなんじゃ。

「やめろ桐島!!」

 声を荒げた同時に、口内の血が再び噴泉した。それでも、苦痛に顔を歪めつつ、郁斗は才人を静止すべく突進してゆく。対する才人は左手に持ち換えていたハンティングナイフを、郁斗に向け振り回した。

「うっ……」

 ビシャビシャッと、床一面に飛び散る血潮。ギザギザな刃により、郁斗は右腕から胸一帯をを切り付けられ、皮膚から肉がえぐれるほどの深手を負った。

 強烈な痛みと共に動きを弾かれ、腕を押さえる郁斗。才人はすかさず、反撃を試みようと右手を内ポケットから離し、再びナイフを持ち換えそのまま襲い掛かった。

 もう、ダメか。

 だが、そう思った瞬間。

 凶器を振り上げた状態のまま、石像のように固まる才人。

 彼の真後ろ、駆け寄った少女が、才人の背中に刺さっていたナイフを引き抜く。と同時に、そのまま刃を再び、強く体内へと浸透させた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 ゆめの荒々しい呼吸が鳴りやまない。

 全ては郁斗を守るため。だが自らも殺戮行為を犯してしまったことに、ショックのあまり、その場で硬直してしまう。

「この……っ、こむすめが!!」 

 吐血と共に吐き出される絶叫。既に才人の口からは、ダラダラと濁った血が流れ始めていた。そして今度はゆめの方へと振り返り、狙いを定める。

 危ない! 郁斗は自らの負傷を無視し、駆け出した。ゆめの心臓を貫かんとする才人の右腕に飛び込み、背後から絡みつくように静止を試みる。

 瀕死状態の才人に、もはや十分な力は残っていない。が、それでも彼女を殺すことは容易い。そんな強い意思が、奮起する体全体から伝わってきた。

「やめ……ろ」

「はな、せ!」

 取っ組み合いになる二人……だったが。

 最後、僅かな差で力が上回った郁斗は、才人の持つナイフを奪い取ることに成功。一方、再び奪取をせんと猛進してくる才人。そこにはもう、四の五の策を巡らせられる暇も無かった。

 ブスッ。 

 咄嗟に相手に向け、構えた刃先。

 指先から手首にかけて、生暖かい血と肉の感触が浸食した。

 郁斗に重心を預け、もたれ掛かったその身体は、ゆっくりと地に堕ちていく。

 血塗れになった抜け殻のように。

 才人は瞳を閉じ、遂に倒れ、動かなくなった。

「郁斗さん! 大丈夫ですか!?」

「っ……ああ……何とか」

 郁斗の元に駆け寄るゆめ。全身を負傷した郁斗は、床に崩れるように座り込んだ。


 ——と。


「ピッ」


 死の目前、最後の力を振り絞り。

 才人が内ポケットへと手を伸ばす。

 そうして取り出して見せたのは、謎のリモコンだった。

 あれが……さっき忍ばせていた……ヤツ、か?

 不可思議な携帯機器のボタンに手をかけ、微かに笑って見せる才人。

わたくしは、抜かりない」

「この、復讐の宴は……」

「私自身で、終幕させるとしましょう」

 その言葉を最期に。

 閉ざされた彼の瞼は、二度と開くことは無かった。

「ガタガタガタガタガタ!!!」

 才人の死と同時に、グラグラと揺れ始める場内。重ねてけたたましい轟音が上層から響き渡る。

 それは、楼閣全体の崩壊を示唆していた。

 もしかすれば、才人は最初から。

 復讐を終えたと同時に、このエンディングを計画していたのかもしれない。

「桐島のヤツ、まさか」

「うそ……」

 二人は目を合わし、即座に共鳴した。

「ここは崩れる! 急いで逃げないと!」

「早く行くんだ、ゆめ!」

「いやです……一緒じゃなきゃ」

「けど」

「私に捕まってください!!」

 そう言って郁斗の言葉を跳ね除け、強引に腕を肩に回すゆめ。

「時間が無いんだ! だから早く!」

「いや! もう誰も失いたくないの!」

「だから、郁斗さん……」

「諦めないで!!」

 放たれた覇気。彼女の確固たる意志に説き伏せられ、黙してしまう郁斗。既に天井の至る所が剥がれ落ち、振動の衝撃によりステージライトや機材も轟音を立て落下していた。

 そんな中でも。すぐ隣で懸命に、汗だくになり助けようと必死の彼女。

「ゴメン」

「そうだよな……」

 郁斗は不屈の灯火をたぎらせるように力を振り絞り、二人は出口へと向かった。


 その後間一髪、外へと抜け出した二人。

 外は既に、真っ暗な闇に包まれていた。

「ゴゴゴゴゴゴ……」

 楼閣から脱出を果たし、一分と経たずして。

 山間にそびえ立つ高層ビルが、夜の静寂を引き裂きながら崩壊していく。

 だが郁斗とゆめはその光景には目をくれず、逃避行へと足を止めなかった。

 二人はただひたすらに、駆け抜け続ける。

 こうして……。

 長き「死の遊戯」が、悲劇的な形で幕を閉じた。



 ◆ ◆ ◆



 ピッ——。


『この事件は二ヶ月前の五月十三日。東京都青檜市にて、開園を予定し建設中となっていた屋内体験型テーマパークの大型高層ビルが爆発。崩壊した建物の中から、合計で十四名の遺体が発見されました。しかし全ての遺体からは、人為的とみられる刺し傷などが複数箇所見つかっており――』

