第14話 画竜点睛

「……ありがとう」

「ここから先は、オレと彼に任せてほしい」

 無自覚に落とした声のトーンが、かえって彼女には通じやすかったのかもしれない。彼女は深く頷いた。

「わかりました」

「じゃあ私、行きますね」

「うん」

 ゆっくりと、手錠に鍵を通す。

 郁斗に向け再度首を縦に振ると、ゆめは静かに会場を去って行った。

「ほら、起きろ」

「も、もう、無理ですから……いいんです」

「何言ってんだ。早く立つんだ」

「だってもう、ボクは……」

「じゃあ、これならどうだ?」

 涙を浮かべる数馬の眼前に、郁斗は「飛行機」の形状をした鍵をちらつかせた。

「え、うそ……」

「まさか、ホントに?」

「そうだ。だが流暢に話してる時間はない。あと五分。いいか、今からオレが舞台を作る。だから数馬、最後はお前が決めろ」

「えっ……」

 そうして郁斗は数馬に向け、この先の筋書きを伝えた。



 ◆



『03: 59』


 ゲーム開始から七十六分が経過。残り時間四分。

「あの……半場さん」

「んあ?」

「じつは、コレ」

 訪れた場面。最終局面。再び半場の元へと向かった郁斗は、唐突に声を掛けた。そして挙動不審を織り交ぜながら、ポケットから出した一本の鍵を手に持って見せる。

「それ、おれが探してた……。なんでオマエが」

「やっぱり、そうでしたか。じつは聞いてたんです」

「彼から」

 そう言って、郁斗は自分の顔を数馬の方へと向けた。

「アイツ、やっぱり裏で計ってたのか……クソが」

「ああでも、彼を責めないで下さい。ここに居る全員、皆必死なんですから」

「ですけど……。僕はもう、諦めたので」

「なに?」

「実を言うと……僕のはまだ、見つかっていません」

「ああ? 何だ、さっき見つけたんじゃねえのかよ」

「いえ。もういいやって、ただ諦めただけです。完全吹っ切れて、適当に他の場所を漁ってたら、偶然この鍵が目に留まったんです。正直自分のじゃなくてガッカリしたんですが。それで一層、諦めが付きました」

「でもいいんです。だってそうでしょ? こんなゲームがこの先も続くって思ったら、もうただの生き地獄でしかない。それなら尚更」

「だから僕は、ここでもうオサラバしようと思います。自らここで‟死”を選択します。なんで最後のはなむけと思って、二人を助けたい。それで人助けをして、天国に行けるよう祈りたいと思います」

「おかしいですよね。でもいいんです」

「クックックッ、ハハハッ!」

「ハハッ、そうか。なんだ、慈悲深い奴だな、オマエ」

「いいぜ、気に入った。時間ももう無いからな」

「ありがとうございます。もしかしたら奇跡が起きて、彼の鍵だって見つかるかもしれない。今言った通り、僕は最後に人助けをして死にたい。だからそのメガネ、すぐに返してあげてください。そしたらこの鍵、お渡ししますから」

「何だそういうことか。だったらいいぜ。こんなもん、すぐにくれてやるよ」

「ザァーーー」

 すると半場は数馬のいる方へ向け、首から下げていた黒縁メガネを床に滑らせた。

「んじゃあその鍵、早くよこしな」

「はい」

 郁斗は素直に鍵を渡した。

「…………」

「……カッ」

「……カッ、カッ」

 が、その数秒後。

「んあ?! 何だコレ!!」

「おい」

「てめえ……まさか」

 ガチャガチャと音を立てる半場の手元。だが手錠は一向に外れない。

 それもそのはず。

 半場が鍵穴に刺したモノは、全く別の鍵だった。

ようやく気が付いたか。何だ、相当焦ってるんだな」

「ていうか、普通気づくだろ?」

「なに?」

「ほら」

「お前が探している鍵はさ……」

「こっちの、“て”の形をした方だろ」

 その言葉に半場は、慌てて鍵を凝視する。

 郁斗が半場へ手渡した鍵。

 それは、数字の「2」の形状をした鍵だった。

 二つは一見すると非常に酷似している。けれどよく見れば、似て非なるモノであることは明らか。とりわけを考えれば、一目瞭然だった。


 それはつい、先程のこと——。

 数馬の鍵を見つけるため、郁斗は半場のいるエリアへと向かった。

 けどその直前に、郁斗が走って行った場所。

 そこで拾ったのが「2」の鍵だった。

 郁斗はゆめが鍵を見間違えたシーンと、「W」と「M」の違いの会話を思い出し、この時のために保持していた。

 そして今。半場に差し出す際、郁斗は鍵の向きを逆さにしていることがバレないよう、持ち手の上部を握りこぶしの中に完璧に隠し、提示。残り時間も無い中で正常な判断ができない状況も味方し、結果半場はものの見事に騙されていた。


