第38話 約束

「ねえねえパパ。ママから聞いたんだけど。今度新しい屋内テーマパーク、建設するの?」

「ああ、そうなんだ」

「実は今、新たに任されているプロジェクトがあってね」

 その日。

 久しぶりに実家へと訪れた娘との、家族水入らずの時間。

「ふーん、そうなんだ」

「じゃあ私! もっともっと芸能活動頑張るから、そしたら新しくできるその会場でイベントさせてよ!」

「イベント? ライブってことか?」

「うん! 今はまだまだだけど、ファンが増えてくれたら少しは貢献できるかもよ?」

「ライブって……場所は西東京の山間部なんだぞ」

「関係無いよ。ファンの熱量ってすごいんだから。それに私、地方の遊園地とかでイベントによく参加もしてるし。フェスとかなんか、都会から離れた場所でいっぱいやってるんだから」

「だから、いつかの約束ってことで。ねッ!」

 お互い仕事で忙しい中で、娘と交わす会話。こうして話したのは、何ヶ月ぶりだろうか。それがどこか懐かしくもあり、嬉しくもあった。

 愛華はいつも明るく、ひたむきで。

 その表情を見るだけで、「親孝行」の三文字が浮かぶ。

 親として、いつまでも愛おしかった。


 だが、そんな久方ぶりの時間が。

 娘との、愛華との。

 最後の会話となった。


 十二月三十一日。大晦日。

 この日の夜、娘は実家には戻らなかった。

 一緒に新年を迎えるはずだった。

 来月には、振袖を着た娘と念願のデビューも兼ねて、成人のお祝いもするつもりだった。

 けれど。

 娘は新年を迎えることなく、この世を去った。



 ◆



 時は過ぎ、命を絶った娘が一人暮らしをしていた部屋。

 残された遺品の数々。その中で見つけた、一台のスマホ。

 写真や電話帳やアプリなど、隈なく確認していた才人は、SNSアプリ「メセラ」で使用されていた娘のアカウントを閲覧した。

 仕事や些細なプライベートの場面を切り取り、毎日更新をしていた娘の履歴をスクロールする。几帳面で一生懸命な娘の性格が、日々の情報発信からこれでもかとうかがえた。

 そして才人は続けて、「リスト」と表記された項目をタップする。

 そこには、娘が作成したと思われる二種類のリストが残っていた。

 だがそれらを開いてすぐ、液晶画面を滑らしていた指がピタリと止まる。


 ~リスト名:『試練』~

 ・アカウント名:半場

 『死ね死ね死ね死ね死ね……』(連投)


 ・アカウント名:たまり

 『息子がいたずらされました。将来親になったら児童虐待をするような、危ない子です』


 ・アカウント名:カズ

 『密会』の題名と共に、アイコラ画像の添付


 ・アカウント名:みっく

 『整形前』の題名と共に、合成画像の添付


 ・アカウント名:Shiya

 『強迫観念が強いのが難点だが、彼女はまあまあイイ体と感度でした(笑)』


 ・アカウント名:美月ハニ

 『元同級生です。彼女には昔、いじめらてれました』


 ・アカウント名:ゆめみん

 『彼女は現在、アイドルをしながら……ある一般男性に恋をしています』


 他にも、娘に向けたとされる『ウザイ』『ブリっ子』『消えろ』といった、上記以外の八名を含む、計十五個の他人の投稿がリスト内には保存されていた。


 加えて、さらにもう一つ。

 ~リスト名:『自戒』~

「自戒」というタイトルで、別で置かれた保存リスト。

 その中には、‟ウラキ”という男性と思しき投稿が保管されていた。

 合計十六人による投稿。

 根も葉もない噂が付いて回り、誹謗中傷の蔓延はびこる芸能界。

 それでも負けない、諦めないと……。

 きっと必死に、乗り越えようとしていたんだろう。

 だが、結局。

 耐え切れずに、娘は。

 愛華は——。 


 それからおよそひと月が経過した、一月末。

 愛華の死後、精神疾患を患ってしまっていた才人の妻が、愛する娘の死を受け入れることができず、そのショックから後を追うようにして薬毒自殺を計った。

 娘を失い、さらに妻までも。

 残され、一人となり、塵尻になった家族。

 才人はその時心に誓った。

 ただ一つ。

 

 ‟復讐”という使命を。


 仕事などもう手につかなかった。

 代表として総指揮を一任されていた東京西部地区のプロジェクト。地盤調査や耐震工事のデータを密かに改ざんし、完成まで間もなくというタイミングで、強引にも一旦ペンディングさせた。

 娘との約束を実現するために。

 ライブで楽しませる、そう約束したもんな。だから代わりに、パパが実現してあげるから。奴らを集め、死のレクイエムを奏でてあげる。

 そうして才人は、独自で新たな計画を進行させた。


 ‟新境地”をコンセプトに、命名された「シンサイド・スクエア」

 その場所を「シンサイド・スクエア罪人たちの楼閣」に変えて。


 それからの約二ヶ月半。これまで築き上げて来た資産と地位を利用し、闇ルートへも手を出ずなどして、殺戮の為のあらゆる準備を施した。この場所を地獄のライヴ会場へと変貌させるために。

 ただ殺すだけではふさわしくない。せめて血と肉に塗れ、ジワジワと苦しんだ上で消し去るべきだと、そう思った。

 

 迎えた四月。舞台は整った。

 才人の中にあるのは、ただ一つ。


「この‟SNS域”で、全員を抹殺する」

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