『警察は引き続き、浦城郁斗容疑者、黒川ゆめ容疑者双方の行方を追っています』

『――では、続いてのニュースです』


「チッ」

「犯人の二人、ホントに生きてんすかね」

「さあ、どうだかな」

「ほら次野つぎの、そろそろ準備しとけよ」

「はぁーい」

 巨大施設で起きた、爆破事故。

 だが実際は偶発的なモノではなく、計画的な犯行によるモノと断定し、警察は現在も捜査を進めていた。

 崩壊と爆炎により、跡形も無くなった現場。

 その中で、重要な証拠として挙げられたのが「ブラックボックス」だった。

 発見された場所は現場地下に設置された、とある一室。

 そこに残されたブラックボックスの中には、一枚のメモリーデータが。

 中には、死亡した師谷倫太郎と思しき人物を殴打し拘束する「浦城郁斗」の姿と、同じく死亡した水菜月蜜を刺殺する「黒川ゆめ」の動画が記録されていた。

 また、現場から押収された複数の凶器から、それぞれ二人の指紋も検出された。


 当時、現場内で何が起きていたのかはわからない。

 だがその動画に映っていた「浦城郁斗」と「黒川ゆめ」の身元は未だ見つかっておらず、警察は連続殺人及び建造物等損壊罪容疑をかけ、二人を指名手配した。

「おい、次野。いつまでやってんだ。さっさと行くぞ」

「はいはい、今行きますって」

「チッ、ったく……」

「女子高生好きの変態と、れたメスガキが。一体どこ隠れてんだ。面倒かけやがって」

 そう言って、新人刑事の次野はのフリック入力を終えると、「フッ」と鼻息を飛ばし開いていたSNSを閉じた。



 ◆ ◆ ◆


 

 風になびく、草木の音。

 陽光煌めく空に、鳥たちのさえずり。

 砂浜をさらい、さざめく波の音。

 そこは、鮮やかな青と深緑の緑に囲まれた、海沿いの片田舎。

 情報社会からは隔離された辺境の場所。

「抜かりない……か」

「あの時の言葉は、そういうことだったんだな」

 郁斗は一人呟いた。

「何、してたの?」

「え? ああ」

「ううん、別に。何でもないよ」

「それより」

「ねえねえ郁斗、どう? コレ」

「うん。すごく似合ってるよ」 

「そう? フフッ、ありがとう」

 彼女は嬉しそうに、郁斗の元へと歩み寄る。

 そこにはフリルの付いた白のブラウスシャツ、そしてトップスと同色のチュールスカートを身に纏った、私服姿のゆめがいた。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 やがて二人は手を取り合い、ゆっくりと歩き始めた。




「キレイだね」

「ああ、美しいな」

 岬からの絶景に、心が感嘆する。

 

 オレたちはもう、逃げも隠れもしない。


「そいえば髪、伸びたね」

「まあ、数ヶ月切ってないから。それに髭もこんな」

「フフフ。でも、意外と似合ってるよ」

「そうか?」

「うん」

 吹き付ける海風。

 雲一つない青空の下、共に笑い合う二人。

「そういや」

「前にも似たようなコト、あったっけ」

「うん、あったね」

「でも。だからこうして、私たちは一緒にいるんだよ」

「ああ、そうだったな」


「ありがとう、ゆめ」

「ううん」

「私こそ」

「郁斗に出会えて良かった」

「オレもだよ」

「ありがと、最後まで傍にいてくれて」

「じゃあ行こっか」

「うん」


 結び合う手は、さらに強く。

 ささやかな二人の笑顔は、風と共に去り、そして。


「「せーの」」



 ◆ ◆ ◆



「んああ、疲れたーー!」

 この日の仕事を終えた、夜の十時過ぎ。

 帰宅した次野は、タバコのニオイが染みついたジャケットに汗の含んだシャツをそそくさを脱ぎ捨てると、いの一番にアプリの利用で消耗し切ったスマホを充電させる。

「さあさあ」

 そして下着に至るまで着ていた衣類全てを洗濯カゴに放り込むと、鼻歌交じりに意気揚々とシャワー室へと向かった。

 その間、充電されたスマホ画面には、続々と「‟あなたの投稿に、リコメンドされました”」という通知が。


「ック! ぷはあああ」

「仕事終わりのビール、うんめええ!!」

 十分後。風呂から上がった次野は、バスタオルを首に巻きキンキンに冷えた缶ビールに歓喜を表す。


「ピロリロリロリン」


「ん? 何だ?」

 夜分遅く、ふいに届いた一通のメール。



『件名:ご当選お知らせ』



 ご当選? 

 何だろう、こんな時間に。





 了

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シンサイド・スクエア 七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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