雛祭さんは確かめたい 2

 カジュアルでちょうどいいコーディネートを考えはじめて、一時間半。もう家を出ないといけない時間だ。しかし、いいコーディネートなどさっぱりわからない。雑誌を何通りと熟読したが、おれの手持ちの服で、『カジュアルにデートしたい日の、ちょうどいいおしゃれ』など、できそうにもなかった。

 この雑誌を理解できない、おれが悪いのか。おれのような読者にも理解できるような内容のものを作りだせなかった、雑誌の編集部が悪いのかは、わからない。もうなにもわからない。やはり昨日と変わらない、全身真っ黒の服装で行くしかないのか。

 部屋の机の上に置いたままのスマホが、震えた。ラインの通知は、みくりからだった。


『おーい。大知、準備できた? 家の前通りかかったから、ラインしてみた』


 ―――おい、待て。今日は、おれと雛祭さんのふたりだけなんじゃ……ないのか?

 えーと……勘違い、か。そりゃそうだよな。昨日、喫茶店で肝試しをしたのは、おれと雛祭さん含め、四人だもんな。昨日の封筒の話をするってのに、急におれとふたりだけのメンツになるわけないよな……はは。

 おれは、ちからの入らない指で、チャットの返信を送った。


『まだ』

『えー。大丈夫なの? 時間』

『服が決まってない』

『は? いつもの服でいいんじゃないの』

『昨日と似たようなのじゃ、さすがにまずいだろ。今、考えてるんだよ』

『へー。ほーん。今まで、とあるの組織の一員なんじゃないかと思うほどの黒一辺倒だったのき、どーゆー心変わり?』

『うるせえなー』

『あっ、そーだ。じゃあさ、あたしがコーディネートしてあげようか』

『何いってんだよ。部屋に来る気か』

『大知の部屋なんて、いつも行ってたじゃん。今さらでしょ』

『それは昔の話だろ』


 そう送ったところで、インターホンが鳴った。『来るな』と送ろうとしたが、すぐに母親が出てしまったようで、玄関からみくりの声が聞こえてくる。「久しぶりじゃない」とか「どうもー」とか「約束しててー」とかいうような会話が聞こえてから、二階への階段を誰かがのぼってきた。みくりだろうな、と頭を抱えたところで、ノックもなしに部屋のドアが開いた。


「うわあ、まだ部屋着のまんまじゃん」

「おい、ノックしろよ! おれのプライバシーゼロかよ」

「あたし、大知の部屋、ノックしたことないけど」

「だーかーら、それいつの話だよ。もう、高校生なんだから少しは……」

「ねえ。この雑誌、何?」


 机に置きっぱなしになっていた母親の雑誌をめざとく見つけたみくりは、すぐさまパラパラとページをめくっていく。

 しまった。本棚のラノベや、壁の美少女のポスターや、コレクションケースのフィギュアよりもなによりも、この雑誌を一番に隠しておくべきだったのに。みくりになんとツッコまれるだろうかと、おろおろしながら顔を真っ赤にしたり、青ざめたりさせていると、みくりが「ふんふん」とうなずいた。


「大知はさあ、骨格がすらっとしてるから、服装のシルエットを気にするだけで一気にオシャレになると思うよ」

「……は? シルエット?」

「大丈夫、あたしに任せて! すぐになんとかしてあげる。んじゃあね、これとこれ着といて。あとはー」


 みくりは、おれのタンスから、ババッと何着かベッドに放り投げると、部屋から飛び出していった。

 えーと、これを着とけばいいのか?


