5日目 日曜日

雛祭さんは確かめたい 1

 久しぶりに、夢を見た。

 夢のなかでおれは、なぜかまだ経営している、喫茶『のーぶる』の窓際の席で、雛祭さんといっしょに向かいあわせで座っていた。

 メニュー表を見ながら、おれはカフェオレにしようと思っているようだった。雛祭さんはというと、何にするか決めかねているようだった。

 おれは、たいていの女子が好きそうだという先入観を抱いている、ココアを指さした。


『これは? ホイップクリームとか乗ってて、うまそうじゃん』

『そうなんですか……。でも、これも気になってて』


 雛祭さんが指さしたのは、クリームソーダだった。グリーンの炭酸に、バニラアイスとさくらんぼが乗っている、定番の見た目。

 懐かしい。おれが最後に飲んだのは、いつだったろうか。


『わたしがエーデルリリィでよく飲んでいた、クリュムトに似ているんです』

『くりゅ……む?』

『おいしいんですよ。まろやかで、ぱちぱちして、胃のなかで爆発するんじゃないかと思うほどのぱちぱち感なんです』

『いや、クリームソーダはそんな破壊力はないはずだ……。クリュムトは……そんなにすごいんだな』

『はい。似ているか確かめるためにも、わたし、頼んでみようと思います!』


 店員に、カフェオレとクリームソーダを注文する。

 すると、一瞬で目の前に注文したものが現れた。なるほど、これは、まぎれもなく夢らしい。

 カフェオレを飲むと、想像通りの味がした。雛祭さんは、どうやって食べたらいいのかわからないようで、クリームソーダをてっぺんからのぞきこんでいる。


『まず、ストローでソーダから飲むといいよ』

『この紙につつまれた、長い棒ですね』

『なかに、細い筒が入ってるから、それで吸うんだ』

『わかりました』


 ストローをグラスになかに突っこんだ雛祭さんは、これでもかと一気にソーダを吸いはじめる。待て待て、そんなに無茶したら炭酸で喉が吹っ飛ぶぞ。


『だ、大丈夫? そんなに急に吸ったら、やばいことに……っ』

『うううう……胸が焼けそうです……』

『だろうね』


 雛祭さんに水を差しだそうとしたとき、不可解な音が聞こえてくる。

 しゅうううぱちぱち、しゅうううぱちぱち。

 これは、炭酸のはじける音か。

 だが、なんでこんなに音が大きいんだ? 耳元ではじけているみたいに、うるさい。なんだか、不穏だ。ようすがおかしい。

 しゅうううぱちぱち、しゅうううぱちぱち。


『どーーーーーーーーーーーん』


 緑の液体がはじけ飛び、さくらんぼが宙を舞う。アイスクリームで、おれの目の前は真っ白になった。

 クリームソーダが、爆発したのだ。

 意味が解らん、と思った瞬間、目が覚めた。ひどい夢だ。

 クリュムトは胃のなかで爆発する、とかいう話はなんだったんだ。

 なぜ、クリームソーダのほうが爆発したんだ。 

 だが、ハデにはじけた炭酸は、空中できらきらと輝き、夜空の星のように光っていた。あの光景はとてもきれいで、目が覚めた今でも思い出せるくらいだ。

 カーテンを開けると窓から、朝日があふれた。まぶしい。

 朝七時半、休日の朝にしては、早すぎる起床だ。だが、あんまり遅くても親がうるさいので、たまには早起きでもするか。

 喫茶店での肝試しは、あのまますぐに解散になった。

 寝る前に、雛祭さんが持ち帰っていた封筒のことを考えていたから、あんな夢を見たんだろうか。

 星降る夜に、雛祭さんは、異世界に帰るつもりでいる。

 今日も、雛祭さんは記憶が戻らないだろうか。

 スマホの日づけを、寝起きのしょぼしょぼとした目で、見つめる。

 日曜日だ。雛祭さんに会う予定はない。ダウンロードした、ゲームの続きでもやろうか。

 のそのそとベッドから降りると、スマホが振動した。

 ラインの通知、雛祭さんからだ。


『おはようございます。昨日の封筒のことなんですが、今日、お話できませんか?』

『おはよう。今日は予定ないから、いつでも暇だけど』

『じゃあ、十一時にカフェシエルで待ちあわせは、どうでしょう』

『あそこね。わかった』

