第39話 決戦

「お気づきなら、もはや説明する必要もないでしょう」

「そうです。これはわたくしが創り上げた復讐の宴。どうですか? 楽しんでいただけましたか?」

 震えるゆめを前に、一人ほくそ笑む才人。

「どうして、こんなヒドイ事……」

「おや? ちょっと待ってください。ヒドイって、今そう言いましたか? 言ったでしょ、これは復讐だって。いや~残念、ホントに残念です。わたくしが愛華の父親と知っていながら、ここまで来て尚、そんな感想を抱くとは」

「後悔と反省の念にさいなまれていると、そう思っていたのですがね」

「それは……。じゃあ、私も……殺すんですか?」

「ふぅ。それも解釈がズレていますね」

「‟殺す”って……まるでわたくしが加害者で、貴方は被害者みたいな言い草ではないですか」

「これは浄化です。わたくしは浄化をするだけですよ」

「じつは貴方たち八名は、この楼閣における二回目の招待客でしてね。初回の一回目は先月開催致しました」

「一回目では各ゲームにおいて、粗削りな部分もいくつかあり、コチラとしても改善点が多かった。けれどその反省も踏まえ、今回の二回目は抜かりなく進行ができました。二回目の方が、より罪が重いと判断した八人を集めたのでね」

「貴方は全参加者の中で、最年少の女子高生。ですが意外と肝がわっているように思います。なので、手を抜くつもりはありません」

「えっ……」

「ちなみに一回目の際、貴方の様に最後に生き残った参加者で、‟千切原”という男がいました。彼には指殺人がいかに重罪であるかを自覚させるために、両手全ての指を切り落とした上で、全身をメッタ刺しにしてやりました。けれど思った以上にタフだったようで、隙を見て逃げてしまったんです。まあその日は大雨で、さらに此処ここは山の中。指紋は残らないだろうし、すぐに息絶えるだろう。そう判断し、無理に追いかけもしませんでしたが」

「おっと……すいません、長話に付き合わせてしまって」

「さて、と。では貴方には何を与えましょうか。そう簡単には死なせませんよ」

「お願い……」

「こんな事もう止めてください。愛華だってきっと、望んでない」

「娘の話はしない方がイイですよ」

わたくしがより、狡猾になるだけですから」

「こんな復讐……愛華もきっと悲しむ」

「ああ、しつこい。まったく、やかましいですね」

「わかりました。ではまず、貴方のその両耳を切り落として差し上げましょう。で、その次は舌です。話し合いなど無意味だということを教えてあげますよ」

「きゃ……!」

 すると才人は、ゆめの髪をグッと掴みナイフを眼前にかざす。

 既に抵抗する力も残っていないゆめは、されるがままだった。

「では、最後はこの私が直々に」

 才人はそう言って、ゆめの左耳に向けゆっくりとナイフを近づける。


 グサッ——。


 だがその音は。

 耳元ではなく、男の背後から響き渡った。

「うっ、っ」

 惨劇と恐怖から、目を瞑るゆめ。だが才人の持つ刃は動作を止め、掴まれていた髪がその手から離れていく。

「き、貴様……なぜ」

 背中から体内へ刺し込まれた、もう一つの刃。才人は突如として呼吸を乱し始める。壊れかけのレコードのように、途切れ途切れでかすれた声を吐き振り返った才人の眼前には、死んだと思っていた郁斗の姿があった。

「どう、して……」

「アンタが桐島か。血塗ちまみれだが、オレは、刺されてなどいない」

「全部作戦だったんだ」

「アンタをここに、あぶり出すための」



 ◆



 それは、最終ステージへと向かう直前——。

「郁斗さん」

「これから私たち、戦うことになるのでしょうか?」

 まるで最終決戦の前夜のよう雰囲気。

 悲しみを湛えた少女の瞳がじっと見つめ続ける。

「多分。おそらく……逃れられないだろう」

「でもオレに、考えがある」

「考え?」 

「ああ」

「これまでの話で分かっただろ? これはきっと、亡くなった娘への復讐。主催者の桐島は十中八九、彼女の父親だ」

「第三ステージを終えた時、桐島は言っていた。死ぬのは義務コレハギムナノデスって。だとしたら最終的に、だろう。生き残るというルートなど、そもそも無いと見た方が賢明だ」