「うわっ、これは……いつかのときに母親がユニ〇ロで買ってきた、ダボッとしたデニムパンツか……」


 おれは黒スキニー以外は認めないので、一度もはいたことのないものだ。そもそも、おれがこんなのはいても、似合わないだろ。

 投げられたもう一着は、黒のタンクトップか。

 とりあえず、もそもそと着ておく。みくりは、まだ戻ってこない。どこへ行ったんだ……待ちあわせの時間が、刻一刻とせまっている。

 やきもきしていると、みくりが階段をどたどたとあがり、戻ってきた。


「おーまたせ! じゃあ、これとこれ、着ようか」

「……は? これを切るのか? おれが?」

「つべこべいわなーい。時間ないよ! コーディネート、レボリューション! したいんでしょ?」


 芸人のモノマネなのか、敬礼のポーズをしながら、急かしてくる、みくり。

 こんなの着て、どうなるんだと思いながらも、時間はないし、自分では何も思いつかない。流されるままに、手渡された服に、袖を通す。

 着おわったら、みくりにシワを伸ばされたり、見栄えをチェックされる。スタイリストか、お前は。


「うん、オッケー。さーて、時間がないよ。急げ急げ!」


 みくりがあわてながら、カバンを肩に掛ける。おれも財布とスマホをポケットに入れ、部屋を出た。

 リビングにいる母親に出かけることをいうと、ニヤリと笑われた。


「あら、似合ってるじゃない。さすが、みくりちゃんね」

「どもども」


 女ふたりがおれを見て、ニヤニヤしてくるので、居心地が悪いので、さっさと靴を履いて、家を出た。みくりがあわてて、追いかけてくる。

 カフェシエルに着いたのは、待ちあわせ時間を一分ほど過ぎたころだった。じゃっかんの遅刻。おれがうだうだしていたせいで、みくりをも遅刻させてしまったわけだが。

 すでに四人掛けのテーブルで、雛祭さんと快人が待っていた。みくりが、両手を合わせながら、雛祭さんの向かいに座る。


「ごっめーん。遅れちゃった」

「いや、おれのせいだから、お前は謝らんでも……」

「何だよ、大知。いつもと感じ違くね!?」


 快人がぐいっと身を乗り出して、おれの服装を品定めするように見てくる。

 履き慣れないダボッとしたデニムに合わせるため、みくりが選んできたのは、おれの父親の白いロンTってやつだった。それに、灰色のカーディガン。父親はおれよりもがたいがいいので、着ると少しオーバーサイズ気味になる。みくりいわく、それがトレンド……らしい。くわえて、デニムパンツのすそは二回折るのがいいらしい。

 こんな格好は生まれてこのかたしたことがないので、めちゃくちゃ落ち着かない。しかも、快人がじろじろと見てくるので、よけいに恥ずかしくなってくる。

 雛祭さんをチラッと見ると、微笑ましそうな表情でおれを見ている。なんだ、どういう表情なんだ、これは。

 すると、快人が雛祭さんに肩を近づけ、親指をおれのほうに向けた。


「ねえ、雛祭さん。どう、大知の服」

「とても、可愛らしいと思います」

「んはは。確かに~」


 おい、雛祭さん。どういう意味だい、それは。可愛いって、何? その感想は、アリなのか、ナシなのか? このコーディネートは、失敗なのか? おれには似合ってないのか?

 みくりのほうへと勢いよく顔を向けると、サムズアップされた。えー?

 このコーディネートを理解していないのは、おれだけって、ことか。

 服装ごときで悩んだあの時間は、何だったんだ……。

 店員が水を持ってきたタイミングで、おれたちはそれぞれの注文をした。雛祭さんはココア、みくりはカフェオレ、快人はコーラ、おれはウインナーコーヒー。

 水を飲んだり、手を拭いたりしながら、たあいもない話をしたところで、雛祭さんがスッと手をあげた。。


「さて。それじゃあ、本題に入ってもよろしいですか?」


 みくりと快人が、うなずく。おれも遅れて、こくりとうなずいた。


「ありがとうございます。まず、お話しておきたいことがありまして……わたしの記憶のことなのですけど……」


 雛祭さんがそういったとたん、おれの心臓が、どくんと跳ねた。みくりも、快人も、驚いているようだ。

 雛祭さんの記憶が戻ったのかと、思ったのだ。

 しかし、雛祭さんの表情から、そうではないことがわかった。


「実は……わたし、記憶をなくす前、異世界のノートを作っていたようでして……これなんですが」


 雛祭さんが大きなバッグのなかから取りだした、一冊の大学ノート。

 表紙には、『わたしの異世界転生記録』と、ていねいな字で書かれていた。まぎれもない、雛祭さんの字だ。

 あのまじめな雛祭さんが作ったノートとは思えないものが出てきたことに、おれたちはそろって目を丸くしていた。

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