『すみませんが、よろしくお願いします』


 会話のシメに、『了解スタンプ』を送り、ベッドにスマホを置いた。

 まさか、今日も雛祭さんに会えるなんて。ガッツポーズをとりたくなるのを、必死に耐えるが、内心ではすでに踊り狂っている。

 これは、脈ありなのかと一瞬、疑ってしまうくらいには、雛祭さんに心を開かれている感じがする。

 そうなってくると、やばいことに気づいてしまった。

 昨日の今日だ。

 似たような服を着て行って、『まさか、鯉幟くん。着替えてないんですか』なんて誤解されたくない。でも、タンスには似たような黒い服しかない。シルエットも似たパターンのやつばっかりだ。

 ちょっとはオシャレ、みたいなこと……するべき、なのか?


「大知! 起きたの? 起きたんなら、ごはん食べなさい!」


 一階から、母親のいつもの声が響いてくる。

 一般家庭の一般的な親なので、ラノベで読んだことがあるようなセリフが、ちょくちょく飛んでくる。まさに、テンプレートの親。親のなかの親だ。

 雛祭さんのことで頭をいっぱいにしながら、一階におり、ダイニングテーブルに置かれた朝ごはんの前で「いただきます」とつぶやいた。

 母親が、キッチンから「はいはい」と返してくる。

 トーストにバターを乗せ、ココアを一口飲む。ミニトマトとレタスのとなりに、固く焼かれた目玉焼き。昨日の残りのポテトサラダ。

 それらをもそもそと食べながら、今日の服装を考える。なんとか、おれのイメージがあがるようなコーディネートはないものか。中学校からはもう黒ずくめコーデでいたため、一般的な高校生男子の服装がわからない。

 でも、快人のような服装はまったく好みじゃない。着たくもない。

 ふと、ダイニングテーブルで、いつも母親が座っているところに、一冊の雑誌が置かれていることに気づく。

 表紙のモデルにかぶさるように、でかでかとこう書かれていた。


『カジュアルにデートしたい日の、ちょうどいいおしゃれテクニック!』


 どういう雑誌なのかさっぱりわからないが、これは……今のおれに必要な情報が載っているんじゃないのか……?

 おれは母親のようすをちらちらうかがいながら、何でもないフリをよそおって、話しかけた。


「お母さん。この雑誌、ちょっと貸してくんない」

「え? なんで?」


 いちいち、蛇口から流れる水を止め、母親が顔をあげた。

 くそ。さすがに、サッと渡してはくれないか。

 今までのおれはずっと「服は黒でいい」といいはっていた。

 それが突然、母親が買ったであろう雑誌に興味を抱いたばかりか、「貸せ」といいだしたのだ。

 親としては、気になるよな。気になるに決まってるよな。


「何、あんた。その雑誌のどこが気になったの」


 ああ、めんどくせえな。何もいわず、スッと貸してくれればいいんだよ。

 何、ちょっと目を輝かせてるんだよ。思春期の息子が興味を持ったものを知りたがるなよ。ちくしょう。

 急募。『カジュアルに親をかわしたい日の、ちょうどいいイイワケテクニック』。

 おれの脳細胞よ。後で糖分、いくらでもやるから。頭をフル回転させろ。奇跡よ、起きろ。何かいいイイワケ、思いつけ……!

 

「あー。ちょっと、美術系に進学する友達に……絵を描く用のコーディネートのバリエーション増やしたいけど、何かないかって頼まれてて」

「へえ。あんたの友達、美術系に行く子、いるの? どこの大学?」

「……いや、そんな有名なとこじゃないから」

「そう。まあ、あんま聞くのも失礼か。いいよ、それ、あげる。もう読んじゃったからさ。返さなくていいよ」

「いいの? ありがとう。喜ぶよ」


 話しながら、朝ごはんを食べおえたおれは「ごちそうさま」と食器を片づけ、おのれのもろもろを整えると、さっさと二階にあがった。

 雛祭さんに「今日も黒ずくめなんですね」といわれるのだけは、さけたい。

 見知らぬ雑誌よ!

 黒ずくめのタンスでも、カジュアルでちょうどいいコーディネートができる方法を教えてくれ―――頼む!

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