「じゃあ、次のステージの意味って」

「わからない……。とはいえオレ達が戦うことは必須だろう」

「じゃあ、オレが桐島の立場だったらどうするか? 最終ステージを設ける意味は何なのか?」

「オレならきっと、最後に勝ち残った勝者に対し、自ら直々に裁きを下して、絶望の淵へと叩き落す。そうする」

「っ……それじゃあ、私たちはもう」

「そうだ」

「だけど、ここから推測できることがある」

「それは——」

「最終ステージが終わればきっと、桐島は姿ってこと」

「だからゆめ」

「もしも次の最終ステージ、‟偽装が可能”だとしたら……」

 この方法に確証は無い。

 けれど、万が一にも可能性があるなら。

「二人で協力し、桐島を計ろう」

 そうして郁斗はゆめに、この先の筋書きを伝えて見せた。

 


 ◆



 そして始まった、最終ステージ。

 郁斗はナイフを手に、ゆめへと迫る。その動作に至るまでの間に、郁斗は会場のカメラを探した。確認できるのは四台といった所か。上手下手かみてしもてそれぞれ、ステージの最前列に二台と、客席側にもう二台。

 郁斗は時間をかけナイフでゆめを脅しながら、わざと間合いを取るような動きを見せ、近づいた。そして客席を背にしたタイミングで死角を作り上げると、彼女に向けかすかな声音で囁いた。

(ゆめ……)

(今からオレが、わざとナイフを落とす)

(ゆめはそれを奪って、オレに馬乗りになるんだ)

(えっ? ……でも)

 言葉無きゆめのそんな反応を他所よそに、郁斗は続けた。

(そしたら何度も、オレを刺すフリをしてくれ)

(オレの顔と上半身が、カメラから隠れるように)

 困惑した表情を見せる彼女。

 だがやがて、それは覚悟へと変わる。

 そうしてゆめの同意を確認した郁斗は、行動に出た。

 戸惑い、決心が定まらない中で余儀なくされる、殺人という行為。そんな乱れた情緒を行動に魅せながら、郁斗は敢えて彼女への攻撃を外して見せた。そして倒れ込み、動揺を装う形でナイフを落とす。

 と、すぐさまそれを奪うゆめ。

 その間に床にひれ伏した郁斗は、予め胸ポケットに忍ばせていたある破片を口の中に放り込んだ。それは第四ステージの時からいつか使える思い、常時携帯していた割れたショーケースのガラス片。

 すると間を開けず、立ち上がる隙も与えず、郁斗の身体にのしかかるゆめ。

 そして……。

「やめてくれ、ゆめ……頼む」

 そう、言葉を吐いた直後。郁斗は力いっぱい口を閉じ、すぼめるようにして口角を収縮させた。一瞬にして、ドバドバっと口の中に吹き上がる血液。

 ナイフを振り降ろすゆめを、隠れ蓑にするように。

 郁斗は続いて「プッ」と、瞬時に自身の腹に向けガラスの破片を吐き出す。そして何度も刺され続けているいつわりの腹部に手を伸ばす振りをし、再び破片を掴んだ。

 最後はゆめの上下の動きに合わせ、まるで真っ白な画用紙を鉛筆の黒で塗りつぶすように。傷口を押さえる振りを装い、自らの皮膚をガリガリっと繰り返し引き裂いた。

 口からの大量出血と、真っ赤に染まった腹部。

 そうして、激痛に耐えながらも。

 郁斗はゆっくりと目を閉じ、しかるべき時を待った。



 ◆



 本来なら、身動きを封じるだけで良かった。

 それなら、足にでも刺せばと。

 けれどそれでは弱いと、そう思ってしまった。

 刃を通した時の感覚。今も尚、人間の皮膚と肉の感触が手の中に残っている。

 才人の背中には、郁斗が突き刺したナイフが未だ刺さったまま。

「こんな方やり方、間違ってる。だから桐島……もうやめるんだ」

「黙れ!」

「うるさい、うるさいうるさいうるさい!!」

「お前は、お前たちは……愛する娘と妻を殺した」

「悪気も無く、いとも簡単に」

「その指でなあああ!!!」

 たかが外れたように狂い叫ぶ才人。だが郁斗とゆめは、何も言い返せなかった。

 ここまで彼を追い込んだという自覚。才人の言葉の一つ一つが、無形の刃となって心の臓に突き刺さる。

「どうして娘は……お前なんかに」

 脚をふらつかせながら。郁斗に向け、激しい吐息交じりに放たれた言葉。

「いま……何て」

 けれど。ここまで来ても尚、掴み取れないピース。だからこそ、自らの行いは罪深いのかもしれない。

 でも、何だ? 今の言葉は。

 白星愛歌も。

 桐島愛華も。

 郁斗にとって、どちらも面識など無い。

 どれだけ記憶を辿ろうと。

 導き出される答えは、一つ。

 ただ、それだけだった。

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