 さらに——。

 それは郁斗が、ゆめと玉利と共に計画を実行していた時に遡る。

 郁斗は共闘する三人の鍵を捜索しながら、視力を失った数馬が単独で捜索を再開し、半場も自らの鍵探しに奔走しているタイミングを見計らって……。

 怪しまれない程度まで数馬へと距離を詰め、床を「コンコンコン」と叩いた。その音に反応する数馬。すると郁斗は、目を細める数馬に向け「ココを見ろ」と示すように激しく両腕を上下に動かし、両手を床に指して見せた。

 鮮明ではないものの「何だろう」と興味を抱いた数馬が徐々に近づいていく。ある程度の距離まで来た所で、郁斗はその場から離れた。

「これ、は」

 床に這いつくばった状態の数馬がそこで目にしたモノ、それは。

 

 キミト ヤツノ マークハ?

 タスケル


 それは郁斗が鍵の先端を使い、うっすらと床に書き記したメッセージだった。バサッと顔を上げる数馬に対し、郁斗はゆっくりと大きく頷いて見せる。

 その後、半場の目をくぐりながら。遠ざかる数馬を確認し、再びメッセージの場所へと戻る郁斗。

 するとそこには、

 「カ=ヒコーキ」「ハ=て」

 の文字列が。

 数馬が刻んだ回答。察知した郁斗は靴を床にこすり付け、さらに足で鍵の束を流し込み、すぐさまメッセージを掻き消したのだった。


 それから暫くして。

 郁斗がゆめの「四つ葉のクローバー」の鍵を見つけた時のこと。

 運よく偶然にもクローバーの傍には、半場が求める「て」の鍵が、隣り合って存在していた。半場の鍵をポケットに忍ばせる郁斗。アイツが何をしようと、どれだけ叫ぼうと、これでもう奴が見つけ出すことなど、百パーセント不可能。郁斗はその瞬間、悪魔と化した。

 半場は既に、この時点で詰んでいた。

 結果。最後、数馬の鍵を見つけ出すまでの間に。

 郁斗の右ポケットには「自分」と「半場」の鍵。そして左ポケットには「2」のマークの鍵と、計三つの鍵を保持していた。


「……てめえ、騙しやがったな!!」

 血走った眼球をむき出しにして、半場が罵声を轟かせる。

「悪いが、これ以上話している時間は無い。そもそもオレは、あんたと話すのも今が初めて」

「正直言って、あんたに恨みなどない」

「だからこの鍵は、に託す」

「な、何だと?」

「コツコツコツ……」

 すると、半場と話をしている間にメガネを取り戻し、すぐ傍まで来ていた数馬に対し、郁斗は持っていた半場の鍵を渡した。

「ガチャン」

 ずっと不自由を強いて来た鉄の塊が、手首からずれ落ちてゆく。

 ようやく自らの手錠を解錠した郁斗は、二人に背を向け颯爽と歩いて行った。



 ◆



「なあ」

「悪かった……全部、謝るよ」

「な? すまない」

「ホントに悪かった」

「だから頼む」

「そのカギ、渡してくれ……」

「悪かった、頼むよ」

「…………」

「…………」

「……わかりました」

「ホ、ホントか?」

 表情をほころばせ、両腕を差し出す半場。

「ありが、と」

「う……て」

「え?」

「ッ、オマエなんか!!!」

「っ」

 直後。

 突如として生まれた、凛とした静寂。

 失われた喧騒。

 それでいて、不気味な間。

 生ぬるい温度。

「……シャン」

 その微かな音に、男は振り返るしかなかった。


『00: 10』


 ゲーム開始から七十九分と五十秒。

 残り時間十秒になった、その瞬間。

 両腕を伸ばし安堵を浮かべる半場に向け、数馬は鍵を差し出す素振りと共に。即座に腕を引き大きく振りかぶると、持っていた半場の鍵を後方の鍵山の中へと投げ飛ばした。

 そしてもう一方の手に握り締めていた自分の鍵で、素早く手錠を解錠。逃げるように走り去っていく。

「カギは」

「どこだ、どこ行った」

「カギ……」

「カギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギぃぃぃぃ!!!!」


『『『00: 00』』』


 訪れた終幕。

 開始時と同じ不気味なホーン音が場内に鳴り響く。

「っひ……」

「ウソ、だよな?」

 ピタっと足を止め、空を仰ぐ半場。


≪シュウリョウジカントナリマシタ≫

≪ステージシッカクシャ——≫


≪‟半場勤”≫


 再生されるネズミ声のジャッジ。

 その、瞬間。

「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……」

 半場の手元の手錠の内部から、謎の電子音が鳴り始めた。

「おい、まて」

「待ってくれ……たのむ」

「待ってくれええええええ!!」

 脂汗と焦燥をたぎらせる。


 一方、セーフティーゾーンの柵越し。

 郁斗たち、七人は。

 その行く末を。

 ただじっと、見つめるしかなかった。



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